インタビュー

特許が切れると分かっていたから、うちにしかできないラベルを作った

特許が切れると分かっていたから、うちにしかできないラベルを作った
PROFILE
株式会社マツザキ 代表取締役
濱﨑 順一

学生時代は麻雀漬けだった

予備校で麻雀にハマる

高校を出たあと、ちょっと予備校に通っていましてね。そこでたまたま麻雀にハマってしまったんですよ。もう本当に、ひたすら麻雀だけやっていたような世界でした。

近所の声で仕事を始めた

私が若い頃は、近所の人たちが目を配ってくれる時代だったんですよね。「何か仕事をしないといかんのじゃないの」と言われて、それで仕事を始めることになりました。紹介を受けたのが、いわゆるシールラベルを作る業界の会社です。周りが大学を卒業する頃、22歳で就職しました。今振り返ると、それまでいかに遊んでいたかと思いますね。

社員から社長に代わった経緯

上司が興した会社に入社

就職して1年半ほど経った頃、九州のトップの支店長とどうしても合わないことがあって、退職しました。そのあとは別の会社で働いていたんですが、そのときの上司が「有限会社マツザキラベル」を立ち上げていましてね。創業から5年ほど経ったとき、不良債権発生し売上低迷するので、有限会社松崎レーベルの経営者が私に「会社を手伝ってくれないだろうか」と声をかけました。当時働いていた会社の経営者にそのことを相談したら転籍を了承してくれたので、社員としてマツザキラベルに入ることにしたんです。

不良債権をきっかけに転身

やるからには、極力手を尽くしてやろうと思って取り組みました。おかげさまで、業界の中でもそれなりのところまでは来られたんですが、途中からはなかなか苦戦が続く日々になっていきました。

売上大半を担い社長に

社長には弟さんがいたので、その方が継げばいいと思っていたんですよ。ただ、当時の売上の大半ほどを私が持っていたこともあって、「やってくれ」と言われましてね。何度か断ったんです。私は経営者には向かないと思っていたので。それでも重ねて言われて、今に至っています。

シールラベル業界での挑戦

特許切れを見据えた開発

現在の当社「株式会社マツザキ」の強みは、シールラベルの特許がなくなるという状況をきっかけに生まれたものなんです。シールラベルには昔、特許がありましてね。特許がなくなれば価格競争の時代になるだろうと考えて、社長になる前から少しずつ新しいものを考え始めていました。シールには必ず台紙がついているんですが、その台紙を外したものを作ろうと思ったんです。前任の経営者たちがやっていなかったことなので、了承を得たうえで進めました。

機械との出会いが転機に

ただ、最初はなかなかうまくいきませんでした。どうしても自社にある機械を使おうとしてしまって、新しく設備投資をせずにやっていたものですから、1年半ほどはどうにもならない状態が続きました。そんなときに、ある人の紹介で塗工機メーカーと出会いまして、そこでようやく機械とシリコーンの組み合わせがうまくいくようになったんです。私たちの業界でいう糊にも非常に強いものがあって、氷点下40度でもくっついているような糊なんですよ。台紙のないラベルを積層やロールの状態にすると、通常は12時間ほどでブロッキング(接着)を起こしてしまうんですが、この組み合わせなら1ヶ月経っても変わりませんでした。

1億円の機械投資を決断

これはいけると思って社長に導入したいと話したんですが、機械の見積もりは1億円を超えていましてね。いろいろ交渉を重ねましたが、それでも1億円ほどかかりました。ただ、この機械が入ってからマツザキは随分と変わりました。シリコーンの薄膜や粘着剤、接着剤の塗工ができるようになって、オリジナルの製品を作れるようになったんです。

オリジナル製品が生んだ信頼

ゴミスリム・ラベル(R)の誕生

台紙のないラベルは「ゴミスリム・ラベル(R)」という商標で売り出しました。ゴミが出ないという意味からつけた名前なんですが、たまたまRKB毎日放送の番組で「ゴミスリム」という企画があって取材を受けたことがあって、ちょうどいい機会だと思って名付けたんです。おかげさまで、それなりに売れるようになりました。

セキュリティラベルの広がり

シリコーンも糊も扱えるようになったので、次に考えたのがセキュリティのラベルです。剥がすと色が変わって、目視でひと目で分かる、しかも元には戻らないというものなんです。生活に身近なうちの製品でいうと、大手食品メーカー・金融・証券等で使用されているものがあります。

食品や医療にも用途拡大

ゲーム機器メーカーのセキュリティ用、開けると必ず分かる仕組みのために使ってもらっています。湿度90%以上、温度100度でも反応するという厳しい検証を経て採用いただきました。ほかにも、有名な餅屋の水ようかんに付いているナイフを止めているのはうちの接着剤ラベルです。接着剤の塗工ができることを活かして、医療用バッグに使うヒートシールラベルもオリジナルで開発しました。こちらは海外向けで、これから使われていくだろうと思っています。

水害からコロナ禍までの苦労

45cmの浸水を免れた社屋

一番大変だったのは、今から17年前の7月24日です。大雨が降って、当社の周辺が45cmほど浸かりました。第2工場の目の前にある川も氾濫していたんですが、うちの工場は周りより30cmほど高い場所にあったので、水は外に流れていって被害はありませんでした。ただ、BCP(事業継続計画)という観点から、何かあったときのために別の拠点を探さなければと考えるようになりまして、それから5年後に朝倉市で土地を見つけました。キリンビール福岡工場が所有していた土地です。

経産省補助金への挑戦

土地を購入したあと、朝倉市側から経済産業省の平成24年度補助金「円高・エネルギー制約対策のための先端設備等投資促進事業」に応募してほしいという話がありました。中小企業ではかなり厳しくて、一部上場企業しか通らないような制度なんです。過去に2度応募して駄目だった経緯もあったんですが、九州経済産業局より「該当しますね」という返事を九州経済産業局からもらってきましてね。それが4月22日の月曜日で、締め切りは4月25日の丸の内にある野村総合研究所に書類を届けなければならず、無理だろうと思いました。朝倉市担当者から、なんとか出して欲しいと言われ2日間寝ずに書類を仕上げて、航空便で間に合わせました。ところどころ間違いもあり厳しいだろうと思いました。ところが5月半ばに自治体から「おめでとうございます」と審査通過の連絡がありました。中小企業なので費用の2分の1が補助され、あわせて9,000万円ほどをいただけることになりました。

そのあとに待っていたのが、申請書の5年計画の提出でした。5年計画で20%伸びる計算式は分母が総エネルギー使用料、分子が人件費、減価償却、利益です。当社利用のTKCの会計ソフトと九州電力の数字で年エネルギー総使用料金約1,300万円で1円の違いがあり、九州電力側は数字を開示できないといい、TKC側も譲らない。ここはかなり苦労しましたが、最終的にTKC側が妥協し無事に解決することができました。5年計画で5年後に20%伸びる計算式で、当時は数字が夢に出てくるほどでしたね。

コロナ禍でオリジナルを強化

そこから一気に設備投資を進めて、朝倉工場を4億円強かけて建てました。今から11、12年ほど前のことです。ショールームのような綺麗な工場ができたと思っていたら、稼働から5年ほどでコロナ禍に入りました。今まであったはずの仕事がなくなって、売上も下がって大変でしたが、オリジナルの製品があったおかげで、なんとか乗り越えることができました。シールラベル自体は今も売上の半分近くを占めているんですが、価格を落として取っていくのはどうしても大変なので、うちらしいオリジナルの部分を強化していったところ、今ようやく採算が合い始めています。おかげさまで、長くお付き合いいただいているお客様が多いのも支えになっています。

これからのビジョン

朝倉工場をさらに拡張

朝倉工場は敷地が700坪ほどあるんですが、工場として使っているのはまだ200坪ほどです。ここを300坪ほどの工場にして、皆様に「うちのラベルを使ってよかった」と思っていただけるようなものづくりをしていきたいと思っています。

安心して使える製品を

自社の検証能力をさらに高めて、皆様が安心して使える製品を作り出していく、お役に立てる企業になりたいと考えています。もちろん、新しい製品をこれからも増やしていきたいですね。

やりがいと学生へのメッセージ

大手からの評価が励みに

やりがいを感じるのは、うちのオリジナル製品が役に立ったという声を聞いたときと、大手の企業からメールが来るようになったと実感したときです。電力会社さんにも使っていただいていますし、最近話題になっているTSMCさんでもうちの製品が使われるようになりました。オリジナルの製品があるからこそ選んでいただけているんだなと感じますし、認知度が上がってきたことは素直に嬉しいです。

九州大学との新しい挑戦

今、九州大学さんと一緒にオリジナルグッズを作る取り組みを進めていて、来年3月には形になる予定です。どんなものが出来上がるのか、私自身もあまり詳しくは聞いていないので、楽しみにしています。

発想を諦めないでほしい

学生の方々には、自分の思いや「こういうものがあったら面白い」というアイデアをどんどん聞かせてほしいと思っています。私自身、新しい発想を聞くのが好きですし、不可能だと決めつけずに、いろいろなことに挑戦していってほしいですね。

編集後記

濱﨑さんのお話を伺って、一番印象に残ったのは「特許が切れる前から次の一手を考える」という姿勢でした。私自身、学生団体の運営で目先の課題に追われがちなのですが、少し先を見据えて動くことの大切さを改めて感じました。台紙のないラベルが完成するまでの1年半、そして1億円と4億円という大きな設備投資の決断など、一つひとつのエピソードから、地道な積み重ねが今のオンリーワンの技術につながっているのだと分かりました。九州大学とのコラボグッズも楽しみです。貴重なお話をありがとうございました。