インタビュー

「自分は何者でもない」から始まった。震災の現場で芽生えた使命を、再生可能エネルギーで日本中に届けたい

「自分は何者でもない」から始まった。震災の現場で芽生えた使命を、再生可能エネルギーで日本中に届けたい
PROFILE
株式会社NO NAME 代表取締役
安間 信裕

遠回りの学生時代と、最初の起業

学生の頃から独立志向

私は学生の頃から独立志向がすごく強かったんです。根拠もないのに「自分は成功するんだろう」と勝手に思い込んでいて、いつか自分で起業して会社をやりたいと考えていました。ただ、成績は落ちこぼれでしたね。ずっとスポーツをやっていたので、スポーツインストラクターを目指して専門学校に通っていました。夏はリゾートホテルでマリンスポーツを教えて、冬はスキー場でスキーやスノーボードを教える。それが単位になって卒業資格をもらえる学校だったんです。

卒業の危機が転機に

ところが冬休みに遊びすぎてしまって、単位の手続きの期日を過ぎてしまい、学校から「卒業できません」と言われてしまいました。そのとき助けてくれたのが「リゾートビジネス論」という授業の先生です。自分でツアーを企画してお客様からお金をいただき、利益を出してビジネスをしてみようという授業で、その先生がちょうど出版関係の会社の社長でした。「単位が足りないなら、冬休みのあいだ学生社員として働きに来なさい。卒業単位をもらえるよう学校に交渉してあげるから」と声をかけてくれたんです。

副業が本業を超えた

働き始めた出版社では情報誌をつくっていて、飲食店などさまざまな情報を扱っていました。ライブには無料で行けるし、CDの音源は発売の1か月以上前に届く。こういったことの一つひとつがビジネスになるんじゃないかと思ったんです。そこから出版社で働きながら不動産の事業をやったり、レストランの内装を手がけたりしていました。飲食店のオーナーさんを集めた勉強会も開いて、やがて建設会社を設立して、飲食店や美容院、お花屋さんなど商業店舗の出店プロデュースを始めました。気づけば出版社の給料より副業の収入のほうが多くなっていて、出版社から「もう辞めて独立しなさい」と背中を押されたのが最初の起業のきっかけです。

29歳で会社をつぶした

ところが、そこで天狗になってしまったんですよね。29歳のときに4億円ほどの借金を抱えて会社をつぶしてしまいました。正直、かなり大変な思いもしました。なんとか返せる分を返していた頃、ちょうど携帯電話の事業が右肩上がりで伸びていたんです。電波の悪い場所を車で走って解析し、そこに携帯の鉄塔を建てるビジネスがこれから大きくなると教えてもらって、その世界に飛び込みました。もともと営業を頑張るタイプなので、自分で始めた会社は数年で調子がよくなっていきました。

震災の現場で芽生えた使命

被災地で見た日本人の姿

そんななかで、2011年に東日本大震災が起こりました。私は東京で被災して、翌日名古屋へ帰る新幹線の中で、被害の大きさを伝える新聞記事を目にしたんです。名古屋駅に着いた途端、当時の取引先から「社員を連れて東北の復旧に入ってほしい」と連絡がありました。寝る場所もなく余震も続くなか、避難所ごとに簡易の携帯基地局をつけて回る仕事をしたんです。支援物資を持って行ったとき、事業主からは「暴動が起きるから人目につくところに置くな」と言われていました。でも実際の現場では、子どもやお年寄り、女性を優先して、みなさんきちんと順番に並んで、一人ひとり「ありがとう」と言って受け取ってくれたんです。海外の記者たちもその姿に驚いていました。

原子力に頼らないエネルギー

原発の近くでも作業をしました。放射線の濃度が高い場所に行ったらすぐ退避して、毎月体内被曝量を調べ、数値が高くなったら現場を離れる。そんな環境で半年ほど復旧支援を続けたんです。この経験から、安心でクリーンで安定的に供給できるエネルギーを日本にきちんと届けなければいけない、原子力に頼ってはいけないと強く思うようになりました。人がコントロールできるものを安定的に運用しないとダメだと。現地での活動を通じて、自分の使命感がそこで芽生えたんです。

風評被害の現場も見てきた

自然災害は仕方のないことだと思います。でも、原発事故は人災にあたると思うんですよね。私たちは風評被害の現場も見てきました。被災地から転校してきた子どもや、漁業を営む方々が心ない言葉を受けていましたし、私たち自身も「放射能に侵されているんじゃないか」と言われることがありました。だからこそ、安心できるエネルギーを発信できる企業になりたいと思ったんです。2008年につくった携帯基地局の会社はM&Aで譲渡して、再生可能エネルギーの会社を新たに立ち上げました。今でも気持ちが滅入ったときは、当時の写真や動画を見て自分を奮い立たせています。

昼の電気を夜へつなぐ

夜間の電力が足りない

エネルギーは日本にとって国策なんですよね。世界中の人たちが豊かな生活を追求するなかで、電気は一番消費されるものです。その電気が今、とくに夜間に足りていません。日中は太陽光発電所がかなり普及しているので、安定して供給できるようになりました。ただ、日が沈むと太陽光発電所は電気を生み出さなくなってしまいます。昔は3世代、4世代で暮らす家庭が多く、日中も家で電気を使っていました。でも今は核家族化が進み、両親は共働きで、子どもは学童保育に行っている。昼間の家では冷蔵庫が動いているくらいなんです。

主役は系統用蓄電池

太陽光発電がこれだけ普及して電気をたくさん生み出しているのに、昼間の電気は大量に捨てられてしまっているんですよね。そこで今注目されているのが蓄電池です。これまで有効活用できなかった電気を蓄電池に貯めておき、夜に市場へ流すことで、24時間安定的に電気を供給できるようにしていく。これも国策になっています。弊社は太陽光や水力、風力の発電所を開発しながら、夜間に不足する電気を系統用蓄電池(電力網につなぎ、電気を蓄えたり放出したりして電力の需給を調整する大型の蓄電池)でまかない、日本のエネルギー自給率を上げていこうとしています。今のメイン事業は蓄電池ですが、道路工事や水道工事、携帯基地局の工事など、インフラに関わるさまざまな工事もおこなっています。本当におもしろい業界だと思いますね。

自然と共存する開発

地球の寿命を延ばす選択

太陽光発電所をつくると「森林伐採するじゃないか」とニュースで言われることがあります。でも、化石燃料を燃やし続ける火力発電所や、危険をともなう原子力発電所と比べて、どちらが地球の寿命を延ばせるのか。火力発電は世界規模で大きな災害につながっていると考えています。地球の寿命を延ばしているあいだに技術革新が起これば、もっとクリーンで安全なエネルギーが生まれるかもしれません。次の世代に橋渡しするには、自然のエネルギーのほうがよいのではないか。それが弊社の考え方です。

使われていない土地を活かす

日本には、使われていない土地がたくさんあるんです。企業が事業のために用意したものの利用されていない遊休地や、田んぼや畑として使われなくなった耕作放棄地。作物を育てたり稲作をしたりしながら、その上で太陽光発電をおこなうソーラーシェアリングもあります。地球環境にも地域住民の方にも影響を及ぼさない形で、再生可能エネルギーを提案していく。そこが弊社の強みだと思っています。

開発すべき場所を見極める

大切なのは、開発してよい場所とそうでない場所の住み分けだと考えています。景観を壊したり、自然環境に悪影響を及ぼしたりする場所は、消極的な開発エリアとしてきちんと規制するべきです。反対に、開発しても地域環境に悪影響を及ぼさない場所は、積極的に開発していけばいい。住民の方から反対運動が起こるような場所は許可しない。こうした判断を一件ごとにきちんとしていくことが重要だと思っています。

利益の一部を文化と自然へ

弊社は売上の一部を使って、CSR(企業の社会的責任)活動にもかなり力を入れています。山を削った分は植林をしたり、日本各地に残る棚田のような原風景の保存活動をしたり。日本の文化や景観を極力残していくことにも取り組んでいます。事業で得たものを社会に還元し、それが会社の成長にもつながっている。これは弊社のまた違う側面での強みだと思っています。

2030年、売上100億円へ

8期で売上30億円に

弊社は2018年に設立されました。1年目は売上1億円の本当に小さな会社でしたが、8期を終えて売上30億円まで拡大しています。社内では「2030年に年商100億円」「2032年に株式上場」を合言葉に活動しています。100億円については、すでにいただいている受注を見ても計画的に達成が見えている状況です。それだけエネルギー業界には事業性があって、夢があります。計画を立てて利益を上げ、その利益を投資に回し、新しい知識や技術を自社のオリジナルパッケージとして提案していければ、会社を大きく伸ばせる業界なんです。今は上場に向けた組織づくりに力を入れていて、毎年15名から20名ほどの新規採用を進めています。

社名に込めた謙虚さ

弊社の社名は「株式会社NO NAME(ノーネーム)」です。「自分は何者でもない。だからこそ、常に謙虚であり続けたい」という思いを込めています。毎月、全社員と定例会議をおこない、目標をみんなと共有しています。代表としては有言実行で、誰よりも自分を律すること。「あの人が言うんだから信じてついていこう」という期待感を持ってもらえるよう、とくに気をつけています。社員にとって一番のやりがいは、この会社でどう成長できるか、どれだけ収入が上がるか、そして自分の夢にどれだけ近づけるかだと思うんです。

仕事を通じて人間性を高める

弊社が一番大切にしているのは、仕事を通じて自分の人間性を高めていくことです。会社の思いを共有できない人は責任者として役職につけず、いつまでもプレイヤーのままになってしまいます。だからこそ、大人のコミュニケーションがきちんとできる人を育てることを重視しています。会社を辞める理由で一番多いのは人間関係の疲れで、それが給与の不満とつながると離職率が一気に高まるんです。話し合いのなかで解決していける社内風土をつくり、業界平均より高い賃金を出す。そのうえで高い意識とビジョンを持って一緒に働き、夢を叶えていこうと、一人ひとりと話し合っています。

焦らず長い目で人生設計を

社会はすごいスピードで変わって、どんどん便利になっています。でも、自分自身の成長はそれと同じように急成長できるものではありません。30代・40代・50代でどうなっていたいかという、長いビジョンで人生設計をしなくてはいけない。それなのに「今こうなりたい」という目線が強すぎて、焦りから空回りしてしまう若い社員も多いんです。意識が高いのはよいことですし、気持ちもよくわかります。だからこそ新卒の社員とは個別に、長い目線で人生設計をどう構築していくかを話し合うようにしています。

社員の夢を応援する制度

弊社には社内独立制度もあるんです。今は農業や畜産業もやっていて、伝統産業にも取り組んでいます。以前、ある社員が「雀荘をビジネスでやりたい」と提案書をつくってきたことがありました。麻雀は今、知育として小学校にクラブがあったり、お年寄りの認知症予防になったりと注目されているそうなんです。おもしろいねと言って、その社員と一緒にお店をつくりました。今では4店舗ほどを経営するまでに成功して、そちらに専念するために巣立っていきました。そういった応援もできる会社でありたいと思っています。

学生へのメッセージ

勉強と人脈づくりへの後悔

学生時代を振り返って後悔しているのは、勉強をもっと一生懸命やっておけばよかったことと、人脈づくりをもっとやっておけばよかったことですね。そして、もし社会の役に立ちたい、いつか起業したいという思いがあるなら、その気持ちを大切に持ち続けてほしいと思います。若い人たちに伝えたいのは、自分の立ち位置をつくるためには、まず自分自身をよく見つめることが大切だということです。自分を好きになって、認めてあげる。誰かと比較しないことも大切だと思いますね。

センスのいい努力をする

もうひとつ重要なのが「センスのいい努力」をすることです。頑張っている人はたくさんいます。でも、誰もがしている頑張りはなかなか認めてもらえないんですよね。その会社をよく見て、何が足りないかを考え、「自分がそのポジションに入ろう」と動ける人は唯一無二の存在になります。業界がこれからどう変わり、何が求められるのかを考えて、誰よりも早く取りにいく。人と同じことをしていても、よほど抜きん出た才能がなければ勝ち抜くのは難しいと思います。

期待感を持ち続けてほしい

AIも10年前は「そんな時間のかかるものを研究するのはバカだ」と言われていました。でも、それをやり続けた人たちが今、大きな成果を手にしています。人がやらないことや、長い目で見て必要とされることをやり切った人が、人を集め、魅力的な存在として認められる時代なんです。これだけSNSも発展していますから、自分のやりたいことをやり遂げて発信すれば、人から押し上げられて成功することもできる。今はそれがやりやすい時代です。だからこそ、自分に対する期待感を持ち続けて、信じ続けてほしいと思います。

編集後記

学生時代の失敗、29歳での倒産、そして震災の現場での経験。安間社長のお話は、どれも想像を超えるものばかりでした。とくに印象に残ったのは、社名の「NO NAME」に込められた「自分は何者でもない」という言葉です。売上30億円の会社を率いながらも謙虚さを大切にし、社員一人ひとりの人生設計にまで向き合う姿勢に、強いリーダーの本質を見た気がします。私自身も学生起業に挑戦するなかで、つい目の前の結果に焦ってしまうことがあります。「センスのいい努力」を意識し、長い目線で自分のキャリアを描いていきたいと思いました。