スポーツに打ち込んだ学生時代
バスケットボールに夢中だった日々
私は東京生まれですが、育ったのは香川県です。小学校から高校までずっと香川で過ごしました。打ち込んでいたのはバスケットボール。朝練をして、お弁当を食べたら昼休みもバスケット、放課後はもちろん部活という毎日で、本当にバスケット漬けの学生生活でした。勉強もそれなりにやっていましたが、気持ちのほとんどはバスケットに向いていたと思います。仲間との思い出もたくさんあり、スポーツを通じて自分を成長させてもらった日々でした。
大学進学を機に大阪へ出て、大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)で外国語を専門に学びました。大学ではラグビーに出会い、ラグビーに打ち込みながら勉強も両立させる大学生活を送りました。
起業の原点は学生時代のネット通販
身近なところにあった商売の種
大学在学中、インターネットを使った通販のようなことを始めました。当時はダイヤルアップ接続で、2000年ごろにようやく家庭でもネットがつながり始めた時代です。ネットで物を売り買いする場といえば、まだヤフオクが中心でした。そこで、留学生の友人が財布に残していた母国の硬貨を譲ってもらい、外国コインとしてコレクター向けにヤフオクで出品していました。これが思った以上に売れて、学生のアルバイトとしてはかなりの規模になりました。こうしたちょっとビジネスらしい経験が、起業のきっかけになりました。
学生時代に学んだお金の動き
同じころ、アルバイトで貯めたお金を元手に、外国為替の取引にも挑戦していました。もちろん良いときも悪いときもありましたが、世界のニュースや経済の動きが自分ごとになる、貴重な経験でした。学生時代を振り返ると、スポーツに明け暮れ、適度に勉強もし、そしてビジネスの始まりのようなことにも挑戦していた。そんな日々だったと思います。
会社員と起業準備の両立
昼は SE、夜は起業準備
大学卒業後は新卒で企業に入り、SE(システムエンジニア)として働いていました。ガラケーの時代に、携帯電話の開発に携わっていたんです。夜中まで働いて、家に帰ってからは自分の起業の準備を進める。そんな日々を経て、2006年に個人事業として開業しました。法人化したのは2015年なので、それまでの期間は個人事業主として物販を続けていたことになります。
プログラミングは独学
当時は、今のように誰でも簡単にネットショップを開ける環境ではありませんでした。インターネットでビジネスを起こすには、自分でホームページを立ち上げるのが一番の近道だったんです。もともと文系の出身で、仕事で学んだのはC言語やC#(シーシャープ)など、ホームページをつくるための言語ではありませんでした。だからデータベースやHTMLなども自分で勉強して書けるようになり、ホームページを立ち上げてビジネスを興していきました。
20年続くEC事業の強み
ネット通販の広がりとともに歩んだ経験
ラクフル株式会社の設立は2015年ですが、前身の個人事業でも物販をおこなっており、その流れをずっと引き継いでいます。2006年に始めたEC(イーコマース)事業として考えると、もう丸20年。日本でネット通販が広がっていく過程を、ずっと現場で見てきたことになります。
父も以前から東京で物販の会社を営んでいました。当時はインターネットがなかったので、企業の社報と一緒に配るチラシにカタログを挟んでもらい、商品を販売する職域販売です。物販の基本を身近に見ながら育ち、そのうえでインターネットという新しい販路が立ち上がる時期に居合わせることができた。そういう意味では、とても恵まれていたと思います。
海外に広がる販売チャネル
法人化から数えると12期目なので、まだまだ成長途中の会社です。それでも、ECのノウハウには自信があります。加えて、海外への販売チャネルを数多く持っていることも特徴です。北米、南米、オセアニア、東南アジア、そしてEUにも販路があり、越境ECにも強みがあります。海外のEC事情をよく知っていることも、弊社ならではの武器のひとつです。
季節に左右されにくい商品群
もうひとつの強みは商材です。弊社はたくさんのSKU(在庫管理上の商品の単位)を持っています。小売業界には「ニッパチ」と呼ばれる、2月と8月の売りにくい月があります。それでも弊社には、バレンタイン向けの商材もあれば、行楽シーズンに向けた商材もあります。もちろん売上が大きく伸びる月はありますが、極端に落ち込む月はあまりありません。扱う商材を少しずつ増やしていく中で、季節に左右されにくい売上のかたちができてきました。
創業してぶつかった壁
一番の苦労は人の育成
2006年に事業を立ち上げてからしばらくは、順調に伸ばすことができました。今ほどネット通販の競合が多くなかったこともあり、工夫したことが結果に結びつきやすい時代だったと思います。ところが、人を雇うようになって壁に直面しました。社会人になって数年で起業し、経営をほとんど知らないまま人を雇うことになったので、人を育てることやチームをつくることがなかなかできなかったんです。
任せきれなかった自分
法人化してからも、組織づくりにはかなり悩んできました。自分では精一杯やっているつもりでも、相手には押しつけがましく受け取られてしまうこともあったと思います。人がなかなか育たず、任せられるところと任せられないところがあって、つい「自分でやったほうが早い」と思ってしまう。今振り返れば、それは私自身の未熟さでもありました。人を育て、チームをつくることは、今も向き合い続けている課題です。
任せる組織で回り始めた
一番工夫したのは、いかに任せるかという点です。ずっと役職をつけてこなかったのですが、6期目、7期目くらいから、チームづくりには中核となるメンバーが必要だと考えるようになりました。そこでマネージャーを置き、マネージャーがメンバーを引っ張り、社長は組織全体を見る。このかたちができ始めてから、チームが回り始めたと感じています。すべてを自分で見なくなったことが大きかったですね。現在はスタッフ約35名の体制で事業を進めています。
年商80億円への挑戦
次のステージへ
現在、年商は10億円規模が見えてきたところです。これを今後7〜8年で80億円まで伸ばすことを目標に掲げています。株式上場も、その先の選択肢の一つとして考えています。簡単な道のりではありませんが、20年かけて積み上げてきた土台があるからこそ、今がいちばん面白い時期だと感じています。
掲げているビジョンは、日本の商材を世界へ届けること、そして世界で喜ばれている商品やサービスを日本に取り込んでいくことです。日本には、まだ世界に知られていない良い商材がたくさんあります。逆に、海外で喜ばれている商品やサービスも、日本にはまだ十分に入ってきていないと感じています。
日本と世界の両方向へ
弊社の強みは、先ほどお話しした海外の販売チャネルと、海外のEC事情をよく知っていることです。海外のEC市場で認められているサービスや商材を日本に取り込んで展開していく。同時に、日本の商材を海外に展開していく。この両方に取り組んでいきたいと考えています。将来的には、日本と世界をつなぐプラットフォームのような存在になれたらと思っています。
鍵はチームづくり
目標の実現にもっとも必要なのは、やはりチームづくりです。社長一人でできることには限りがあります。メンバー一人ひとりが目の前の仕事に真剣に向き合い、その積み重ねが年商80億円の組織をつくっていくのだと思います。また、ラクフル株式会社は2024年10月にNOBUDA GROUP(延田グループ)にグループインしました。今は大きな企業グループの一員として事業を進めています。このバックボーンをしっかり活かし、世界に届けるべきサービスや商材を見極めながら、一歩ずつ着実に事業を広げていきます。
学生のみなさんへ
映像化できるまで描く
学生時代に、ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』という本を読みました。大切なのはイメージだと考えています。ぼんやりではなく、できるだけ具体的に「こうしたい」を描く。頭の中で映像化できるまで、イメージを固めてほしいんです。その解像度が高ければ高いほど、現実に近づいていくのではないか。私はそう考えながらここまで歩んできましたし、80億円という目標も、今はっきりとイメージできています。
若さという武器を活かす
若さは本当に武器です。だからこそ学生のみなさんには、いかに解像度の高いイメージを持てるかにこだわってほしい。私自身も、社員によく「それってイメージある?」と率直に聞いています。言葉にして発することで、自分自身にも成功のイメージができているかを問いかけているんです。この考えが、一人でも多くの学生に伝わるとうれしいですね。
編集後記
留学生から譲り受けた外国コインをヤフオクで販売していたというエピソードに、思わず身を乗り出してしまいました。身近なところに商売の種を見つけ、学生のうちから形にしていた行動力は、学生起業に挑戦している私にとって大きな刺激です。一方で印象的だったのは、事業が順調に進んだ先で「人を育てる」という壁にぶつかったと率直に語ってくださったことでした。マネージャーを置き、任せる組織へと変えていった経験は、これからチームをつくっていく私自身にも重なります。「それってイメージある?」という問いを、自分の目標にも投げかけてみようと思います。