インタビュー

好きなことを隠して生きてきた、承認欲求とのわかれ道

好きなことを隠して生きてきた、承認欲求とのわかれ道
PROFILE
プロモスジャパン株式会社 代表取締役
秋元万里子

学生時代|好きなことを見ないふりしていた子ども時代

承認欲求を隠していた

子供の頃から好きなことはあったのですが、見ないふりをしていました。親に自分の価値観を否定されて育ったせいか、世間からも否定されるのではという不安が拭えず、他人の評価を恐れる「軸のない」自分になっていったんだと思います。「社会に認められること、人の為になることが良い人生だ」という考え方に引っ張られていましたが、正直その意味がよく分かりませんでした。「社会」は住む世界や時代と共に変わっていくもので、誰にどのくらい認められれば良い人生なのかと思った記憶があります。

今振り返ると、あの頃の承認欲求は、ただ余計なものだったなと思います。残っているのは好きだったことと、やっぱり本質的な自分。結局そこに戻ってしまうんだなと今は思っています。

絵を描くのを我慢した

小学校のころは海外にとても興味を持っていて、早くから英語に触れていました。海外の子どもと触れる機会も多かったので、海外の文化や言葉に興味を持っていました。中学校のころは文通でイギリスやオーストラリアの学生とやりとりしたり、本を買ったりプレゼントを送りあったりもしていましたね。ただ学校では、親や先生が好むようなタイプの子どもではなくて。団体で行動したり人前に立ったりするのがすごく苦手でした。

絵を描いたりマンガが好きだったんですけど、絵を描いていると勉強しなさいと母に叱られてました。勉強を押しつけられるのが苦痛で、最後には諦めて、絵が好きなことを隠してこっそり描くようになりました。

短大へエスカレーター進学

高校は厳しく独特の校風だったので、自分の意志や夢もないまま、周りの雰囲気に染まりながら生きていたようなところがありました。それでも英語が好きだったことと絵が好きだったこと、創作することが好きだったこと。これらだけは学生時代のあいだも心のどこかにあったと思います。

当時の私の選択肢はエスカレーター式の女子短大しかなかったので、友達と「被服科なら遊べそうだから、ここに行こう」といういい加減な理由でそのまま進学しました。本当は海外に行きたかったんですけど、親に承諾してもらえそうな雰囲気ではありませんでした。

社会人からOEM事業へ

モデル業を8年経験

大学時代、アルバイト中に背が高いことがきっかけでモデルにスカウトされ、始めました。人前に立つのが苦手な私には合わないかなと思いながらも、苦手を直したい気持ちと、ちょうどバブルの時代でギャラも良かったこともあって、卒業後も含めて8年か9年ほど続けました。写真を撮る立場になった今、モデルの気持ちも分かるという点でも良い経験になったなと思います。

飲食店で経営の壁

そのあいだに貯めたお金で26歳から二年ほど飲食店もやったんです。画廊喫茶のようなものをしたいという漠然とした憧れだけで、飲食の経営も何も知らずに始めました。営業許可証も調理師免許も持っていなかったので、人を雇う必要があり、人件費もかさみ、毎日カツカツで時間もお金も余裕がありませんでした。これは失敗だったと途中から気づいていたんですけど、3人の従業員を前にどうすれば良いのか分かりませんでした。そんな時に結婚する機会があり、やめることを決意しました。私は飲食業に向いていない事を知りました。

営業の世界へ

結婚後、今度は自分の意見を理路整然と話せる人たちに憧れて、メーカーの営業・マーケティングに約18年勤めました。最初に入ったのがワーナー・ランバートという今はもうない外資系で、そこから何社か転職を重ねて、最後はニコンイメージングジャパンで働きました。この期間に独学でサイト制作やデザインが出来るようになり、自分でECサイトを作ってドロップシッピングサービスを始めたのが、今につながる最初のきっかけです。

海外でも物怖じしないコミュニケーションスキルは、営業職で得たものかも知れません。

写真グッズがきっかけに

日本人は家族の写真をプリントしてTシャツにしたりはあまりしないんですよね。当時アメリカだとよく作られていたんですけど、日本では流行らない。ただ日本はアニメの国で、同人作家さんやコミックマーケットに出す方たちからの注文が増えてきて、プリントグッズではなくキーホルダーを作ってほしいという依頼が大量に来るようになりました。当時はガラケーの時代で、ラバーストラップが大きなブームになって、そこで一気に会社の売り上げが上がったという経緯があります。

OEM事業を若手に譲渡

会社としては2011年から服飾雑貨のOEM事業に本格的に取り組み、いろいろな業界のたくさんのクライアントさんの商品を作らせていただきました。短大の被服科で学んだパターンやテキスタイルの知識がそこで役立ちました。その傍ら、ニコンで知り合った人と写真サークルを立ち上げたり、相変わらず周囲や時代の流れに乗りながら経営を続けていました。

OEMの情報収集は中国の工場から今どんなものが流行しているかを取り入れます。ただアメリカやヨーロッパと日本の需要は全く違っていて、たとえば光る靴ひもは欧米でとても人気があったんですけど、日本ではまったくダメでした。日本はキーホルダーなどの小さなグッズのほうが好まれるので、雑誌やインターネットなど、あらゆる情報を参考に試行錯誤していました。

時代とともに変わる需要に対し事業も柔軟に変化させなければいけなくて、それをずっと追いかけていくのはやはり大変です。同時に利益も追いかけなければならず、今までやってきたことを活かし新しいものをどう取り入れるか、コンセプトとのバランス等いつも考えていました。

2023年に約13年続けたOEM事業はサイトごと若いご夫婦に譲渡し、今は1つから作れるオリジナルのぬいぐるみをメインに続けられています。

プロモスジャパンの強み

フランスのビジネスパートナーたち

OEM事業を手放した後、法人の清算も考えましたが、2023年から始めたフランスのイベントサポートが切っ掛けでパリでの人脈が増え、次々と共同プロジェクトが立ち上がるようになりました。

パリはアートの街です。私が独学で身につけた「写真、サイト制作、デザイン」を駆使して、子供の頃から興味があった”多様な文化を持つ人たちと、アートプロジェクトに取り組んでいる”ことが夢の様で「やっと本当の自分に会えた」という気持ちです。

新たなスタートを切ったばかりの「今の強み」は、フランスの実業家やアーチストとの人脈だと思います。AIが何でも片付けてしまう時代、この生きた繋がりがこれからの可能性を大きく変えていく力になると思っています。

今後のビジョン

フランスと日本のコラボレーションビジネス

今取り組んでいるのは、パリのビジネスチームと展開しているアートプロジェクトです。世界的に有名なクリエイターや技術者とタイアップしながら、パリで結婚式の前撮りをする方々の撮影や動画制作、展示会やイベントなど、日本人の感覚を生かした新しい発想のアートイベントやサービスなど複数のプロジェクトを主導しています。

ヒューマンライトプロジェクト

もう一つ個人的なプロジェクトとして、クリエイターを追う「ヒューマンライト」というメディアを運営しています。「表現者としての道を歩み続けている人」を取材し、アーカイブしていくプロジェクトですが、これまでフランスと日本を中心に俳優やミュージシャン、画家、ゲームクリエイターなどを取材してきました。
私が憧れ続けた生き方をしている人たちの存在を、国や時代を超えて伝えていくプロジェクトです。

これは私自身のライフワークなので、身体が動くかぎり続けていきたいと思っています。

学生へのメッセージ

承認欲求を手放す

自分自身を振り返り、たとえ漠然とした興味でもいろんなことに挑戦してみるのは悪くないと思います。でも、それが本当に自分の人生にとって重要なことなのかどうか、途中で立ち止まって考える時間も同じくらい大切です。正直に言うと、私自身は何を軸にすべきか分からないままこうして長い時間を過ごし、引退する年齢になって偶然見えてきました。

承認欲求は誰しもあるものですが、振り回されると危険だと思います。最後に残るのは自分の軸ですから。軸がブレないためには、たとえ周りが褒めてくれなくても自分を幸せにするものを大事にすることだと思います。社会で生きていると自分を見失いがちですが「人」ではなく「コトやモノ」に振り回される事をお勧めします。それが「承認欲求」の沼にハマらず、「自分軸」を強固に育てるコツであり心も身軽になると思います。

目標が自分軸で回り始めると、余計な人間関係も見えてきて、そういう人たちに認められたいという気持ちはなくなっていきます。孤独な時もありますが、他人に依存せず自分自身を認めることは自信と誇りにも繋がります。

若いうちに好きな仕事に就くことが必ずしも幸せだとは思いませんが、人は誰しも「自分は何のために生きているんだろう」と立ち止まる瞬間があるはずです。

時間はお金では買えない、かけがえのないものです。どうか自分の為に大切に使ってほしいと思います。

編集後記

今回のインタビューでは、好きなことを隠しながら過ごした学生時代から、モデル業や飲食店経営、営業職を経て、OEM事業、そして今の写真事業へとつながっていく歩みをうかがいました。承認欲求と自分の軸のちがいについてのお話は、私自身も日々感じている葛藤と重なる部分が多く、とても学びになりました。貴重なお話をありがとうございました。