インタビュー

「わかりにくさ」の中にこそ、ブランドの種はある

「わかりにくさ」の中にこそ、ブランドの種はある
PROFILE
株式会社カラビナ 代表取締役
戸部 二実

高校時代からずっと「なぜ売れるのか」を考えていた

遊びながらの自主研究

学生時代は、いわゆる真面目に勉強するタイプではなかったと思います。付属の高校に通っていたので、少し良い大学を目指してがんばるという選択肢もあったんですけど、それよりも広告のほうがずっと面白そうだと思っていたんですよね。高校生のころから雑誌や広告を自分で作っていて、これなら学校の勉強を懸命にがんばるより、実際に広告を見て「なぜこれがいいのか」を考えるほうが良い時間の使い方だなと感じていました。

学校が神奈川にあって、電車で一本乗っていくと東京に出られる立地だったんです。途中に表参道や明治神宮があって、雑貨屋さんや洋服屋さんが多いエリアなので、そこを回りながら「なぜこの店は売れているのかな」とお店の作り方や広告について、勝手に自主研究していました。大学では心理学を専攻していて、そのあたりも今につながっている気がします。

リクルートで身につけた「ゼロイチ」の感覚

届いた広告に惹かれた

ファーストキャリアはリクルートでした。私が就職活動をしていたころ、家にリクルートからたくさんの就職活動用の資料が届いていたんです。当時としてはめずらしく、カラフルでユニークな企業広告が並んでいて、一般的なCMと比べても面白いなと思ったのを覚えています。リクルート事件についても、ネガティブというより「珍しいタイプの出来事だな」くらいの感覚で受け止めていました。起業しようという気持ちよりも、むしろ「この会社はユニークでいい」という別の軸で見ていて、事業を自分たちで作り、クリエイティブもできそうな会社という点にひかれたのが入社の決め手です。

一人で大きな仕事を任された

入社してからは、新卒採用領域、今でいうリクナビにあたる事業のいちばん大きな部署で制作を担当していました。就職情報誌という、当時の日本にはなかったジャンルをゼロから作った会社なので、まさにゼロイチの現場です。一億円規模のお客様を一人で担当することもあり、雑誌広告のシリーズや採用パンフレット、採用ムービーの企画・制作、イベントの設計まで、一社あたり数千万円規模の仕事を年に何十社と回していました。営業と制作が分かれていて、制作は外部のライターやデザイナーに発注する立場なので、いわばハブのような存在でした。大企業から中小企業、ベンチャーまで幅広い業種を担当できたのは、今振り返るととても恵まれた経験だったと思います。

フリーランスを経て、BtoBに特化した会社を作った

特殊な立場で得た経験

リクルートは30歳くらいで籍を離れました。その後はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、リクルートとも業務委託の形で契約を続けながら10年ほど活動しています。ポジションとしては社員よりも一歩引いた客観的な立場で、大型案件やトップ案件を率いたり、社員の育成を担当したりもしていました。事業部に縛られずいろいろな現場に関われたのも、この時期ならではのメリットだったと思います。ほかにも、化粧品会社のロクシタンのブランド作りに長く携わるなど、BtoCの大きなブランドの現場も経験しました。

BtoBに絞って法人化

法人化したのは二〇一二年です。それまでBtoCの領域には電通のような大きなプレーヤーがたくさんいる一方で、BtoB企業には広報や宣伝の専門部署がほとんどなく、自社の強みをうまく伝えられていないケースが多いと感じていました。企業の強みは分かりにくいことが多いので、それを見つけて採用ブランドに落とし込んできた経験を生かし、伝えるのが得意ではない企業をクリエイティブで支援する会社にしようと思ったんです。そうして生まれたのが、今の会社「カラビナ」になります。

社名「カラビナ」に込めた意味

登山道具の「命綱」から

社名自体は、実はそこまで深いこだわりがあるわけではないんです。もともとはオープンで楽しい雰囲気を大事にしたいと思っていて、磁力のようなイメージの名前も候補にあったんですけど、似た社名がすでにあったので、意味合いから探し直しました。「カラビナ」は登山道具で、複数の支点で支える「命綱」をつなぐ役割があります。加えて、アウトドアらしい、空の下でカラッとした明るいコミュニケーションのイメージにも合っていたので、この社名に決めました。実際に登山をするわけではないので、「登山をされるんですか」とよく聞かれるんですけど、実はまったくしていないんです。

ブランディングとは「意味を探すこと」

強みを言葉にする

ブランディングには大きく二種類あると思っています。商品を扱うBtoCの世界は、開発の段階で明確に強みを作り、差別化して伝えていくスタイルが多いです。一方、事業の場合は、意図して作ってもマーケットの中で意図しない方向に変わっていくことがよくあります。とくに中小企業やBtoB企業は、そもそもやっていることが他人から分かりにくいことが多いんです。だから私がやっているブランディングは、すでにある強みをよりわかりやすく伝えるというより、その企業ならではの「意味」を掘り起こして言葉にしていくことに近いと思っています。それをはっきりさせることで、採用でもきちんと自社に合う人が集まりやすくなりますし、社内向けのインナーブランディングとしても効果があります。

難しいのは規制業種

ブランドの手がかりに気づくのに苦労した記憶はあまりないんです。他の人が気づけないものを、比較的すんなり拾い上げられるほうだと思っていて。ただ、業種によって難しさは変わります。人材派遣のような規制業種は、事業の仕組み自体が似ているので違いが出にくいんですよね。リクルートスタッフィングとスタッフサービス、この二つの派遣会社に関わったことがあるんですが、事業の側面だけでは違いが見えなかったので、メンバーを集めてワークショップをして、「自分たちは他社とどう違うと思っているか」「お客様はどんな時に選んでくれるのか」を聞いていきました。すると、一方はお客様の要望を鵜呑みにせず「この会社にはこういうタイプの人が合う」と提案する力が強く、もう一方はスピーディーに人材を届けることに強みがある。このように、事業の中身だけでなく「届け方」に違いがあることが見えてきたんです。多面的に、ミクロとマクロを行き来しながら見方を変えていくことが、ブランドをかたちにするうえでは大事だと思っています。

AIとはディレクターとして向き合う

答えを求めるより問いかける

クリエイティブの世界に長くいる立場から見ると、AIに対しては「答えを出してもらう」というより、ディレクター的に関わっている感覚があります。もともとのキャリアが、人にものを頼んで作ってもらう仕事だったからかもしれません。「この観点が抜けていないか」「こういう切り口で調べてほしい」と何度もやり取りをしながら、AIが持っている調査力を生かして、自分では気づかなかった事実を深掘りしてもらう、という使い方です。最終的にはAIからの提案を受け取って、自分で組み立て直していきます。

見る目がないと使いこなせない

ディレクション力がないとAIはうまく使いこなせないと思っていて、そこはキャリアが浅い人にとって少し気の毒な面もあるかもしれません。何かを突っ込んで聞き返す経験値がないと、AIの答えをそのまま受け取ってしまいますし、デザインにしても「この色味はここが違う」といった各論の指示を出せるかどうかで仕上がりが変わってきます。作業のスピードは上がっても、それが目的にかなっているかを見極める目を養うことのほうが、実はもっと難しいことだと感じています。

これから目指したいこと

経営にクリエイティブな発想を

会社としては、外向けの顔を作るブランディングだけでなく、経営そのものにクリエイティブな発想を取り入れる支援をしていきたいと思っています。一般的な企業では、ロジックだけで真面目に考えすぎて、かえって発想が硬くなってしまうことが多いように感じていて。パーパス策定のご支援では、社員を巻き込んで五回ほどワークショップを重ね、自分たちの会社を多角的に見つめ直す問いを投げかけています。そうした思考の体験や場作りを通じて、日本企業が自分たちの良さにもっと気づき、自社らしく成長していく手伝いができたらと思っています。

学生さんへのメッセージ

視野を狭めすぎないでほしい

今の学生さんは「将来のために今意味のあることをしなければ」という気持ちが強いのかもしれませんが、あまり絞りすぎないことも大事だと思います。私自身、部活を必死にがんばるタイプではなく、必要なものを必要なぶんだけ選ぶ、コスパよく考えるタイプだったので、その気持ちはよくわかるんです。偶然の縁で回ってきた面倒ごとや、自分の役割ではないと思うようなことも、実はチャンスに変えられることが多いんですよね。譲れない軸を持つことは大切ですけど、一見ネガティブに見えることも受け止められる心の広さを持っていると、思わぬところで自分が見つかるきっかけになると思います。

編集後記

戸部さんのお話から、ブランディングとは「わかりにくさ」を丁寧に紐解き、意味を見つける仕事なのだと強く感じました。多面的に見る、届け方まで見るという視点は、企業分析だけでなく学生の皆さんの自己分析にも通じるはずです。AIとの向き合い方についても、単に答えを求めるのではなく、対話を通じて問いを重ねる姿勢が非常に印象的でした。効率ばかりが求められがちな今だからこそ、一見遠回りに見えるご縁や経験を大切にしていきたいものです。