インタビュー

ホームページ制作から始まった会社が、介護の見守りセンサーにたどり着くまで

ホームページ制作から始まった会社が、介護の見守りセンサーにたどり着くまで
PROFILE
COMZOW株式会社 代表取締役
新保 隆義

部活も勉強もそこそこ、でも本気は出し切っていなかった

種目はとにかく全部出た

小中高とだいたい一緒で、恥をかかない程度にはできていたという自覚はあります。小学生のころは部活というより、陸上関係の試合やミニバスケット、相撲まで、市でやっているスポーツ系のイベントにはほとんど顔を出していました。変に運動神経がよかったために、色々出さされました。

70点を取るとしょげていた

勉強もそこそこできるほうではあったんですけど、すごくできる生徒ではなくて、基本的には8割、9割方の点数をずっとキープしていました。逆に70点くらいになると結構しょげていたので、それ以下だともう最悪の気分で過ごしていたと思います。とはいえ基本的にはほぼ遊んでいましたね。唯一、英語だけは苦手意識がずっとあって、そこは大学受験のときにかなり苦労することになります。

バンド活動から大学1年でプロデビュー

高校時代からバンド活動を始めて、大学1年生のときには一応プロデビューをしています。大学時代はサークルとプロバンドとアルバイト、その合間にテストだけ必死に頑張るという生活でした。

IT会社での25年が、起業への意識を変えた

社長の仕事が見えてきたことが独立のきっかけ

新卒で入ったIT会社は、バーコードの開発に関わる少し特殊な領域の会社でした。大企業でしたので、社長との距離が遠く、雲の上の存在であり、関わることはない状況でしたが、10年で退職し、ベンチャー会社2社経験しました。社長との距離が近い環境だったので、社長がやっていることが自然と見えてくるんですよね。そのなかで、ITベンチャーはいつ解雇になるかもわからないし、それなら自分でもできるのではないかという思いが芽生えてきました。もう少しちゃんとした会社を私でつくろう、というのが一番最初のきっかけです。この考えが固まったのは1社目ではなく、転職して2社目にいたころでした。もともとは起業なんてまったく考えていなかったんですけどね。

バーコード事業は個人でやるにはリスクが高すぎた

IT業界で独立はしたのですが、もともとやっていたバーコード関連や基幹システムの分野は、社会インフラに絡んでくる重要な仕組みだったので、一人や二人の弱小会社で対応できるレベルを超えていました。リスクが高すぎたんです。そこで最初はホームページ制作会社として立ち上げることにしました。

Web制作会社として歩んだ日々

大手の4分の1の金額でECサイトを受けた

当時はまだホームページ制作の相場も高くて、いまから15年ほど前、あるアパレルブランドのECサイトを制作させていただいたことがあります。同じころ、大手広告代理店が同規模のECサイトを制作すると、うちの4倍ほどの金額がかかるという話も聞いていました。感覚としてはかなり差があったと思います。基幹システムと連動しないシンプルなサイト制作から立ち上げて、ユーザーも少しずつ増えていきました。

デザインをめぐるすれ違いが多かった

しかし、ホームページ制作という商売自体、だんだん厳しさを感じるようになりました。とくにデザインが絡むと揉めることが多かったんです。デザインが気に入るか気に入らないかと、値段との兼ね合いはすごく難しくて、たとえるならカローラの金額しかもらっていないのに、求められる仕上がりはフェラーリだったりする。そういう状況が続いて、いずれお客様のニーズに応えるには無料に近いプランが必要になっていくだろうと感じるようになりました。

祖父の介護経験が、事業の方向を大きく変えた

高齢化と子育ての両方に効く事業にしたかった

私たちの世代が後期高齢者になったとき、高齢化によって働き手がいない状況になるのは間違いありません。年金制度と同じように、支えきれない状況になっていくはずです。それに加えて、高齢化が進むと介護の負担が家族にまで及んで、そこから子育てにお金や時間を回すことも難しくなっていきます。この2つの課題に、うちの会社で貢献できないかと考えたのが、介護分野に踏み出した一番の理由です。社会貢献性がもっとも高い分野だと感じたことが最初にあって、そのあとにビジネスとして成長できる分野になるだろうという判断がありました。

ビジネスコンテストで県知事賞を受賞

介護施設向けのサービスの裏側では、保育の分野も見据えていました。ビジネスコンテストに出て県知事賞をいただいたこともあって、これなら十分に需要があるだろうと確信し、研究開発を本格的に進めていきました。もちろん会社として食べていく必要もあるので、ホームページ制作やシステム設計の仕事も並行して続けながら、IT導入補助金をうまく組み合わせることで、お客様の負担を抑えつつ事業を伸ばしていきました。ただ、10年経ったいまも、正直まだ完成品ではありません。

ウェアラブルの失敗から、カメラなしのセンサーへ

洗濯機に消えたウェアラブル端末

最初は見守りにウェアラブル機器を使っていたんです。しかし、スタッフが背中に着け忘れたり、シャツごと洗濯機に入れてしまったりと、運用がとにかく難しかった。当時一緒にやっていたメンバーは6名いたのですが、ウェアラブルを続けるかどうかで意見が割れて、3名ずつに分かれることになりました。私はウェアラブルを完全に否定する立場だったので、その考えのもとでCOMZOW株式会社を立ち上げています。

コロナ禍、売上ゼロからの再スタート

立ち上げのタイミングはちょうどコロナ禍で、売上がまったくない状況でした。それでもやると決めて、根性で全部を新しい会社に移し、カメラもウェアラブルも使わない仕組みをつくろうと決意しました。カメラを使うと、どうしてもプライバシーの侵害につながってしまいます。街中の防犯用途ならまだしも、自分の部屋の中までカメラで見られていたら、誰でも嫌だと思うんです。

千葉大学と検討した、プライバシーを守る技術

この課題は千葉大学とも相談しながら検討を重ねてきました。学問的には解決の道筋があるはずだと言われて、いろいろ試行錯誤した結果、いまはベッド周りだけでなく、トイレやお風呂など施設内を移動したときにも、AIによる人物認証まで行える技術にたどり着いています。これはうちが特許を持っている技術で、バイタルの数値や胎動といったデータをAIで解析することで、カメラを使わずに「誰が」「どこで」倒れているかを判別できます。トイレで倒れているとか、お風呂の中でヒートショックにより心拍が落ちてしまったとか、そうした異変にすぐ駆けつけられるセンサーを開発しているところです。

起業して初めてわかった、いくつもの壁

大企業は思っている以上に守られている

創業して大変だったことはいろいろあります。私は一度大企業に所属していたので分かるのですが、大企業には気づかないところでたくさんの守りがあるんですよね。世の中には、本人を騙すつもりがなくても結果的に「おいしい話」で終わらない取引先がたくさんいます。会社員のうちは気づきにくいのですが、自分で経営するとなると、その判断をすべて自分の責任でやらなければいけません。経理も法務も、裁判になったときの対応も、全部自分でやる必要が出てきます。会社員のときは会社のお金を使うにも厳密なルールがありますが、独立すると、そのお金の仕組みや税の仕組みも自分の身銭を通して初めて理解できるようになりました。

銀行融資という高い壁

銀行関係の厳しさも独立して痛感したことのひとつです。大企業と自分の小さな会社と、どちらにお金を貸すかと言われたら、答えは決まっています。どんなに良い仕事をしていても、金融機関の評価はそれくらい厳しいものです。これは日本のベンチャーが育ちにくい理由のひとつだとも思っていて、アメリカでは短期間でトヨタを超えるような企業が生まれますが、日本ではなかなか出てきません。これは金融機関がリスクを取らない構造が大きいと感じています。企業の成長性を評価できる人材が金融機関の中で育っていないというのも、バブル崩壊後の「失われた30年」につながる要因のひとつだと思っています。

失敗した起業家に冷たい日本の仕組み

日本では、一度事業に失敗して信用情報が傷つくと、その後の起業が非常に厳しくなります。アメリカでは、一度失敗した人はその分の経験を積んでいると評価され、むしろ再チャレンジしやすい傾向がありますが、日本は逆で、創業支援は創業したての人にこそ手厚い一方、再挑戦する人への支援は薄いのが実情です。だからこそ、事業計画はお金を借りるためのものではなく、事業を成功させるための計画として立てるべきだと考えています。銀行から借りるために甘い計画や上振れした計画を立ててしまうと、たいてい実態と合わなくなって、結局うまく機能しません。借りることが目的化したコンサルティングも世の中には多いので、そこはしっかり自分で見極める必要があると思っています。

これから描いているビジョン

10年越しの特許技術をいよいよリリース

いま取り組んでいる介護施設向けのセンサーは、年内、遅くとも来年頭にはリリースする計画で動いています。特許を取得している技術で、他社がすぐに真似できる内容ではないので、行政との連携を含めてプロモーションをしっかりしていきたいと考えています。

過疎地の見守りと子育て支援を重点的に

とくに過疎地は重要度が高いと考えていて、行政とタイアップしながら、見守りと子育て支援を重点的に進めていきたいです。あくまで目標ですが、5年後から10年後くらいの間には上場も視野に入れたいと思っています。

編集後記

新保さんのお話はかなり刺さるものがありました。とくに「事業計画はお金を借りるためではなく、成功させるための計画」という言葉は、就職活動やこれからのキャリアを考えるうえでも心に留めておきたいと感じました。学生時代の勉強がすぐには役に立たなくても、いずれ社会に出てから思わぬかたちでつながってくるというお話も、いまの自分にとって励みになりました。