インタビュー

「好きなこと」がなくてもいい。留学メディアを率いる若松千枝加が伝える「計画された偶然」

株式会社ウィッシュ・ウッド 代表取締役 若松千枝加
PROFILE
株式会社ウィッシュ・ウッド 代表取締役
若松千枝加

留学エージェントから独立へ

13年間、留学の現場に携わる

弊社を創業するまで、私は留学斡旋会社、いわゆる留学エージェントで働いていました。留学のカウンセリングや留学プログラムの開発などに、13年ほど携わっていたんです。そのなかで、自社の集客のためにマーケティングも担当していました。当時はウェブメディアを中心に、留学関連のメディアにいろいろと広告を出していたんですよね。その経験が、今の事業につながる大きなきっかけになりました。

広告主だからこそのアイデア

広告を出す立場として、「もっとこういうものがあれば、留学会社として助かるのに」と思っていたアイデアがありました。最初は、会社に所属しながらそのアイデアを活かせたらいいなと考えたこともあります。ただ、最終的にそれを実現するためには、独立して自分でやる必要があると感じたんです。それで、2008年に株式会社ウィッシュ・ウッドを創業することにしました。広告主として感じていた「あったらいいな」を、自分の手で形にしたかったんです。

留学希望者とエージェントをつなぐ

2つの留学メディアを運営

弊社は、留学を希望する方に留学関連の情報を提供し、興味を持ってくださった方と留学エージェントをおつなぎするメディア事業をおこなっています。現在運営しているのは、2つの留学メディアです。ひとつは、女性に特化した留学メディア「女子Ryu」。もうひとつは、海外の高校や大学、大学院などの情報提供を中心とした「留学プレス」です。とくに「留学プレス」では、海外大学に関する情報量の多さと、その中身の深さを強みとしています。

留学は社会と深く結びつく

売上9割減のコロナ禍

厳しかったことは順位をつけるとキリがないくらいありますが、一番大きかったのはコロナ禍ですね。国境が閉じていた時期は、海外留学に一切行けなくなりました。会社としては、売上が9割減です。本当に大ピンチでした。留学は、社会との関わりがとても深い事業なんです。創業以前を振り返っても、アメリカ同時多発テロや東日本大震災など、社会の大きな出来事と海外留学は密接に関わってきました。何年かに一度は大きなピンチがあります。ただ、コロナ禍は行きたくても行けないという状況が訪れて、さすがに厳しかったです。

ゼロクリック検索という壁

今も大きな課題を抱えています。AIの普及によって、AIオーバービューが表示されることによる「ゼロクリック検索」の問題に直面しているんです。弊社はこれまで、SEOで大きな成果を上げて、読者を獲得してきました。ただ今は、Googleなどで検索すると、検索結果の1位や2位のサイトよりも上に、AIによる解説が出てきますよね。それがAIオーバービューです。そこでほとんどの説明が終わってしまい、その先のウェブサイトまで閲覧者が到達しない。この問題をゼロクリック検索と呼んでいます。

引用されても届かない

これまでなら留学プレスのコンテンツまで見に来てくれていた方が、AIの解説で満足してしまい、弊社のサイトまで来てくれない。その結果、流入がだいぶ減っています。AIオーバービューには留学プレスの記事もたくさん引用されているので、サイトに来ていただいても「これはさっき読んだな」と感じる方もいるはずです。解説である程度満足した方に、さらにその先を提供しなければ、留学会社とのマッチングまでつなげられません。それが今、目の前で解決しなければならない一番の課題です。

学びを世界でごちゃ混ぜに

円安と語学留学の減少

もうひとつの要因として、円安があります。数年前と比べて、留学に行くには多額のお金がかかる時代になりました。その分、留学に行く方が減っていく可能性も大いに指摘されています。私は経営者として会社を運営するのと同時に、留学のシンクタンクであるJAOS留学総合研究所の研究員も兼務しています。そこでの調査でも、短期の語学留学が顕著に減っているというデータが出ているんです。その懸念を抱えながら、今の事業に向き合っていかなければなりません。

海外から日本を学ぶ学びへ

だからこそ今、私が思っているのは、学びは日本から海外に行くだけではなく、もっとカジュアルにいろいろな形で、世界をごちゃ混ぜにして実現できたらいいということです。そのなかには、海外の方が日本について学びたいというものも含まれると思っています。

映像も含めた多様な発信へ

同時に、これまでどおり日本から海外に行きたいという方の思いにも応えていきたいと考えています。そのために、SEOに限らず、映像メディアなども活用しながら、さまざまなチャネルを通じて情報を届けていきたいですね。時代や社会の変化によって、情報の届け方は変わっていきます。それでも、留学や学びに挑戦したい方を後押ししたいという思いは変わりません。

英語とのアップダウンの日々

シアトルから帰国した中学時代

私は小学校の頃、父の仕事の都合でアメリカのシアトルに住んでいました。中学の途中で日本に帰ってきた、いわゆる帰国子女です。今は帰国子女もそれほど珍しくないかもしれません。ただ、私は現在よりも前の帰国子女なので、公立中学校にいきなり帰国子女が入ってくると、どうしても違和感があったんですよね。周りとうまくコミュニケーションを取るためには、いろいろな工夫が必要でした。そのひとつが、日本人以上に日本人らしく振る舞うことだったんです。

英語を犠牲にした結果

周囲に馴染むためには、日本人にならなければという気持ちがすごく強かったんです。英語をとにかく忘れるように努力しましたし、国語のテストでいい点を取ろうと頑張ったりもしました。ある意味で、英語を犠牲にしてしまったんですよね。それなのに高校では、何を思ったか帰国子女ばかりのICU高校に進学しました。自分ではそれほど英語を忘れていないと思っていたのに、周りは英語ネイティブのような学生ばかり。そこで初めて、自分は英語ができないと気づいたんです。そこからは英語コンプレックスとの戦いで、英語が大嫌いになってしまいました。

ハワイで取り戻した自信

そのまま大学に進学したものの、このままではいけないという気持ちがありました。そんなとき、海外旅行でハワイに行ったんです。英語で電話をかけてタクシーを呼んだら、一緒に旅行していた友達に「英語がうまい」とすごく感動されて、ちょっと嬉しかったんですよね。そこからまた英語に取り組もうと思えるようになりました。新卒で入った会社でも海外チームに入ることがあり、少しずつ海外との接点を持つようになったんです。そんなアップダウンを繰り返してきました。

好きになる教育の大切さ

縁があって留学の仕事に携わったとき、私の大失敗は英語を嫌いになったことだと気づきました。英語は、好きか嫌いかで大きな差が出るものだと今も痛感しています。これは英語に限らず、体育などにも通じることかもしれません。日本は英語教育も体育教育もすごく真剣に取り組んでいますが、好きになるような教育をしているかどうかで、その先の人生は大きく変わるはずです。各国にはそれぞれの信念を持った教育があり、日本にもいい面はたくさんあります。それでも、好きになる、興味を持たせるという部分は、ぜひ取り入れてほしいと切に思っています。

学生へのメッセージ

好きなことがない自分も

私は、好きなことがないタイプなんです。今の仕事も、好きなことをしているかといわれるというより、たまたまこのキャリアにたどり着きました。結果的に嫌いではないことをやっていますが、信念を持ってこの道を選んだわけではないんです。留学の相談でも、「好きなことをやりなさい」と言われるのがつらい、という声をよく聞きます。好きなことがない自分が悪いのではないかと思ってしまう方は、すごく多いんですよね。私自身も20代、30代の頃はそれで悩み、自分は何か駄目なのではないかと思ったこともありました。

計画された偶然性という理論

そんなときに出会ったのが、「Planned Happenstance Theory(計画された偶然性理論)」です。スタンフォード大学のクランボルツ博士が提唱したキャリア理論で、事業で成功しているといわれる方々の8割は、偶然そこにたどり着いているというものです。概念的な話ではなく、長年の研究に基づいた理論なんです。目の前にあることに一生懸命取り組む。それは偶然ですよね。その結果、次の何かにつながっていく。それが計画です。そうして「気がついたらここにいた」というキャリアの築き方があり、充実していると感じている社会人の多くがそうなのだそうです。

偶然を楽しんだもん勝ち

この理論に出会って、私はすごく救われました。ほとんどの人がそうなのであれば、私もこれでいいのかなと思えたんです。学生さんと話す機会があると、よくこの話をしています。私にとっては、留学の話よりも大事だと思っているくらいです。結局、留学も同じなんですよね。留学に行けば、偶然ばかりが起きます。最初にいろいろと計画するよりも、その偶然を楽しんだもん勝ちだと思っています。好きなことが見つからなくても大丈夫。まずは目の前のことに一生懸命取り組んでみてください。

編集後記

留学メディアを率いる若松さんの口から「好きなことがない」という言葉が出たことに、まず驚きました。学生起業に取り組むなかで、私も「本当にやりたいことは何か」と悩むことがあります。だからこそ、計画された偶然性理論のお話には、肩の力がふっと抜けるような感覚がありました。また、英語を嫌いになった経験から「好きになる教育」の大切さを語る姿にも、強い説得力を感じました。目の前のことに一生懸命取り組み、偶然を楽しめる自分でありたいと思います。留学に関心がある方は、ぜひ「留学プレス」や「女子Ryu」もあわせてチェックしてみてください。