野球一色だった学生時代からITの世界へ
高校までは野球部だった
学生のころはずっと野球をやっていました。続けていたのは高校までですね。島根県の江の川高校という、強豪校に通っていて、1年生のときにチームが甲子園に出ています。残念ながらスタンドでの応援となってしまいました。今では学校名は変わっているんですけど、OBには中日の監督もされた谷繁 元信さん、日本ハムの水谷 瞬選手もいる有名な高校でした。
広告会社で過ごした10年
最初に入ったのは広告系の会社です。1998年の入社で、2008年まで在籍していました。広告なのでアナログの仕事をずっとやっていたんですけど、2003、4年くらいになると、仕事のなかでWebやITに触れる機会が増えてきて。正直「全然わからないな」という感覚があったんですよね。
もっといい経営ができるはず
その会社では社長の言うことが絶対で、売上が上がる方向、自分たちの会社が良くなる方向にすべてを寄せていくスタイルでした。売上は徐々に増えていくものの、辞めていく人も多くて。仕事を取って回していく営業の部分はすごく学べた一方で、組織としていい働き方はできていなかった状況だったんです。それを見ているうちに、「自分だったらもっといい経営ができるのにな」という感覚が芽生えて、経営者を目指そうと考えるようになりました。
ITを学ぶための転職
ただ、当時の私はITが全然わかりませんでした。いきなり立ち上げるよりも、一旦ITを学びたいなと思って、2008年にIT企業へ転職しています。サラリーマンとして5年間、システムなどの開発分野を学びました。
ITを選んだのは、広告時代の経験が大きいです。イベントの手配やキャンペーン事務局の仕事をしていると、告知にしても応募者の抽選にしても、必ずデータベース周りの話が出てくるんですよね。もともとハガキの入力作業だったものが、だんだんITを駆使する時代に変わっていった。よくわからないなりに「こんなことができるんだ」と感じて、これは学ばないとまずいな、と。
事業を持って、代表になるまで
取締役からのスタート
2013年に、今の事業を立ち上げるかたちで参画しました。ただ、最初は代表ではなく取締役としてのスタートなんです。不安がなかったわけではないので、取締役から始めてリスクヘッジをしていた、という感覚ですね。
一番苦労したのはMBO
これまでで一番苦労したのは、立ち上げた事業をそのまま持って代表になるプロセスでした。会社のなかからこの事業だけを持ってくるようなかたちなので、いろいろと大変なんですよ。M&Aの費用や株式の費用も出てきますし、簡単には言えないくらいの金額を払ってきました。「一度止めて、自分でもう一度立ち上げたほうが早い」という話もあるくらいです。
もともと親会社のいるグループ会社という状況でやっていたので、そこからMBOをしています。事業の成長にともなって、自分自身に株式を売ってもらう調整ができるようになり、やっとすっきりしたのが昨年でした。
ーひとつひとつ、真摯に向き合う
社名に込めた考え方
大切にしているのは、人とちゃんと関わることです。弊社の社名にもなっていますけど、ひとつひとつ(ONE by ONE)の事柄を「WEDGE」として繋ぐ、という意味なんですよね。ひとつひとつに真摯に向き合っていこう、というスタイルをずっと続けてきました。そこがそのまま、自分の考え方であり社名になっている感じです。
一旦、やってみる
学生の方に何かお伝えするとしたら、「一旦やってみる」ということですかね。何も考えずに動くというよりは、考えながら動く。言葉だけで言うと、とにかく一旦やってみる、という感じです。
弊社の事業と、選ばれてきた理由
主軸はSESとシステム開発
やっているのは、ITエンジニアの派遣、いわゆるシステムエンジニアリングサービスと、システム開発のお手伝いです。メインの取引先は大手企業のグループ会社で、内部業務を支援するDXのシステム開発をしていたり、少しニッチなところでは数十万件の設備系データベースをつくってメンテナンスしていたり。ビッグデータに関わる領域ですね。
ほかにも同業のシステム開発会社さんや、エンドユーザーと言われる音楽系の会社さん、コピー機やプリンター、印刷機のメーカーさん、上流にいる大きな会社さんなどとお取引をしています。
人付き合いから仕事が広がる
会社が成長できた要因も、社名の由来と同じところにあると思っています。
ビジネスという観点で言うと1998年から28年やってきていて、そのなかでひとつずつ向き合って、人付き合いをちゃんとしてきた。昔の同僚と今もつながっていて、転職して偉い立場になっている方も多いので、そういう方からお声がけをいただくこともあるんですよね。弊社が入ったプロジェクトのご縁や、エンジニア本人が次のプロジェクトで声をかけてもらうケースもあります。もちろん、地道な営業活動としてお会いしてお話もしていますけど、広がりの多くはそこから生まれている気がします。
「できません」で終わらせない
ご用聞きでやるのはもちろんとして、ほかに付加価値がないかという追求もします。今は人材不足と言われていて、数が足りずに「対応できません」となる会社も多いんですけど、そこをなくして可能性を探したいと思っていて。つながりのあるエンジニアを抱えているパートナー企業さんがたくさんいるので、いろいろとお声がけをして、なんとか応えるようにしています。そこは割と強いところかなと。
あとは小額の仕事もお受けしているので、自社のリソースをうまく使いながら、小回りの利くクイックな対応ができる。今はAIでいろいろつくれてしまうので、それも含めてひとつの強みだと思っています。
AI時代に求められる人
AIとは伴走していく
もう切っても切れない、伴走していく時代だと思っています。どれだけAIを活用して効率化できるか、開発領域のスピードを上げられるか。ちゃんと理解して活用し、生かせる人が重宝されると思うので、弊社でも昨年はAIの研修を2回実施しました。今年も2回予定しています。AIを理解して使える集団を目指そう、という感じにはしていますね。
コーディングはAIがやってくれますけど、それをレビューして問題ないかを判断したり、別のコーディングとつなぎ合わせたりする部分は人が担いますし、安定的に動くかどうかも見ておかなければいけない。コーディングが簡素化できるイメージで、すべてをAIに任せることは、まだできないと思っています。
見ているのは人間力
若い方と面接でお会いするときに見ているのは、人柄とか人間力みたいなところです。愛想がいい、という言い方が正しいかはわかりませんけど、そういうタイプの方はいいなと思います。愛想よくベラベラ喋るよりは、謙虚さがあったり、前向きな気持ちを持っていたりするところを見ている感じですかね。
面接では、自分を理解しているかを問う質問を結構します。たとえば、相手からどんなふうに思われている人だと思うか、という第三者目線の話。あとは長所と短所を挙げてもらって、なぜそれが長所なのかを深掘りしていく。人間力は、今後より大事になってくるんじゃないかと思っています。
業界に貢献する会社を目指して
別法人で協会を運営
会社とは別に、私が法人をつくって運営しているものがあります。SES業界に向けた、一般社団法人ITエンジニアリングサービス協会です。IT業界は、1社だけで完結できる会社がすごく少なくて、いろんな会社がタッグを組んで、一緒にプロジェクトを完了させることが多いんですよね。だからこそ横のつながりを大切にしなければいけないと思っていて、協会では業界貢献に重きを置いた活動をしています。
「ちょうどいい」を叶える
IT業界だと「エンジニアのための会社です」とか「次のスタンダードをつくる」とか、ものづくりのキーワードを掲げている会社が多いと思います。弊社は逆張りというわけではなくて、業界のなかでちゃんと貢献していけるようにしよう、という考え方なんです。
ミッションは「ちょうどいい」を叶えること。これはお客様だけではなく、社員もそうですし、パートナー企業さんや一緒に関わるすべての人たちに向けた意味合いなんですよね。関わる方々にちゃんと向き合っている会社なんだ、というのが世の中に浸透していくといいなと思って活動を続けています。
社員に関しても、私自身が協会を運営していますけど、同じ気持ちを持って動いてくれる人が増えていくと思っていて。日本のなかでIT業界に貢献できている会社で、入ってくる社員たちもその気持ちを持っている。そんなスタイルにしたいですし、続けていけば多分オンリーワンになれるんじゃないかなと。
採用については、今はエンジニアの経験者に絞っていて、昨年も一昨年も30人ほど採用しています。今年も同じく30人が目標です。
編集後記
学生起業をしていると、事業計画を練りすぎて一歩目が出なくなる瞬間が何度もあります。だからこそ「考えながら動く」「一旦やってみる」という言葉が刺さりました。広告の現場でITの必要性を感じ、わからないなら学びに行くと決めて転職された流れは、まさにその実践なのだと思います。もうひとつ印象的だったのは、成長の理由をうかがっても目新しい戦略の話は出てこず、28年分の人付き合いに話が戻ってきたことです。技術を扱う会社でありながら、最後に効いてくるのは人との向き合い方なのだと知りました。人間力は今後より大事になる、という言葉を頭の片隅に置いておきたいです。