インタビュー

父の背中を見て「継がない」と決めていた私が、ネジで世界の木造建築を変えた理由

父の背中を見て「継がない」と決めていた私が、ネジで世界の木造建築を変えた理由
PROFILE
シネジック株式会社 代表取締役
苅部 泰輝

シネジック株式会社で代表取締役をしている苅部泰輝です。木造建築で使う木質構造用のネジの研究開発を中心に、事業を展開しています。子どもの頃は「絶対にこの仕事は継がない」と思っていたのに、今はこうして2代目として会社を率いています。そのきっかけになったのは、大学時代にたまたま同行した台湾出張でした。

学生時代

より大きなものをつくりたくて土木へ

大学では工学部で土木を専攻していました。もともと小さい頃から物をつくることが好きで、大学で「物をつくる」といったときに全体をイメージできるものといえば、やはり建築が1番仕掛かりやすかったのです。ただ同じ大学の中で建築に進むか土木に進むかという分岐があって、なんとなく、より大きなものを手がけたいという思いから土木の方に進みました。公共建築のような大きな建物に関する勉強をずっとやっていたので、今の仕事に直結しているわけではないですが、「物をつくって何かこう、後世に残るものを残したい」という感覚は、その頃から培われていったのかもしれません。

台湾出張がくれた気づき

継ぐつもりはまったくなかった

私は2代目になるので、厳密には創業ではありません。学生の頃は後を継ぐことなど、まったく考えてはいませんでした。土木を学んでいたので、いわゆるゼネコンに進み研究所などで働くことを、ぼんやりイメージしていたくらいです。

現場で見た物づくりに圧倒された

大学2、3年生の夏休みに、現会社の社長である父から「台湾に出張へ行くので、よかったら一緒についてこないか」と誘われました。台湾に行けるという単純な理由で「行く行く」と即決したのですが、今思えば、あれは後を継いでほしいという遠回しな誘いだったのかもしれません。実際に行ってみるとほとんど観光ばかりだったのですが、半日だけ父の工場の現場を見る機会がありました。そこで構想やパソコンの中で見る物づくりと、実際の現場で見る物づくりのちがい、その臨場感に圧倒されて「物づくりってすごくいい仕事なんだな」と感じたのです。それから今の会社で働くことを少しずつ考えるようになりました。就職活動の時期には、研究室推薦で進む道と家業で働く道のあいだで迷いましたが、最終的に「一緒に働こう」という決断に至りました。

父から学んだこと

幸せそうに見えなかった父の働き方

小さかった頃は、平日も土日も関係なく働く父の姿を見て「絶対にこういう働き方はしない」と思っていました。土日もなく朝は早く夜は遅い、子どもの目には幸せそうには見えなかったのです。ですから物づくりへの関心は、父の影響というより、個人的に小さい頃から好きだったものが、たまたま今の仕事と重なっていったという方が近いかもしれません。

熱意と勇気さえあれば何でもできる

大人になって最も学んだのは、熱意さえあれば何でもできるということです。父はサラリーマン時代の後半、40歳くらいで、企業の中では中堅からベテランに差しかかるタイミングで独立しています。独立としては非常に遅い方だと思いますが、そこから自分のやりたいことをずっとやり続けて、それなりに形にしてきた姿を見てきました。当時はそういう働き方をかっこ悪いとすら思っていたのですが、いざ一緒に働いてみると、思いさえあれば大概のことはできるんだと感じています。そしてもう1つ学んだのは、勇気があれば何でもできるということです。

事業内容とシネジックの強み

建築を陰で支える「ネジ」の会社

シネジックは、建築で使う木と木をつなぐネジの研究開発を中心に事業を行っています。製造は台湾の工場に委託しているため、自社では工場を持たないファブレス型の企業です。本社にあるのは営業部門と開発部門、それにバックオフィスだけで、製造や物流は外部のプロフェッショナルにすべてアウトソーシングしています。営業テリトリーは北海道から沖縄まで、そして海外にも少しずつ範囲を広げていて、30人ほどの少人数体制ながら世界全体をカバーできるように動いています。

木造建築はこの10年、20年ほどで新しい形のものが世界中で開発され続けており、私たちはその新しい木造建築の要となる「つなぎ」の部分にフォーカスして、ソリューションを提供しています。

大阪万博でも採用された提案力

うまくいった例として、1番大きいのは大阪万博です。パビリオン全体のうち13から14パビリオンで当社の製品が採用してもらえたり、大屋根リングでは全体のうちおよそ7割を当社が手がけています。

千年の歴史をつなぐ仕事

意外なところでは、中尊寺本堂の改修にも関わっています。東日本大震災でダメージを受けた際、1000年以上前に建てられた建物を現代風の耐震性を持たせて改修することになり、ゼネコンと一緒に新しい工法を開発しました。こうした提案力こそ、当社の1番の強みだと思っています。

事業承継で直面した壁

「ネジを気にしたことがない」という現実

事業を受け継いでから1番大変だったのは、ネジという存在そのものへの認知の低さです。一般の人はホームセンターなどで見たことはあっても、触ったことがある人はほとんどいません。建築業界の中でも、住宅で1番重視されるのは壁やお風呂など目に見える部分で、そこからどんどん下へ下がっていくと木材になり、ネジはもっとも見えにくい存在になります。建築に携わる人でも「ネジという言葉は聞いたことはあるが、気にしたことはない」という人が、感覚としては8割から9割を占めるのではないかと思います。私たちの事業は、そうした小さな部品にどれだけこだわると建物のクオリティが上がるかを説明しながら提案していくものなので、ネジに興味を持ってもらえるかどうかが、1番大変なところであり、今でも大変だと感じています。

見えない価値を「見える化」する

そのために、自社の強みをいかに分かりやすく伝えられるかというところに、非常に力を入れています。たとえばホームページのつくり方も、メーカーとしては本来もう少し製品を分かりやすく伝えるべきなのかもしれませんが、価値があるということを伝えるために、あえてデザインを優先させたつくりにしています。ほかにも社員教育や研修に力を入れて、社内のネジへの意識を高めるようにしています。

モノを売るのではなく、使い方を伝える

営業や技術開発のメンバーには、製品を買ってもらうための営業はしないように伝えています。伝えているのは「この製品を使うとこういうことができる」「この製品を使って建物の耐久性をこう高めませんか」といった提案です。日々の活動は、モノを売るというよりも、当社のことや当社の製品を知ってもらうことに重きを置いています。

これからのビジョン

世界で進む木造建築の新しい波

木造建築は古い形から次世代型へと、日本だけでなく欧米、世界的にどんどん変わろうとしています。少し前にはオーストラリアで世界最大級の木造建築が竣工し、30階建てほどの規模のものもありました。日本でも東京駅の近くで木造の高層ビルへの建て替え工事が進んでいます。こうした新しい木造建築の動きに対して、当社が持っている提案力を伝え、製品を採用してもらうことが、今後1番力を入れているところです。何か新しいことをするというより、これまでやってきたことの裾野を、もっと世界に広げていくことが、今のビジョンです。

北米を皮切りに海外へ

海外では今、アメリカに1番力を入れています。次のターゲットはオーストラリア、ニュージーランド、カナダです。海外展開の方法としては、基本的に展示会に出展しながら現地の会社や人たちと少しずつコミュニケーションを重ね、そこをきっかけにビジネスへとつなげています。それを実現するために、最近ではグローバル人材の採用にも力を入れています。

就活生へのメッセージ

働き始めることは、社会人としてのただのきっかけにすぎません。自分がやりたいことや、やるべきことは、働いた後に見つかっていくことがほとんどだと思います。就職活動をするとき、企業を選ぶときには、あまり肩肘を張らずに取り組んでほしいです。将来こうなりたいという思いはあっても、その通りになることはめったになくて、働き始めてから自分に何ができるか、何がしたいかを探していくものだと思います。趣味も探して見つかるものではなく、いろいろなことを経験していく中で、ある日ふと見つけられるものだったりします。業界へのこだわりも大切ですが、そこへとらわれすぎると働き方が苦しくなってしまうこともあります。自分のフィーリングに合う企業をまず見つけて、そこに身を置きながら、自分に何ができるのか、何がしたいのかを探して、少しずつステップアップしていくといいのではないかと思います。

編集後記

今回お話をうかがって、印象に残ったのは「ネジを気にしたことがない人が8割から9割」という言葉です。普段まったく意識しない小さな部品に光を当てて、価値を伝え続ける仕事の地道さと奥深さを感じました。台湾出張でのエピソードも、就職先を決める瞬間は案外こういう偶然の重なりから生まれるのかもしれないと思わされるお話でした。木造建築が世界的に広がっていく中で、シネジックさんの技術がどんな建物を支えていくのか、これからも注目していきたいです。