インタビュー

「違うを越えて、つながる」— ボーダレスハウス代表・李成一が18年かけてつくってきたもの

「違うを越えて、つながる」— ボーダレスハウス代表・李成一が18年かけてつくってきたもの
PROFILE
ボーダレスハウス株式会社 代表取締役
李 成一

商社で学んだ基礎と、消えなかった原体験

大阪生まれの在日コリアンとして

私は李成一(り・せいいち)といいます。大阪生まれの在日コリアンで、いつか自分と同じように外国にルーツを持つ人たちに向けて、なにか貢献できる事業をやりたいとずっと思っていました。大学卒業後はミスミグループ本社に入社し、ビジネスの基礎を学びながら、自分のルーツである韓国での事業展開など、さまざまな可能性を模索していました。

同期が立ち上げた会社にジョインした

創業のきっかけは、新卒で入った会社の同期にありました。彼が退職してボーダレス・ジャパンを立ち上げ、その中で現在のボーダレスハウス事業が生まれました。現在は私が代表取締役として預かっています。

正直なところ、私自身に「独立したい」「社長になりたい」という思いはあまりありませんでした。20代はほぼ商社で過ごし、そのまま管理職になっていく選択肢もあったと思います。それでも、外国や外国ルーツに関係なく自己実現できるような社会をつくりたいという情熱に素直になってチャレンジしようと思ったとき、彼らが立ち上げたベンチャーに飛び込んで、その中で自分の事業を持っていくのが一番の近道だと感じました。最初は正社員として入社し、会社がグループ経営へと多角化していく中で、私が一番大きな柱の事業の代表を任せてもらう流れになっています。

不動産の壁から生まれたシェアハウス

ボーダレスハウスは、社会貢献をテーマにした事業をやろうというところから始まっています。当時はまだ「ソーシャルビジネス」という言葉も一般的ではなかった、20年以上前の話です。最初に不動産の仲介事業を始めたとき、外国人のお客さまが留学生だからという理由だけで「家は貸さない」と断られる問題にたくさん直面しました。であれば、自社で建物を借りて、そういう人たちに貸せないかと考えたのが発想の出発点です。

一方で、日本語を学びに来ている留学生や、留学はできないけれど外国人と交流したいという日本の方のニーズもありました。であれば一緒に暮らしてもらって異文化理解を育んでもらうのはどうかと考え、国際交流をコンセプトにしたシェアハウスを2008年に始めています。

「誰と住むか」を大切にしたコミュニティづくり

交流したい人だけが集まる仕組み

今大きく展開している事業は2つあります。1つは多国籍コミュニティをテーマにした国際交流シェアハウス「BORDERLESS HOUSE(ボーダレスハウス)」です。外国の方と日本の方が交流することを目的に住んでいただくコミュニティハウスで、日本・韓国・台湾で80棟ほど運営しています。

外国人でも入居できるシェアハウスは昨今増えていますが、シェアハウスは「誰とどう住むか」がとても大切だと思っています。入居審査の段階で、ただ物件に住めればいいというよりも「日本の方や外国の方と交流したい」という意欲があるかを一番大切な基準として確認しているんです。そうすることで、交流に対するモチベーションの高い人たちが集うコミュニティになっているのが、強みのひとつだと思っています。

シェアハウスというと不動産業のように聞こえるかもしれませんが、私たちの運営は不動産業というより、コミュニティをつくり、促進していく役割がメインです。ハウス内で交流が活発になる機会を用意したり、ハウスを超えた交流が生まれるイベントやプログラムを開発したりすることで、意欲的な人たちが自然と集まってくる仕組みをつくっています。今は従業員30人ほどで80棟を運営しており、入居前の問い合わせ対応などはAIが担える部分も増えており、少人数体制を維持しつつ、堅実に物件を増やしていく戦略をとっています。

 

泊まらないホームステイ「ホームビジット」

住みながらの交流は、裏を返せば住まないと体験できないものでもあります。そこで、泊まらないホームステイとして「BORDERLESS VISIT(ボーダレスビジット)」という事業も展開しています。旅行で日本に来た外国人の方と一般家庭をマッチングして、家で一緒にご飯を食べる時間を提供する事業です。

外国人の方にとっては、せっかく日本に来たのだからもっと日本人と深く交流したいというニーズが一番大きく、日本の方にとっては、英語を含めた外国語や外国人の友達がほしいというニーズが強くあります。コロナ禍と、韓国という「文化のない」市場への挑戦

韓国にはシェアハウスの文化自体がなかった

事業を進める中で大変だったことは2つあります。1つは韓国での展開です。2010年頃に韓国で始めたのですが、そもそも「どこかの企業が物件を借りて、不特定多数の人に又貸しする」という文化自体が韓国にはありませんでした。不動産オーナーとの信頼関係づくりにはさまざまなハードルがありましたが、日本でしっかりと実績を出していたことが信頼につながったと感じています。不動産の商習慣は国によってかなり違うので、そこは大きなギャップでした。

コロナ禍で120棟から80棟へ

もう1つはコロナ禍です。外国人の方が海外から来られなくなり、絶対的な需要がストップしたのは非常に大きな出来事でした。一緒に暮らすことそのものがリスクとみなされてしまう時期もあり、需要が一気に落ち込みました。コロナ前は120棟ほど運営していましたが、そこから適切に事業を縮小し、需要が戻ってくるタイミングを待つという判断をしています。大きくコンセプトを変えずに続けてきたことで、今は外国の方の需要も戻り、稼働率も高い状態を維持できていると感じています。

分断が広がる社会だからこそ、必要とされる仕組みを

「ちがう」を越えて人と社会をつなぐ

会社としては「“ちがう”を越えて人と社会をつなぐ」というビジョンを掲げ、多文化共生を実践することを大切にしています。昨今の外国人政策を巡っては、ヘイトや分断が生まれてしまう難しい社会になってきているとも感じています。だからこそ、家を借りられないという課題や、インバウンドで来日する外国人の方への不信感が高まっていくような社会において、私たちにできることや地域とのつながりをつくる仕組みが必要だと思っています。既存事業の拡大と同時に、地域の人たちと関わりながら育めるサービスやプログラムも、これからどんどん展開していきたいと考えています。

具体的には、外国の方が「にほんごカフェ」などを通じて日本語をしっかり学び、日本社会と共生していく部分がまだ手薄だと感じています。私たちにできることを今、模索しながら次の事業のチャレンジを進めているところです。

遊休不動産へのリーチと、外国人就職支援という課題

課題として残っているのは大きく2つあります。1つは住まいの部分です。シェアハウスは不動産が土台になる事業なので、ゼロから建物をつくるわけではなく、使わなくなった企業や病院の寮、空き家といった遊休不動産を活用して住まいの選択肢を増やしたいと考えています。ただ、そういった物件へのリーチが簡単ではなく、不動産業界特有の難しさを感じています。

もう1つは、入居者の方向けの就職支援です。日本でビザを取得して働き続けたいと思っている入居者の方がいる一方で、帰国してしまうケースも少なくありません。外国人の採用は積極的かつ一般的になってきているものの、企業側にとってはまだハードルが高いのが実情です。外国人の受け入れをこれから進めたい企業とつながり、入居者の方が日本で定着していけるようなサポートもしていきたいと思っています。

学生へ ― アイデアより、まず動くこと

キャリアという意味では、社会に出て「実践する」「行動する」ことが何より大事だと思っています。最近は大学生も高校生も、社会課題やSDGsについてよく話を聞いていて、いろいろな取り組みのアイデアも出てきます。ただ、AIに聞けば数秒でアイデアもビジネスプランも提示してくれる時代になっているので、正解を探すこと自体の意味は薄くなってきているのではないかとも感じています。

大事なのは、そうしたアイデアや企画を愚直に実践していくことです。考えてアイデアを練っているだけでは、人と人の差はなかなか生まれません。とにかく動いて、つくっていくことで、社会が開かれたり、自分自身の糧や経験になっていくのだと思います。自分のキャリアの正解をAIと対話しながら探すのではなく、ヒントをもらったらまず動いてみて、それを検証していく。そうした行動を取っていくことが、これからますます必要になってくるのではないでしょうか。

編集後記

今回お話をうかがって、印象に残ったのは「シェアハウスは不動産業ではなく、コミュニティをつくる仕事」という言葉です。私自身も国際交流シェアハウスに住んだ経験がありますが、住むだけでは交流は生まれないという実感があったので、入居審査の段階から意欲を確認する仕組みに、なるほどと思いました。AIの時代だからこそアイデアより実践が大事、というメッセージも、これから社会に出ていく身として胸に留めておきたいと感じました。貴重なお話をありがとうございました。