インタビュー

「やったものが一番強い」――父の他界から始まった経営人生。中国・アメリカ、そしてツバメの巣へ

「やったものが一番強い」――父の他界から始まった経営人生。中国・アメリカ、そしてツバメの巣へ
PROFILE
ATHENA株式会社 代表取締役
中西 政文

事業を始めざるを得なかった

受け身でスタートした事業

私はもともと、起業したくて事業を始めたわけではありません。私が大学2年生の時に父がガンで亡くなり、周囲を支えるためにやり始めたというのが、本当のところですね。「よし、起業するぞ」と前向きに始めたわけではなく、少ない選択肢の中で、状況に合わせて柔軟に対応せざるを得なかったというのが当時の状況でした。

もともと父は地元で手広く土木建築業を営んでいましたが、その事業は自分には向いていないと考え、家族と話し合い、その事業は譲渡し、完全に離れてしまいました。しかし、残された人たちのためにも、私はまったく別の事業を新たに立ち上げることになったんです。

不動産、そして世界へ

大学での学びを不動産事業へ

大学時代、将来のきっかけになったのが授業でしたね。受けていたゼミが不動産法で、特に民法を専門にしていました。そこで、父の残してくれた大切なつながりや、土木建築業の資材置き場などを生かしながら、不動産事業で何かお役に立てないかと考えたんです。

それで宅地建物取引士の免許を取得して、不動産事業に参入しました。今のようにSNSやインターネットがない時代です。情報は本当に限られています。特にお互いの情報共有が難しい地方では、本当に苦労しましたね。今のネットやAIの環境があれば、違った展開になっていたかもしれませんね。

中国からの撤退という決断

1995年から4年ほど、中国でも不動産ビジネスを展開しようと考え、上海などに足を運んで投資をしていた時期があります。ただ残念ながら、私のような弱小の中小企業が行っても、なかなか壁を突破できないという現実を感じました。そもそも国がでかすぎて、こちらの想像をこえている場合があります。そして、言葉の壁は大きいです。

法律もしょっちゅう変わりますし、目の前で契約書を破られた人や、会社を乗っ取られた人も見てきたんです。もちろん義理堅く、しっかりした方もいらっしゃいます。ただ、当時の自分の会社の規模と体制では対応しきれず、そこは撤退を決めましたね。

早すぎた挑戦から得た教訓

その後、1996年からインターネット事業に入り、アメリカの企業とジョイントベンチャーを立ち上げました。当時はまだISDN回線で、64kbpsほどしか通信速度が出ず、月額の固定費が20万円ほどかかる時代です。そんな時代に、もっと便利につながり合えるインターネット電話やFAXのサービスに取り組んでいました。

ところがアメリカのITバブルが崩壊し、その余波を受けて事業が縮小してしまいました。苦楽を共にしたエンジニアたちも離れていくことになり、本当に心苦しい思いで事業を停止したんです。

当時は自社でサーバーを構築し、世界中からハッキングを受けながら運用していました。ただ、お客様のニーズに寄り添うマーケットをうまく開拓できなかった。まだ早すぎたんですよね。もちろん自分の力不足もありますが。

マーケティングの重要性

その一方で、東京ではインターネット関連の会社が話題を集めていました。地方から発信してもなかなか共感を得ることは難しかったですし、ベンチャーキャピタルへ資金調達の相談をしても、担当者にインターネットそのものの説明から入らないといけない時代でしたね。

技術的には負けていないと思っていました。でも、そこで「良い技術だけでは届かない。問題解決を行う上で、相手の気持ちに寄り添うマーケティングをしなければいけない」ということも分かったんです。

あと2年ほど周囲と支え合いながら頑張っていれば、日本のインターネットブームに乗れていたかもしれません。終わってから振り返ると、早すぎても駄目なんだと分かりました。タイミングの重要性を身にしみて学んだ経験ですね。

ツバメの巣との出会い

インドネシアから日本市場へ

今の美容・健康食品事業につながったのは、とても不思議なご縁からでした。インドネシアの華僑グループの御曹司の方と親しくご縁ができて、現地から直接、高級食用ツバメの巣を仕入れられることになったんです。そこからの仕入れは、日本人として初めてのことです。

日本ではツバメの巣というと、軒下にある藁と泥でつくられた巣を想起すると思います。そして、食用ツバメの巣を見たことも、食べたこともない方が多いと思います。一方、中国や東南アジアでは1300年以上の昔から親しまれています。インドネシア側から日本の方々にも届けたいという相談を受けたのが、この事業の始まりでした。

4年半かけた商品開発

テレビや雑誌では、崖や洞窟の高いところにあるアナツバメの巣を採る様子が紹介されることがあります。ただ、そうしたツバメの巣は、市場全体では一部なんです。

洞窟で採れるものには、壁面から染み出す重金属など、衛生面で注意が必要なものもあります。現在は建物の中に、天然のツバメに寄り添い、安心して巣を作れる環境を整えて、衛生管理をしながら採取する方法が主流です。

日本には、食用アナツバメの巣をそのまま食べる習慣はほとんどありません。そこで、毎日の生活に優しく取り入れてもらえるよう、食べやすいスティックゼリーとしてお届けするために、研究・開発を進めました。これには、4年半ほどかかりましたね。

ツバメの巣には、シアル酸という特別な成分が含まれています。シアル酸は母乳にも含まれています。よく、母乳で育った子供は頭が聡明で健康的と言われますね。ツバメの巣には、シアル酸が母乳の400倍含まれています。それに加えて、シワや乾燥肌などの悩みに関わるヒアルロン酸の基になる成分も含まれています。

私がやりたいのは、単に健康食品を売ってお金を稼ぐことではありません。本当に困っている方に寄り添い、その方の悩みを解決する。その事業を通じて社会の皆さんのお役に立ちたいと思っています。

これからのビジョン

財団への恩返し

これまで周囲に支えられ、学ばせていただいたご恩を、今後しっかり返していきたいという思いがあります。私自身、中村天風先生の哲学や考え方に大変お世話になってきました。直弟子の方々にも温かくご指導いただいています。

事業や投資で収益が上がった際には、中村天風財団の運営基盤が将来100年以上にわたって安定し、多くの人を支え続けられるように、寄付という形で運営に貢献していきたいと考えていますね。

学生へのメッセージ

人には得意・不得意がある

一歩を踏み出せない学生や若い人たちに伝えたいのは、人にはそれぞれ得意・不得意があり、それぞれの役割があるということです。

私自身、DNA検査を受けたときに、日本人には珍しい14%の大陸型だと分かりました。さらに、その中でもとても珍しいタイプらしく、驚いたことがあります。それを聞いて、海外に出ていくことが自分の得意分野だったのかもしれないと、後になって思ったんです。

ですから、誰にでも無理にチャレンジを勧めたいわけではありません。人との調和を大切にしながら、一歩ずつ進むのが得意な人もいるでしょう。

ただ、本当にチャレンジしたいのであれば、私は海外に行ってみることをおすすめします。旅行でもいいんです。現地の人たちと話し、その土地の文化に直に触れてみる。それだけでも自分の価値観は広がっていきますね。

コンフォートゾーンを抜けることの重要性

一番良くないのは、内々だけで固まってしまうことです。同じ考え方の人たちだけで集まっていると、それがコンフォートゾーンになって抜け出せなくなります。そのままではお互いの成長や発展もありません。

若いうちに海外へ行き、現地の人と心を通わせてみる。それが自分を成長させるうえでは、一番自然で早い方法だと思います。

結局、動いた者が強い

私自身、最初から英語が話せたわけではありません。それでも独学でやっていくしかありませんでした。とにかく話しているうちに、自分が使いやすいフレーズを覚えていく。そのフレーズを使えば、ある程度コミュニケーションは取れるようになり、心がつながります。

韓国に行ったときには、あえて現地の大学へ足を運び、そこで知り合った人たちと温かく交流しました。台湾では、高雄から台中、台北まで一人で回りながら、たくさんの人に助けられました。

今のようにインターネットがない時代ですから、すべて自分で調べて動くしかありませんでした。でも、そういう経験が思考力や勘を鍛えることにもつながったと思っています。

ネットの情報ばかりで、頭でっかちになっていても仕方がありません。若い方も、まず勇気を出して行動してみれば、今まで見えなかった違う世界が見えてくると思います。行動して、うまく行かなかった時は、失敗ではなく、そのやり方が間違っていた。他の方法を見つける伸びしろがあった。そう思うと次の行動に移れますね。

結局、やるしかないんですよね。「やったものが一番強い」のです。これまでの経験から、私はそう思っています。

編集後記

中西さんのお話を伺って、情報が限られていた時代に、自ら調べて人に会い、道を切り拓いてこられた行動力が強く印象に残りました。

不動産やアメリカでのインターネット事業、現在のツバメの巣事業に至るまで、さまざまな経験を重ねてこられています。その根底にあったのは、分からないことがあっても、自ら動いて答えを探す姿勢なのだと感じました。

私自身も「やったものが一番強い」という言葉を胸に、まず一歩を踏み出していきたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。