大人が学ぶことが、社会をより良く変える
バイオ系の研究から教育へ
学生時代はバイオ系の学部に進み、修士まで研究を続けました。もともとは研究者になるつもりだったんです。
ただ、次第に研究対象そのもの——私の場合は二酸化炭素を濃集できる藻類——よりも、「学ぶこと」「新しいことを知ること」自体に興味が移っていきました。そして「大人が学ぶことで、社会はもっと良くなるのではないか」と考えるようになり、教育の分野で何かをしたいと思うようになったんです。
「それなら起業しよう」とも考えましたが、まずは社会人として経験を積み、資金も貯めなければと思い直し、就職活動を始めました。
P&Gで得たもの
卒業後は、P&Gの研究開発部門に就職しました。同期とファミレスに集まって新しい教育事業について語り合ったりもしました。
P&Gは外資系企業で外国籍の社員も多く、国籍を問わず分け隔てなくコミュニケーションを取る経験ができたことは、前職で得た財産のひとつだと思います。企業規模こそまったく違いますが、弊社でも海外出身のメンバーが働いています。
「30歳までに」という思いから起業へ
少し早かった創業
入社から2年ほど経ったころ、海外赴任の話が持ち上がりました。一度赴任すれば、しばらくは現地に留まることになりそうでした。そうなると「30歳までに起業する」という目標の実現が難しくなる。そこで赴任の話は受けず、自分の会社を立ち上げることにしました。
いま振り返ると、法人登記はもう少し遅くても良かったと思っています。正直なところ、もう少しビジネス経験を積んでからでも良かった。もちろん、早く始めたからこそ得られたものもあったとは思いますが。
BtoCからBtoBへの転換
創業時は、個人向け(BtoC)の学習サービスからスタートしました。ただ、社会人向け学習のBtoCサービスは収益化が非常に難しいんです。売上が立たず、キャッシュフローの面では本当に苦労しました。
それでも「こういうことをやっていきたい」というビジョンを掲げて続けるうちに、法人のお客様からの問い合わせや相談が少しずつ届くようになりました。当時はBtoCに集中していて、法人向けに営業をかけていたわけではありません。それでも、大きな企業からも問い合わせが来る。
そうなると、世の中に求められているのはどう考えてもBtoB向けだ、と思うようになりました。世の中に必要とされていることをやっていくべきだ——収益面も踏まえてそう判断し、かなり苦しみながらもピボットしたのが2020年です。
事業内容とビジョン
「教える側」に向けたプラットフォーム
現在展開しているのは、研修・講習会・検定のDXソリューション「WisdomBase(ウィズダムベース)」です。教育関連のサービスですが、学ぶ側に向けたサービスではありません。私たちの直接のお客様は「教える側」——研修や講習会、検定を実施する企業・学校・団体です。動画やレッスンを学ぶ側に提供するのではなく、教える側のお客様が使いやすいサービスを提供しています。
受講の申し込みからテストの実施、動画配信、受講証明の発行まで、複数のツールをつぎはぎして運営している団体は少なくありません。WisdomBaseは、それらを一気通貫で行えるようにしています。公的機関・民間を問わずサービスを提供しているのも特徴です。コンテンツやカリキュラムづくりをお手伝いすることはありますが、基本的には教える側のお客様自身が保有しているコンテンツの配信を支援するソリューションです。
スキル証明経済圏をつくる
比較的最近、ミッションとビジョンを改定しました。ミッションは「学ぶメリットありまくり社会の実現」、ビジョンは「スキル証明経済圏をつくる」です。
日本は、OECD加盟国の中でも「社会人になると学ばない国」だという調査結果があります。ただ、日本人が怠けているとは思いません。むしろ勤勉な国民性です。問題は、大人になってから学んだことと、キャリア上のメリットとの接続が弱いことにあると考えています。学ぶことにメリットが「ありまくる」社会になれば、子どもは「なんで勉強しなきゃいけないの」と疑問にすら思わなくなるはずです。お父さんお母さんが学んで活躍している背中を、日々見て育つのですから。そんな社会をつくりたいんです。
ミッション・ビジョンを改定した要因のひとつが、近年のAIの発展です。「SaaS is dead」と言われるように、ソフトウェアを販売するだけの事業は、AIに飲み込まれて厳しくなっていくと私も考えています。
資格証や受講証明を発行する学校や講習会の主催団体を、私たちは「発行体」と呼んでいます。WisdomBaseはこうしたお客様にも提供していますが、単機能のソリューションにとどまっていては、その部分をAIに代替されかねません。もう少し視野を広げる必要があると考えました。
証明を発行する「発行体」がいるということは、それを受け取る受講者や企業がいるということです。こちらを私たちは「受領体」と呼んでいます。資格や卒業証書は、取得しただけでは意味がありません。就職や案件のマッチングの場面で「確かなスキル証明を持っている」という情報が活きてはじめて、その人のキャリアに跳ね返ってきます。さらにその情報が発行体に戻れば、より良いカリキュラムづくりにつながる。この循環が生まれることで「スキル証明経済圏」ができあがると、私たちは考えています。
ですから、発行体だけに向けてソフトウェアを提供するのではなく、より広い枠組みでソリューションを提供していかなければなりません。そういう思いで、このビジョンを掲げました。
学位や国家資格のような大きな証明に加えて、いま特に注力しようとしているのが、現場のもっと小さなスキルの証明です。たとえば海外から来た就労者の方が「この機械を操作できる」「この器具を使ってこの作業ができる」という証明を持てれば、それを足がかりにキャリアを伸ばしていけるはずです。まずは、いわゆるホワイトカラーのオフィスワークとは違う領域から取り組もうとしています。
学生へのメッセージ
好きなことを信じて突き詰める
研究は本当に楽しかったです。同じテーマに取り組む世界中の研究者とやり取りができて、教科書を読み進めるのとはまったく違う世界でした。高校や学部までの勉強は、決められたストーリーに沿って道筋を進むゲームのようなものです。それが研究になると、いきなりオープンワールドになる。自分が行きたいと思った場所に行ってみないと、何が起こるか分からない。私には、そちらの方がずっと面白かったんです。
この研究の経験は、起業にも生きています。研究には、自分でテーマを設定し、ある程度自由に進める側面があります。キャリアの最初にそういう働き方を経験できたことが、その後に効いていると思うんです。社会に出て最初の仕事が「上の人が用意した道の上を進む作業」だと、仕事とはそういうものだという感覚が染みつきやすい。もちろん、最初のキャリアが何であってもアンラーンしていけるものではあるのですが、採用をしていても「一社目の色」がその後も残っている人は多いと感じます。
一方で、浅く広くやることには、AIに代替されるリスクが高いと思っています。その人ならではの、人にはなかなか理解されない妙なこだわりや好み——そこにこそ、代替されない、長期的に安定した何かがあるはずです。それを信じて突き詰めるのは少し怖いことですが、大事なのではないでしょうか。まんべんなくやる方が一見リスクを分散できているように見えて、実はその領域はすべてAIと重なってしまうかもしれない。そうなったとき、「この何年間は何だったんだろう」ということになりかねません。
いまの学生のみなさんは、まさにAI時代の過渡期に大学生活を送っている世代だと思います。何をやれば良いのか、この先世の中がどうなるのか、誰も答えを持っていない。だからこそ、面白いと思ったものを突き詰めること、目の前にあることにちゃんとのめり込むことが、大事になるのではないかと思っています。
編集後記
理系出身でバイオ系の研究をされていたという辻川さんのお話は、同じ理系の私にとって、進路を考えるうえでとても参考になりました。研究をオープンワールドにたとえていたところが印象的で、決められた道より、自分の興味を突き詰める方が結果として代替されにくいというお話には、なるほどと思わされました。AI時代だからこそ「スキル証明経済圏」という考え方が求められているのだと感じます。就職活動を控えるひとりとして、自分の好きなことをもう一度見つめ直したいと思いました。