インタビュー

向いてないと思ってるのは自分だけ。バイアスを壊してくれた仲間の言葉

向いてないと思ってるのは自分だけ。バイアスを壊してくれた仲間の言葉
PROFILE
株式会社リアルアキバ・コミュニケーションズ 代表取締役
田川 浩巳

秋葉原のクリエイティブエージェンシー代表が語る、「Disrupt the bias」の実践

「誰も埋めていない90度」だった

この会社は、登録者100万人を突破したオタクダンスユニット「REAL AKIBA BOYZ」のメンバーであり、プロデューサーでもある榊原敬太(けいたん)が立ち上げた会社です。 私が入社したのは2年半ほど前。半年ほどで副社長、さらに半年後に社長に就任し、今は2期目に入ったところです。副社長時代を含めると売上は約2.5倍に成長。従業員数も大きく増えました。もちろん、順風満帆だったわけではありません。

前職はそこそこ大きな広告代理店で、当時の私は発注する側の立場でけいたんと付き合いがありました。ちょうど40歳ごろ。転職か、それとも元の会社で異動するか。キャリアの分岐点で迷っていたときに、「うちに来ないか」と声をかけてもらったのがきっかけです。

決め手は、事業内容そのものではありませんでした。けいたんがこう言ったんです。

「自分は人より視点が広い。270度見えている」

その言葉を聞いたとき、私はとても面白いと感じました。

270度見えている人がいる。ならば、残りの90度を自分が見ることができれば、360度を見渡せる組織になる。「自分が入ることで会社の視野が完成する」という一点に、はっきり価値を感じたんです。

3回目のオファーで受けた社長就任

実は社長のオファーは2回断っています。それでもけいたんは何度も声をかけてくれましたが、当時の私は、自分が社長を担うことに迷いがありました。 

ずっとサラリーマンとして働いてきて、起業家の方々のような「会社を率いてやるぞ」という野望を持たないまま40歳まで来た人間です。加えて、学生時代にずっと超えられないライバルがいて、成績は常に2番。「自分は1番になれない」という思い込みを、どこかで抱えたまま生きてきました。

そんな私に、当時の役員がこう言ってくれたんです。

「社長に向いていないと思ってるのは、田川さんだけですよ」

その一言で、自分が長年握りしめていた変なプライドが、するっと解けた感覚がありました。自分にかけていたバイアスを、他人に壊してもらった経験です。なので3回目のオファーで決意しました。

──いま思えば、これが弊社の理念そのものを、私自身が体験した瞬間だったのかもしれません。

ファンの存在を知った社長1か月目

社長就任からわずか1か月目に、弊社が手がけていたあるプロジェクトを終了する決断を下しました。プロジェクト名は伏せますが、その判断を下した際、そのプロジェクトを愛してくださっていたファンの方々から、私宛てに厳しい言葉を数多くいただくことになりました。DMやイベント会場で直接つらい言葉を投げかけられることも多く、心が折れかけたのを今も覚えています。

会社を経営していく以上、プロジェクトを終わらせるという判断はどこかで必ず必要になります。その判断自体は今でも間違っていなかったと思っています。ただ同時に、それだけ深く愛してくれているファンの方々を悲しませることと表裏一体なのだということを、あのときようやく実感として理解しました。

つらい経験ではありましたが、以来、何かのプロジェクトを閉じる、何かから撤退するという判断をする際にはファンの方々の顔が浮かぶようになりました。社長になって間もない時期に得た、大きな学びだったと思っています。

秋葉原というカルチャーを、そのまま事業にする

「広告代理店」ではなく「クリエイティブエージェンシー」

弊社は秋葉原にあるクリエイティブエージェンシーです。日本ではまだ数の少ない業態で、広告を”仲介”する代理店ではなく、広告そのものを”つくる”ためのエージェンシーという立ち位置にいます。

秋葉原は今や世界中から人が集まる街です。その中心に拠点を置いている地の利は大きく、扱う商材もゲーム、アニメ、ゲームセンターなど、秋葉原カルチャーに根ざしたものが多くあります。さらに、広告制作だけでなくアーティストマネジメントも手がけているのも特徴です。スタッフは30名弱。この規模だからこそ、判断も実行も速く動けます。

「オタクであること」が、そのまま提案力になる

弊社の一番の強みを挙げるなら、社員がカルチャーの当事者であることです。

一般的な会社では、仕事中に「自分はオタクです」と名乗るのは、まだ少し抵抗があると思います。弊社ではそれが完全にオープンです。好きなものを掘り下げてきた経験、界隈の温度感、ファンが何に反応するかの肌感覚。それが、クライアントへの提案の中で確かなエッセンスになっています。

「好きなものに詳しい」ことが、そのまま職能になる。 これはカルチャーを扱う会社にとって非常に良い環境だと思っています。

採用で見ているのは、「切り分けられる力」

変わった選考をしているわけではありません。ただ、ひとつだけ大事にしている観点があります。それは、「好き嫌い」と「やるべき仕事」をきちんと切り分けられるかということです。

クリエイティブの仕事は華やかに見えて、実際は地味なタスクの積み重ねです。だからこそ、その日の気分や感情の波に成果を預けない人と働きたいと思っています。感情の管理は自分の領域、仕事のタスクは別の領域。そこが独立している人は、長く、安定して力を発揮できます。

たとえば私は、カレーライスが本当に苦手です。それでもカレー店のプロモーションは全力でやります。自分の好みと、世の中に届けるべき価値は別物と捉えています。

もちろん、カルチャーへの熱量は大歓迎です。むしろそれは弊社の資産です。求めているのは「熱がないこと」ではなく、「熱に振り回されないこと」。この2つが両立している人は、間違いなく強い人材へと成長していくと思います。

これからつくりたいのは、「遊ぶことが仕事になる」会社

興味があるのは、これからの働き方そのものです。

多くのタスクはAIが担うようになります。そうなったとき、人間に残るのはセンスだと考えています。AIをどう使うかもセンス。AIが出したアウトプットを「これはいい/これは違う」と判断するのもセンス。そのセンスは、机の上だけでは磨かれません。遊びも含めて、さまざまなものに触れ、面白がってきた経験の総量が、そのまま判断の精度になります。

だから私が目指しているのは、遊ぶこと自体が仕事になる会社です。秋葉原に根ざした会社ですから、多少ふざけていていい。遊び心があっていい。正直、まだそこは足りていないと自分でも思っていて、これからの伸びしろだと捉えています。

具体的には、いま複数のポッドキャスト番組を手がけていて、広告企画やタレントマネジメントとは別軸で、自社メディアを育てる取り組みを進めています。社員がそのメディアの中でどれだけ遊べるか、というのも大切な指標です。さらに、社員が自ら立ち上げる新規事業を、今期中に数本走らせる予定です。

社員が遊びながら、会社の収益が最大化されていく。それが、私が本気で目指している状態です。

学生の皆さんへ ── まずは、自分にかけたバイアスから壊してほしい

弊社の経営理念は「Disrupt the bias」。バイアスをぶち壊せ、という言葉です。

私が学生だった20年ほど前の秋葉原は、「暗くて、ジメジメした、オタクの街」というイメージでした。それが今では、世界中から人が訪れる街になっています。アニメ、ゲーム、アイドル──日本のカルチャーが世界に届いたからです。時間はかかりましたが、クリエイティブが街のイメージを書き換えた。私はそう思っています。

クリエイティブには、街のイメージを変える力がある。ということは、人の人生を変える力もあるということです。

学生の皆さんも、「自分はこういうタイプだから」「たぶん自分にはできない」と、知らないうちに自分自身にバイアスをかけていることが多いのではないでしょうか。私も「1番になれない人間」だと思い込んでいました。それを壊してくれたのは、他人の一言でした。

だから、まずはそこから壊してほしい。クリエイティブの仕事に興味がある方は、前提条件を疑うところから関わってもらえると、必ずいいアウトプットにたどり着けます。

一緒に働ける人がいたら、こんなに嬉しいことはありません。そうでなくても──世の中にあるいろんなバイアスを、一緒にぶち壊していける人と出会えたら、それだけで十分に面白いと思っています。

編集後記

印象的だったのは、田川さんが「社長になりたかった人」ではないという点でした。それでも、自分にかけていたバイアスを他人の言葉で壊された経験、AI時代に必要なのは「センス」だという視点──どれもご自身の言葉で語られていて、経営が借り物ではないと感じました。

「Disrupt the bias」という理念を、まず自分自身に適用してきた方なのだと思います。就職活動の中で自分に枠をはめてしまいがちな私たちにとって、とても背中を押される時間でした。貴重なお時間をありがとうございました。