インタビュー

継ぐ気はゼロだった。祖父から続く商社の3代目が、それでも呉に戻った理由

継ぐ気はゼロだった。祖父から続く商社の3代目が、それでも呉に戻った理由
PROFILE
大栄産業株式会社 代表取締役社長
山本康雄

呉市で61年、工作機械の専門商社

大学時代は継ぐ気がなかった

大栄産業株式会社は、広島県呉市にある工作機械や工具の専門商社です。祖父の代に立ち上げた会社で、私で3代目になります。設立からは61年ほど経ちました。

最初から継ぐつもりだったわけではありません。学生の頃は文系で、工作機械のような理系寄りの商材を扱う当社には、あまり興味がありませんでした。むしろ、学生時代は、これからの時代は「商社のように、生産者と消費者の間に立つ仕事」なんて必要なくなるんじゃないか、と生意気なことを考えていたくらいです。

マザーマシンを供給する仕事

弊社が扱っているのは、ものづくり工場で使う機械や工具です。旋盤やマシニングセンタといった、金属を削って部品をつくるための機械です。「マザーマシン」と呼ばれたりもします。文字通り、母なる機械という意味で、自動車や飛行機、電車、身近なところではスマートフォンの筐体まで、いろいろなものがこの機械から生まれています。あまり知られていない業界ですが、世の中にないと困る仕事だと思っています。

擦り合わせが失われていく

昔は職人さんが感覚だけで金属を削り、部品と部品をぴたりと合わせる「擦り合わせ」の技術がありました。この擦り合わせの技術こそが日本のものづくりの強みだと言われてきました。ところが、自動車で言うと、電気自動車(EV)のように、ハンドルとタイヤが機械的につながっていない車も出てきており、擦り合わせそのものが必要ない場面が増えています。これまで強みだった精度の高さよりも、価格の安い、中国や台湾、インドといった新興国に仕事が流れていってしまっている現実があります。

29歳で会社に戻った日

人材派遣業界で感じた違和感

大学は東京の法学部を出て、卒業後5年ほどはまったく別の業界で働いていました。人材派遣の走りのような会社で、忙しくはありましたが、それなりに充実感もありました。ただ、正社員と同じくらい、あるいはそれ以上に働ける方でも、派遣というだけで給料が上がらない現実を目の当たりにして、なんとも言えないやるせなさを抱えていたのも事実です。

父の一言で呉に戻った

そんな時期に、父から「いい加減、帰ってこい」と声をかけられました。当時、父は50代半ばでした。仕方ないな、という気持ちを抱きつつ、29歳に差し掛かるタイミングで、私は呉に戻り、当社の手伝いを始めました。学生時代に「継ぐ気なんてない」と思っていた自分にしては、意外な形での決断だったかもしれません。

山本だらけの会社だった

親族経営から抜け出す過程

当社に入った当時、社員は私を入れて6名。ほとんどが親族で、山本、山本、山本、という状態でした。良くも悪くも、家族経営ならではのやりやすさと、やりにくさの両方がありました。今は12名ほどの体制となり、山本の比率も下がり、半分以上が親族以外のメンバーです。組織としては健全になった一方、良かれと思うことが、そのまま伝わらないもどかしさも増えました。

年間教育費の壁

この規模の会社としては、教育にかなりの投資をしている方だと思っています。年間を通して多額の投資を行い、外部講師によるセミナーなどを開催しています。ただ、いくら費用をかけても、本人にその気がなければ、結局は身につきません。相手も一人の人間なので、こちらの思うようにいかないのは当たり前だと、最近はそう捉えるようにしています。

グループ会社という選択肢

今年の目標は年商12億円です。将来的には更に上昇を目指しています。弊社にはグループ会社が2社あり、1社は高齢者向けの介護デイサービス、もう1社は教育系の事業を手がけています。まだ本格的に稼働していない部分も多いのですが、こうした事業も含め、現在の社員より社長を3人以上輩出したいと考えています。本人が「やりたい」と手を挙げてくれたことは、できる限り形にしてあげたいです。

採用より先に足元を固める

数年前、新卒採用にかなり資金をかけたことがありました。東京の採用支援会社に依頼し、合同説明会にも何十万円という費用をかけ参加していました。その支援会社自体は素晴らしく、優秀な学生をたくさん見てきましたが、実際に入社していただいても、なかなか長く定着しないという結果にもなりました。だからこそ、今は採用そのものよりも、今いる社員のモチベーションや働きやすさを整えることに力を入れています。どんなに良い魚を水槽へ入れても、水が汚れていては生きてはいけません。まずは水槽の水質を整えることが先だと思っています。

学生に伝えたいこと

会えない人に会いに行け

もし今、学生に戻れるとしたら、もっといろいろなことへ挑戦していたと思います。学生というだけで、本来ならば会えないような方にも会えるチャンスがあります。先日も1週間ほど、大学生のインターンシップを受け入れましたが、思っていた以上に、社会人の側も若い方へ話をしたいと感じているのだと気づかされました。

だからこそ、少しでも興味のある会社や社長が見つかったときは、思いきって連絡してみるといいと思います。合同説明会で得られる情報には限りがありますし、直接話を聞く方がずっと得るものは多いはずです。多少の失敗はいくらでもやり直しがききます。おかしなことにだけ手を出さなければ、若いうちは何とでもなると思いますので、ぜひ今の時間を有意義に使ってほしいです。

編集後記

今回インタビューさせていただいた山本さんは、学生時代「継ぐ気はなかった」と語りながらも、呉に戻り、3代目として会社を支えてきた方でした。話を伺う中で印象的だったのは、社員一人ひとりの可能性を尊重しながら、会社という「器」をどう活かすかを常に考えている姿勢です。大きな目標の先に、社員から社長を輩出したいという思いがあることに私自身も背中を押されるような気持ちになりました。貴重なお話をありがとうございました。