インタビュー

就活はしたことがない―陸上、AI、人との出会いがつないだ「カロサポ」への道

就活はしたことがない―陸上、AI、人との出会いがつないだ「カロサポ」への道
PROFILE
株式会社Welsup CEO
中谷 浩崇

学生時代

テストで100点を逃すと悔しかった少年期

小学生のころは、野球少年でした。それと同じくらい力を入れていたのが遊戯王カードで、放っておくとずっとカードをいじっているような子どもだったんですよね。勉強については、頑張っていたというよりも、テストで100点を取れないことが単純に悔しかったので、自然と力を入れるようになったという感じです。

仲の良かった友人が進学塾に通っていたことが、私の転機になりました。小学5年生がすでに中学1年生の内容を先取りして、マイナスの計算まで知っているのを見て、素直に悔しくなったんです。それで自分も塾に通いたいと両親に伝えたところ、本格的な受験塾に入れてもらうことになり、小学5年生から2年間、中学受験に向けて勉強する日々が始まりました。

男子校で陸上に出会った6年間

進学したのは、神奈川県藤沢市にある中高一貫の男子校でした。鎌倉や江ノ島にも近く、実家からのアクセスもよかったことが大きな理由です。中学では野球を続け、学年で1位の成績もキープしていました。男子だけの環境だったこともあり、当時はクラスの男子全員がアニメ好きで、深夜アニメを見てから寝るというのが、ある意味みんなの共通の生活サイクルになっていたように思います。

高校に上がると、野球は硬式球になります。当たると痛いという、いたってシンプルな理由で野球部をやめ、陸上競技を始めました。距離は800mです。同じ部活に、中学から陸上をやっていて自分よりも明らかに足が早い同級生がいたので、短距離で勝負しても仕方ないなと感じたのが理由のひとつ。一方で5000mのような長距離は単純にきつそうで、800mくらいがちょうどよさそうだという、わりと素直な選び方でした。

成績については、学年1位を取り続けることに高校でも力を入れていました。通っていた高校には慶應義塾大学への指定校推薦の枠があり、その枠を確実に取りたいという思いがモチベーションになっていたからです。

慶應では陸上漬けの4年間

指定校推薦で進学したのは、慶應義塾大学の理工学部機械工学科でした。当時好きだったナイキ(Nike)のランニングシューズを見て、靴のデザインや設計に関わる仕事もおもしろそうだと感じていたことも、志望理由のひとつです。半分は本気、半分は出願書類のためという、ちょうどいいバランスの志望理由だったと思います。

大学に入ってからの4年間は、ほぼ陸上競技一色でした。授業はギリギリで単位を取れればいいというくらいの位置づけで、テストの成績で1位を目指すような競争心は、入学後しばらくして消えていきました。地元の狭いコミュニティーとは違い、全国から学力の高い学生が集まる環境に身を置いてみると、自分より頭のいい人がいくらでもいることに気づき、勉強の軸での競争からは早々に降りることにしたんです。

陸上の主な専門は800mでしたが、1500mでは大学記録を持っていました。2017年に出した3分45秒という記録が、2025年に後輩に更新されるまでの8年ほど保持されていたことになります。今の基準で見ると、決して目立つタイムではありません。日本全体でも大学生全体でも、競技レベルは年々上がっているからです。

社会人時代

大学を休学し陸上に挑んだ2年間

理工学部の学生は、8割ほどが大学院に進学するのが一般的でした。それでも陸上競技を本気でやりたい気持ちが強く、私は大学院ではなく休学という道を選びました。

ちょうどそのタイミングで、大学の先輩がナイキ(Nike)がサポートするランニングクラブを立ち上げ、そこに誘ってもらうことができました。所属する選手にオリンピック出場経験がある人もいるようなチームで、1年ほど一緒に練習をさせてもらいました。ただ、長い距離を走るときには女子選手にもどんどん追い抜かれるような環境で、自分が立っているのは大学生としての枠ではなく、トップレベルの大人の枠なのだと実感することになります。これ以上は競技として勝負できないと感じ、競技から距離をおく区切りをつけてました。

鍼灸院の受付から始まったご縁

また、休学中に大学の先輩の紹介で、腸内環境のデータを扱う企業のデータ分析を手伝う機会がありました。ナイキがサポートするランニングクラブを立ち上げた先輩です。機械学習に初めて触れたのがこのときで、今のチャットAIにつながるような技術の原型がちょうど話題になり始めていた時期と重なります。コンピューターに情報を入れるだけで予測ができてしまう仕組みに、純粋に夢中になりました。

同じころ、鍼灸院の受付としてアルバイトをしていたのですが、そこにトレイルランニングを楽しむ社長が、治療を受けに通っていました。お互い走ることが好きという共通点から会話が生まれ、食事に誘ってもらったことをきっかけに、AI関連の開発やコンサルティングを手がけるその企業のことを知りました。

陸上から距離を置いたタイミングで休学を終えたのですが、その当時の私はAI領域への興味が高まっていたこともあり、メッセンジャーで採用の可能性をたずねたところ、インターンとして受け入れてもらえることになりました。1年ほどインターンを続けたのち、新卒として正式に入社する流れになりましたが、いわゆる就職活動や面接といったプロセスは、一度も経験していません。

「今すぐ届くもの」をつくりたくて転職

入社後しばらくして、AIモデルを企業に納品する仕事の特性に、もどかしさを感じるようになりました。私たちがつくっていたものの多くは、5年後や10年後に実用化されるかもしれない技術の実証実験であり、すぐに現場で使われるとは限らなかったからです。

自分が手をかけたものを、すぐに目に見えるかたちで使ってもらいたい。そう考えたときに浮かんだのが、Webやアプリの開発でした。自社のサービスを運営する企業に転職し、1年あまりをかけて、公開した瞬間にユーザーに届くものづくりを経験することになります。

英語を話せたらかっこいいと思って留学

その後、オーストラリアへ1年ほど留学しました。現地の語学学校に通い、英語そのものを学ぶ時間です。きっかけは、英語を話せたらかっこいいなというくらいの、いたって単純な気持ちでした。

フリーランスを経て「自分のもの」をつくる決意

帰国後は、2年ほどフリーランスのソフトウェアエンジニアとして、企業から依頼を受けてプログラムを書く仕事をしていました。AIの開発もWebやアプリの開発も一通り経験し、技術的にはやりたいことを形にできる状態になっていたなかで、誰かから依頼されたものを形にする仕事を繰り返すことよりも、自分で考えて自分で設計したものをつくりたいという気持ちが強くなっていきました。

もうひとつの軸になったのが、陸上競技を続けてきた経験です。食事・睡眠・運動が人生にどう影響するかを、ずっと意識しながら生きてきたという自覚があり、この領域であれば自分なりの知識や視点を持って向き合えると感じました。エンジニアとしての軸と、アスリートとしての軸が重なったのが、健康をテーマにしたプロダクトだったというわけです。

こうして2025年12月、株式会社Welsupを立ち上げました。設立日がクリスマスになったのは完全な偶然で、書類の準備に手間取った結果、たまたまその日になっただけです。

カロサポが目指すもの

「ちゃんと食べる、ちゃんと寝る、ちゃんと動く」を、みんなに

長期的なビジョンとしてあるのは、シンプルに「日本中の人を健康にしたい」という思いです。私自身まだ31歳ですが、白髪が増えてきたり、若いころのようには疲れから回復しきれなかったりと、年齢による変化を感じる場面が増えてきました。そうした実感を通じて、よく言われる「健康な行為」と「健康ではない行為」の違いが、本当にそのとおりだったのだと、自分の体でわかるようになってきています。

健康のためによく語られるのは、加工されすぎていない食事をきちんと取ること、7時間から9時間ほどしっかり眠ること、そして運動を習慣にすることの3つです。とくに運動は、どんな薬よりも健康への影響が大きい要因だという研究結果もあるくらいで、人間がもともと動き回る前提でできている生き物であることを考えると、座りすぎている現代の生活そのものが、不自然なのかもしれません。

1億人を超える人がこの3つを実践できれば、社会全体の活力は大きく変わるはずです。ただ、私たちだけの力で国全体の生活習慣を変えることはできません。だからこそ、今できることとして、まずは食事の領域から「カロサポ」をつくっています。

撮るだけで気づきが生まれるアプリ

「カロサポ」は、食事を写真に撮るだけで、カロリーやPFC(たんぱく質・脂質・炭水化物)、食物繊維、塩分などを計算してくれるアプリです。

このアプリのいちばんの価値は、ダイエットのための数値管理だけではなく、自分が何を食べているかを記録してみることで生まれる「気づき」にあります。日本の食生活は、しょうゆやみそ、漬物など塩分を多く含む食品が多く、世界的にもナトリウムの摂取過多が課題視されているなかで、写真に撮ってみるだけで、自分の食生活の傾向に気づくきっかけになります。

私自身も毎日記録をつけていますが、もともと気をつけているつもりだった食生活にも、知らなかった発見がたくさんありました。記録を続けることで体つきにも変化があり、いまダイエット目的で使ってくれている人が多いものの、ダイエットをしていない人にとっても、自分の生活を見直すきっかけになるアプリを目指しています。

学生へのメッセージ

人との縁を大切にする

ここまでのキャリアを振り返ると、自分ひとりの力でつくり上げたものは、ほとんどないと感じています。陸上の先輩がいなければ、AIに出会うきっかけもなかったですし、鍼灸院での出会いがなければ新卒で入社した企業にも出会えていません。そう考えると、すべてが人との縁でつながっているんですよね。

だからこそ伝えたいのは、人との関わりにおいて、自分が得をしようという気持ちを前に出してしまうと、相手はすぐに気づいてしまうということです。利益目的で近づいてくる人なのか、自分のやりたいことに素直に向き合っている人なのかは、案外みんなわかるものだと思います。それぐらいなら、自分の興味ややりたいことに素直なまま、たまたま巡り合った人とのつながりを大切にしていくほうが、結果的にいい縁につながっていく気がしています。

やりたいことに、素直になってみる

私自身は就職活動をしたことがなく、いわゆる企業に入って昇進していくようなキャリアの積み方もしていません。それでも、なんとか生きてはいけています。もちろん、企業に入ってステップを踏んでいく道が向いている人もいると思いますし、それを否定するつもりはありません。一方で、私のようにそのときどきの巡り合わせでキャリアがつながっていくパターンもあるという話として、受け止めてもらえたらと思います。

学生のうちは、社会に出ることへの不安も大きいはずです。最初に選ぶ会社が、いわゆる大企業やかっちりした組織でなくても、案外なんとかなるものだと、無責任かもしれませんが感じています。やりたいことに挑戦してみて、思うようにいかないこともあるかもしれません。それでも、そのときの経験が5年後や10年後に思いがけないかたちでつながることもあります。挑戦しなかった道は誰にもわからないので、まずは素直に挑んでみることが、それ自体でいい選択になるはずです。

編集後記

今回の取材でいちばん印象に残ったのは「就活をしたことがない」という一言です。多くの学生が将来への不安から安定した道を選びがちななか、中谷さんは目の前の興味に素直に向き合い、人との縁を大切にしながら自分の道をつくってきたように感じました。陸上で培った「ちゃんと食べる、ちゃんと寝る、ちゃんと動く」という当事者目線が、そのまま「カロサポ」という形になっているのも素晴らしいと思います。将来に迷うことが多い身としても、まずは目の前のことに素直になってみようと思いました。