創業のきっかけ
営業一筋の10年間
もともと予備校の勧誘の仕事を10年ぐらいやっていて、その間はずっとトップセールスだったんですよね。数字を追いかけることにはかなり自信があったんですけど、あるタイミングでジャンルを変えて、太陽光発電の営業をはじめたんです。ジャンルは全然違ったんですけど、それまで積み上げてきた営業のやり方をそのまま生かして、自分で売っていくところから会社をスタートさせました。
太陽光から不動産へ
太陽光発電の事業のあとに手がけたのが不動産です。主にホテルの建売を中心に、ホテルを買っては建て替えるということをやっていて、そのほかにも北海道でゴルフ場の経営にも携わっていました。そして今取り組んでいるのが、富裕層向けの会員制ゴルフリゾートの新規プロジェクトです。2029年の開業を目指して、今まさに進めているところです。
世界一のゴルフ場を目指して
宮古島で見た可能性
このゴルフ場のプロジェクトのきっかけは、もともと宮古島で海沿いの土地を押さえていたことにさかのぼります。そこにロイヤルスイートで世界一というホテルを建てて、ギネス記録を取ろうと考えていたんです。しかし、宮古島には景観条例があって、思うようにいかなかったんですよね。
変わらないゴルフ市場
そこで改めて市場を調べてみたら、ゴルフ場という業態がここ30年ぐらいほとんど変わっていないことに気がついたんです。日本には2,100ぐらいゴルフ場があるんですけど、コース以外に付加価値を感じられる場所ってほとんどないんですよ。世界中のゴルフ場を見ても同じで、だったらそこに付加価値をつけたゴルフ場を持ってきたら勝負できるんじゃないかと思って、現在のプロジェクトに至っています。
マンツーマンキャディという発想
決定的に違うところとして、まずマンツーマンでキャディがつくようにしています。日本だと1人のキャディが4人ぐらいのお客さまを見るのが普通なんですけど、タイなど海外だと1対1でついてくれるところがあって、それがすごく楽しかったという声をよく聞くんです。今回作るゴルフ場では、それを日本ではじめて取り入れようと思っています。
容姿も重視した採用
キャディはだいたい40代、50代の方が多くて、これまで容姿というところはあまり重視されてこなかった業界だと思うんです。ですが、私はそこも大事だと考えていて、ホテルの高級スタッフやモデルなど、外部から人材を集めて育てていくやり方をとっています。募集をかけてから仕上がるまで2年半ぐらいかかるので、その期間でしっかりキャディとしての力をつけてもらう形です。
会社を揺るがした最大の試練
予期せぬ事態から始まった苦労
昔、会社の中で予期せぬ大きな経営危機が発生し、私は多大なる重責を背負うことになったんです。そこから10年ほどの歳月をかけて、一つひとつ問題を解決し、必死に立て直していきました。振り返っても、あれが私の人生で一番苦労した出来事だったと思います。
周囲の環境激変と、精神的な重圧
組織の基盤が揺らぐような事態だったため、精神的にはかなりきつかったですね。同じタイミングで100人ほどの社員が離れていくなど、まるで周囲がすべて敵に見えてしまうような時期もありました。しんどいと考える余裕もないくらい、当時は毎日が必死でした。
10年かけて学んだこと
その10年間で、危機の乗り越え方だけでなく、法律のことやメンタルの整え方まで、本当に多くのことを勉強させてもらいました。現在は社員がパート・アルバイトを含めて53名まで戻ってきていて、当時100人いたときよりも今のほうが生産性は上がっていると感じています。10年前の自分と今の自分を比べたら、まったく違う人間に成長できたと思いますね。
これからの課題
ドア付きカートへの挑戦
現在のビジョンは、ギネス記録を狙えるぐらい世界一の付加価値をつけたゴルフ場を作ることです。その中で今取り組んでいるのが、ドア付きのゴルフカートの導入で、これは世界的に見てもまだあまり導入されていない試みなんです。
知らない人へのアンケート
私自身、ゴルフをはじめてまだ2年ぐらいしか経っていないんですけど、だからこそいろいろな場所に足を運んで、知人ではなくまったく知らない人たちにアンケートを取ってきました。そこで一番多かった悩みが「暑いのが嫌」「寒いのが嫌」というものだったんです。何十年経ってもそこを解決しているゴルフ場ってないんですよね。ドア付きカートなら冷暖房も効くので、雨の日も含めて快適に楽しんでもらえるはずだと考えています。
学生に向けたメッセージ
失敗は財産になる
「挑戦したいけれど、失敗が怖くて踏み出せない」そうやって頭の中で考えすぎてしまい、時間だけが過ぎていく人を多く見かけます。
でも、たとえ失敗して借金を背負ったり、人が離れていったり、周りから笑われたりしたとしても、諦める必要はありません。自分が目指す目標やビジョンさえブレていなければ、その経験はすべて、未来の自分を守る「圧倒的な財産」になります。
実際、私自身も過去の失敗を通じて、経営に欠かせない膨大な法的知識を身につけることができました。これは今、経営者としての最大の武器になっています。
さらに、どん底を味わいプライドを捨て去ったことで、建前ではなく本音で語り合える本物の仲間にも出会えました。厳しい時期に手を差し伸べてくれた人、ずっとそばにいてくれた人の存在を通じて、「本当に大切なものは何か」を身体で学ぶことができたのです。どんなに絶望的な状況に陥っても、必ず打開策は見つかる、その強固な実感が今の私を支えています。
行動を起こせば、一見「失敗」と思える出来事にぶつかるかもしれません。しかし、それは「失敗」というただの幻想です。実際には、あなたが成功に辿り着くための財産を、確実に積み上げているプロセスに過ぎないのです。
出来事より解釈が大事
人生において大切なのは、「何が起こったか」という出来事そのものではなく、「それをどう解釈するか」です。
起こった出来事は、ただの事実に過ぎません。それを「幸せ」と捉えるか「不幸」と捉えるかを決めているのは、自分自身の視点であり思考です。例えば、同じ公園を散歩していても、道端の美しい花に目を向けて幸せを感じる人もいれば、落ちているゴミばかりに目を向けて不満を抱く人もいます。この「思考の質」が高い人ほど、幸せを感じる力に長け、成長のスピードも飛躍的に上がっていくのです。
私自身、かつて人生のどん底にいたとき、街で障害を持つ方々とすれ違うたびに、心の中でそっと手を合わせて「大切なことを教えてくださり、ありがとうございます」と感謝していました。
「自分は今、自分の足で歩くことができる。この美しい景色を見る目があり、自分の力で呼吸もできている。さらに言えば、世界の中でこれほど恵まれた国で暮らすことができている。これは感謝すべきこと以外の何物でもない」と気づかされたからです。そんな当たり前の奇跡に囲まれながら「苦しい」と嘆いていたら、懸命に生きている方々に対して失礼ではないか——そう思うことで、自分の姿勢を正すことができました。
どんな出来事が起きたとしても、「この経験から自分は何を学べるだろうか?」と問いかけてみてください。自分自身への「質問の質」を高めること。これこそが、人生を切り拓く最も重要なポイントです。
目標を変えるな
営業マン時代、上司から叩き込まれた大切な教えがあります。それは、「目標を変えるな、行動と思考を変えろ」という言葉です。
月初に立てた目標に対して、20日ほど過ぎて結果が出ていないと、多くの営業マンは途中で目標を下方修正(軌道修正)してしまいます。しかし、一度目標を下げてしまうと、結局はその下げる前の自分を超えられず、修正後の目標すら達成できなくなってしまうのがオチなのです。
だからこそ、「絶対に目標を変えない」と決め切ることが重要になります。逃げ道をなくすことで初めて、「どうすれば達成できるのか?」と限界まで思考を追及せざるを得ない状況に自分を追い込めるからです。
逃げずに「なぜこの結果になっているのか」という因果関係を徹底的に自己分析すれば、自ずと打ち手や戦略が見えてきます。そして、残された時間が少なくても諦めずにその戦略を実行すれば、目標は達成できるのです。
もし戦略を練るのが苦手なら、やるべきことはシンプルです。思考の質が同じでも、行動量を単純に「2倍」に増やす。これだけで結果も、経験値も、知識も、そして自分への自信も2倍になります。これは極めてシンプルな「数学」の話です。
目標の軌道修正という甘えを捨て、達成するための思考と行動を極限まで追求する。この姿勢こそが、達成確率を極限まで引き上げる唯一の方法です。
編集後記
大黒さんのお話を伺って、一番印象に残ったのは「失敗は財産になる」という言葉でした。会社を揺るがすほどの苦境を、10年かけて克服してきた過程には 、想像もできないほどの苦労があったと思いますが、それを振り返るときの語り口には前向きさしかありませんでした。同じ出来事でも解釈次第で幸不幸が変わるという考え方は、就職活動で迷うことが多い私自身にも、あらためて向き合ってみたいテーマだと感じました。