インタビュー

「新潟にないもの」をつくり続ける ― 高校中退から広告と飲食の二本柱を築くまで

株式会社T-LIFIXホールディングス 代表取締役 遠藤歩
PROFILE
株式会社T-LIFIXホールディングス 代表取締役
遠藤 歩

目立たなかった学生時代

高校2年で中退した

高校2年生ぐらいで、一度学校を中退しています。そこから3年ほど経ってから、定時制の高校に通い直して卒業したという流れです。熱中していたことといえば、やっぱりスポーツですね。中学までずっとサッカーをやっていて、中学の後半から高校2年生ぐらいまではバドミントンをやっていました。

バドミントンで学んだ執着心

サッカーからバドミントンに移ったのは、体育の授業でやってみておもしろいと感じたのがきっかけです。ずっとサッカーをやっていたので、新しいことをやったらどのくらいまでいけるんだろうという好奇心がありました。中1から始めていた人たちと比べると1年の差があったんですけど、その差を埋めるためにひたすら練習したり調べたりして、負けないぞという気持ちでやっていたら、中2の新人戦で優勝できたんです。他の人の1年分を1、2か月で埋められたというのは、今でも生きているなと思います。

学生時代は、目立つタイプではなかったと思います。学級委員長や応援団長のような役割ではなく、どちらかというと2番手というか、影のような立ち位置でした。

独立するまでの道のり

建設業からの独立

建設業の個人事業主の下で働いていた時期があって、その社長がお金関係のトラブルで飛んでしまったことがありました。どうしようかと考えたときに、それなりに仕事も経験していたので、一人でもいけるなと思って独立を決めました。

経営するにあたって恐怖心のようなものは、正直あまりありませんでした。やるからにはとことんやろう、という気持ちで、いろいろ勉強しながら進めてきました。

裏切られて見えた自分の姿

法人化してから1年くらいで従業員も増えて、うまくいっていた時期もあったんですけど、自分自身が体を壊してしまって、今後どうしようかと考える時期がありました。当時いた従業員は親会社にあたる会社に引き取ってもらって、自分は一人になったんです。

その後、建設業をやっているときに、お金を持っていかれたり、2番手として置いていた人が他の従業員を連れて別の会社に移ろうとしたりと、裏切られる経験が重なりました。そこで、自分のこういう態度や扱いがよくなかったんじゃないか、という自責思考で考えるようになりました。他責思考、つまり他人のせいにする人は多いと思うんですけど、どんな問題が起きても一時的にでも自分事として捉えて対応していくというのは、常に心がけています。

夜の街から始まった事業

同級生との再会が転機に

一人になったあと、中学が同じだった同級生と出会って、一緒に事業をやろうという話になりました。そこから始めたのがダーツバーです。18歳、19歳のころにキャバクラのボーイをしていた経験があったので、そのノウハウを生かして、ダーツバーやガールズバーのようなナイト業態を、どんどんオープンしていきました。

コロナ禍からの飲食事業

最初の1店舗目をオープンしたのは、緊急事態宣言が出ているような時期でした。コロナが明けてから数字的にもいい感じに利益が出るようになって、ナイト業態は長くやり続けるのは難しいところもあるので、従業員の第二のキャリアという意味でも、飲食店を始めることにしました。仲間たちのために、いろんな業態や業種を試していったという感じです。

広告事業「アドマン」ができるまで

オフラインで直接届ける発想

自社でいろんな業態の店舗をオープンしていく中で、認知を取ることの大切さを実感していました。今はオンライン広告が中心になっていると思うんですけど、あえて歩いたり自転車を使ったりして、直接リーチするオフラインの広告っておもしろいなと感じたんです。これはフランチャイズ加盟契約で、そういったオフライン系の広告を調べに調べて、新潟エリアの独占権をいただけないかと交渉しました。

アドマンはFC契約のような形になっているんですけど、オフライン系の広告サービスをいろいろ調べに調べて、新潟エリアの独占権をいただけるよう交渉しました。新潟であの歩く広告ができるのは弊社だけなんです。ほかにもサイクル広告「ヴェロトレーラー」や、光る特殊車両広告「アドクル」、光る歩く看板「ルーモ」など、従来の広告の概念を覆すようなサービスを展開しています。

新潟にこだわる理由

ここなら勝てるという確信

飲食事業では、いずれは東京にも出展していきたいと考えていますが、まずは新潟です。新潟の飲食店は、正直に言ってしまうと、あまり強くないと感じる部分もあって。ここなら勝てるなという手応えがあるんです。ほかの経営者の方と話していても、この地域なら勝てるという感覚は共通していると感じます。

新潟の5年後を先取りする

新潟という土地は、首都圏のトレンドが届くまでに5年ほどのタイムラグがあると感じています。だからこそ私は、東京で注目を集めたものをいち早くこの地に導入することを意識しているんです。まだ新潟に存在しない価値を先んじて提供することで、地域における話題性や独自のブランディングを確立できると考えています。

常にアンテナを張って流行を学び、自ら各地へ足を運んで情報を収集しています。そして「これだ」という確信を得たときには、迷わず圧倒的なスピード感で事業化することを信条としています。

裏切りから学んだ「人財」の哲学

自責思考で人と向き合う

弊社では「人は会社にとっての財産」だという考え方を大切にしています。単なる「人材」ではなく「人財」として、一人ひとりと向き合っていきたいんですよね。

この考え方に至ったのは、建設業をやっていた時の経験が大きいです。結構裏切られたり、お金を持っていかれたりとか、2番手に置いていた人間が他の従業員を全員連れて別の会社に行こうとしていたりとか。そういうことが多々あったんです。

普通ならそこで人間不信になるかもしれないですけど、私はそこで自責思考に切り替えたんですよね。自分のこういう態度だったり、こういう扱いが良くなかったのかなと。そうやって考えて、やっぱり人を大事にしていこうという考えに変わっていきました。

他責思考の人は多いと思うんですけど、どんな問題が起きてもまず自責で考えて、そこから対処していくっていうのは常に心がけています。

これからの目標

年商15億〜20億へ

今後1〜3年では、会社の年商を15億〜20億円まで伸ばすことを目標にしています。

弊社の強みは、トレンドを追うスピード、出店するスピード、そして物件を持ってくる力です。

「これが流行る」と思ったら調べる。現地へ行く。物件を探す。交渉する。そして、店舗として形にする。

まとめると、行動力です。

これからも、新潟にないものを見つけ、すぐに形にしていく。

その積み重ねで、まずは新潟で存在感をつくり、年商15億〜20億円という目標を実現したいと考えています。

若者へのメッセージ

まず経験してみること

一歩踏み出せない若者が周りにも多いと感じています。それが経験になっていくので、まずは自分から動いて何でも経験してみることが大事だと思います。やりたいことが見つからないという人も、いろいろ経験していく中で、自然とやりたいことや熱中できるものが見えてくるはずです。

行動力をつけるには、興味がないことでも一旦やってみることだと思います。自分もそうなんですけど、興味がなくても調べてみたり、興味がない場所でも行ってみたりする。そこからいろんなことがつながって、広がっていくんじゃないかと思います。

もっと早く始めればよかった

もし高校生や中学生に戻れるとしたら、もっと早く起業しておけばよかったと今は思っています。起業しながらも、人とのつながりという意味では大学にも行ってみたかったという思いもあります。起業という経験は早ければ早いほど、仕事だけじゃなくプライベートでもいろんな形で生きてくると思っているので、早ければ早いほどいいというのが持論です。

編集後記

今回のインタビューを通して、印象に残ったのは「自責思考」という言葉です。裏切られるような経験をしても、それを人のせいにせず自分の態度を振り返るという姿勢は、簡単なようでなかなかできることではないと感じました。学生起業に興味を持つ身として、新潟という地域にこだわりながらもスピード感を持って動き続ける姿勢から、多くの学びをいただきました。貴重なお話をありがとうございました。