学生時代 ── 新幹線デザインへの憧れ
新幹線のデザインをしたくて日立へ
私はもともと、車両のデザインをやりたかったんですよね。学生の頃からデザインをやっていて、新幹線などのデザインに携わりたいという思いがありました。株式会社日立製作所は車両を作っている会社だったので、入社を決めました。結局、車両のデザインをやる機会はないまま終わってしまったんですが、それが日立製作所に入った理由です。
学生実習で「未来の端末」を提案した
日立製作所に入ったのは、学生実習がきっかけでした。学生を集めて、テーマに沿って5日間でアイデアを提案するというもので、学生実習と称しながら実質は就職試験だったんですよね。当時、私はプロダクトデザイン・工業デザインを専攻していて、そこに参加しました。
私がアイデアを提案したのは、今から33年ほど前のことです。当時はまだパソコンも普及していない時代でしたが、これから小さな端末を1人1台持つようになる、というアイデアを提案しました。それはテレビなどのメディアと連動して端末上でスケジュールが読めるようになったり、端末にカメラがついていて写真を撮れたり、というものです。当時はピンホールカメラなんて想像もできなかったので、少し大きめのカメラを想定していたんですが、後にスマートフォンが登場したときはさすがに驚きました。そうした「先読み」が評価されて、その場で採用が決まりました。大学3年生のときには、もう就職が決まっていたんですよね。
会社員時代 ── デザインから宣伝、そしてCXへ
宣伝部で味わった衝撃的な忙しさ
日立製作所に入ってからは、ずっとデザインをやっていました。工業デザインをやりながら、一時期は本社の宣伝部に異動して、テレビCMも作っていたんです。今のような36協定や「ホワイト」という言葉はない時代だったので、夜中に徹夜をすることも多く、朝方に帰ってくることもありましたが、非常に面白い仕事でした。
2年でデザインに戻ってこいと言われたんですが、1年目でひととおりのルーティンを体験でき、2年目でようやく自分がやりたいことができるようになったため、3年目で本当にやりたいことが実現できると無理を言って、本社の宣伝部での仕事を3年延ばしてもらいました。そこから戻ってデザインをやる傍ら、グループ会社に宣伝部を作るという話にもなり、そちらを兼務することになったので、宣伝は8年、デザインは26年やっていたことになりますね。
ブランディングとUX・CXへの挑戦
その後、宣伝部との兼務が終わってからは、日立のブランディングにデザインという面で携わっていました。30代、40代の頃から、いつかは会社を辞めようかなとずっと思っていたんですよね。日立製作所自体はとてもいい会社だったので、会社が嫌で辞めたいというわけではなく、「このままでいいんだろうか」という思いがずっとあったんです。
その後、上司に誘われてグループ会社の株式会社日立システムズに移りました。そこではUX(ユーザーエクスペリエンス)やCX(カスタマーエクスペリエンス)の高度化を担当することになり、社内交渉をしながら、広告宣伝の部署を見ていました。ブランディングも広告宣伝も経験し、ご縁もあったので、そろそろ会社を辞めようと、早期退職を決めたんです。
独立、そしてむすびばの設立
「辞めるつもりで働く」という考え方
若い人にはよく「会社に入ったら、5年後10年後に辞めるつもりで働きなさい」と伝えています。焦って来年辞めようと思うと、何も学べません。一方で、今の会社で頑張りながら5年後10年後に辞めるつもりで学んでいれば、その会社でも生きるスキルが身につきますし、いざ辞めたときにも生きるスキルが手に入ります。だから私は、いくつになってもリスキリングを続けて、学ぶことをやめないでほしいと、ずっと言い続けているんです。
むすびばという名前に込めた思い
「株式会社むすびば」という社名は、よく由来を聞かれます。「むすび」というのは、もともとは奈良時代に「結日(むすひ)」と呼ばれていたものが訛って「結び」になったと言われているんですよね。「何かを生み出す」「結びつける」という意味があって、いろいろな情報を結びつけ、結合させるという意味にもつながります。「むすびば」は、何かを生み出す場、という思いを込めて名づけました。
AI時代に必要な人のスキル
AIが苦手なもの、それは「図解」
現在は研修や、資料作成代行サービスとしてドキュメントデザインを提案しています。今、AIが資料を作ってくれる時代になりましたが、AIはそれっぽい資料を作ってくれるだけで、ちゃんとプロットを与えてあげないと正しい資料にはならないんですよね。同じテーマでも指示の仕方によって、何種類も違う結果が出てきてしまいます。それを見極めるのは、まだまだ人間の役割だと感じています。
もうひとつAIが苦手なのが図解です。たとえば、あるサービス全体の仕組みを図解してほしいと指示すると、一見それっぽいものはできるんですが、矢印の向きなど、細かいところで図解として成立していないことが多いんですよね。あと数年経てば解決してくるのかもしれませんが、今はまだ難しいと感じています。
PREP法で情報を整理する
プレゼンテーションをするときには「PREP(プレップ)法」というものがあります。サマリー、ディテール、サマリーの順で話す、あるいはポイント、リーズン、例、ポイントという順番で構成する、といったフォーマットです。日本語で言えば、背景・課題があって、それに対する施策があって、詳細がある、という手順ですね。AIにそうした指示をせずに「この提案書をまとめて」と伝えると、適当にまとめられてしまい、支離滅裂でわかりにくいものになりがちです。そうしたスキルを、人が持っていないといけないと思っています。
AIが発達すると9割方の仕事がなくなると言われていますし、ホワイトカラーの仕事は絶対になくなると私も思っています。そうなったときに必要になるのは、AIをうまく使いこなせる人間ですし、そのベースとなる部分は、人間自身のスキルがないと生き残れないと感じているところです。
アイデアを生み出す力
頭の柔らかさより「情報量」
「私は頭が硬いので発想力が低いんです」という人がよくいますが、それは違うと思っています。頭が柔らかい・硬いということではなく、いちばんのポイントは情報量なんですよね。アイデアというのは、何かと何かを組み合わせて生まれるものですが、その組み合わせる元ネタが情報です。街を歩いていて「あの人はなぜあんなことをしているんだろう」「ここはなぜこうなっているんだろう」という疑問が頭の中にインプットされていれば、それを引っ張り出して組み合わせることで、まったく違うものが生まれてきます。
講義のときによく使う例え話があります。1枚の布をイメージしてください。テーブルに置いた布の真ん中をピューッと引っ張り上げると、真ん中が持ち上がりますよね。この布が、頭の中に入っている情報量だとすると、ハンカチ程度の大きさではあまり持ち上がりません。ですが、遊びでも勉強でも何でもいいので、普段からいろいろなものを吸収していて、シーツくらいの大きさの布が頭の中にあれば、どんどん持ち上がっていくんです。だから、普段からこの「布」を広げてください、とアイデア研修では伝えています。
世の中を観察する習慣
私が知っているアイデアマンと呼ばれる人たちは、とにかくいろいろなことをしています。宣伝部にいた頃、電通さんや博報堂さんといった大手広告代理店のクリエイティブと話す機会があったんですが、彼らはくだらないことから真面目なことまで、とにかく貪欲に情報を吸収しているんですよね。たとえばメイドカフェが出始めた頃、実際に行ってみて「こんな感じでしたよ」と教えてくれる、というくらい情報に飢えていました。
学生さんの採用にも関わってきましたが、昔の学生さんに比べると貪欲さが足りず、きれいにまとめようとしてしまって、面白いアイデアが出てこないと感じることがあります。だから若い人には「スマホばかり見ないで、世の中を観察してください」とよく伝えています。街をながらスマホで動画を見ながら歩くのはもったいなくて、それをやめて街を観察しながら歩くだけでも、いろいろな発見があるんですよね。そこからアイデアが生まれてきます。
社会貢献への思い
一冊の本との出会い
私はあまり金儲けのために動きたいとは思っていなくて、社会貢献という意味で、去年から発達障害の子どもの支援施設の運営も始めました。
きっかけは10年ほど前に読んだ、自閉症の当事者である東田直樹さんが書いた『自閉症の僕が跳びはねる理由』という本です。電車などで声を出しながら跳びはねる自閉症の人を見て、知らないと怖いと感じてしまうこともあると思うんですが、その本を読んで衝撃を受けたのは、彼ら自身もそうなってしまうことを恥ずかしいと感じているけれど、体が止められない、ということが本人の言葉で書かれていたことでした。その後、本人を取材した番組を見る機会もあって、お母さんと編集者が言葉を拾いながら文章にしていく様子がとてもリアルで、感動したんですよね。そのときから、将来的にはこういう子どもたちの支援をしたいと思うようになりました。
若者へのメッセージ
とにかく学び、世の中を見てほしい
学生の皆さんに伝えたいのは、とにかく学んでください、世の中を見てください、ということです。世の中を見ることで、新しい発想が生まれますし、自分の武器にもなっていきます。
学生のうちに「これがやりたい」というものは、なかなか見つからないと思うんですよね。大半の人は、やりたいことがそのまま仕事になるわけではありません。ですが、学ぶことでいろいろな世の中の動きを知っていれば、そのうち自分がやりたいことが見つかるかもしれません。それは30歳かもしれませんし、40歳かもしれません。長い目で見たときに、5年後10年後に辞めるつもりで学んでおけば、やりたいことが見つかったタイミングで、そのスキルを活かせるはずです。思い悩んでダラダラ過ごすよりも、将来の肥やしになるものを今見つけておく、それでいいのではないかと思っています。
自分自身は、金儲けにそれほど貪欲になっているわけではなく、生きていければいいと思っているんですが、一つ欲を言うなら、直接でなくてもいいので、他人から「ありがとう」と言われるような存在でありたいと思っています。
むすびばが目指すもの
人が明日から変わる研修を
むすびばでは、何かを生み出すという意味で日々取り組んでいます。研修では、ただ伝えるだけの研修は好きではなくて、参加した人が明日から気持ちを変えられることを目的に内容を組んでいます。デザインについても、言われたことをただ形にするのではなく、お客さまのためにどうあるべきか、どう動いたほうがいいのかを、こちらから提案していくようにしています。
UXやCXという言葉も教えていますが、実はあまり好きではないんですよね。世の中でそうした言葉を教えている会社や人たちは、私から見ると金儲けにしか見えないことが多くて、アカデミックにもっともらしい横文字を並べながら教えるので、聞いた人はなんだかすごいと感動して帰るんですが、結局使えない、どうしていいかわからない、ということが起きがちです。UXやCXは一言で言えば、お客さまのために、お客さまのことを思って動きましょう、ということだけなんですよね。研修で1日かけて学ぶ必要はなくて、相手の立場を考えましょう、というシンプルなことだと思っています。
編集後記
株式会社むすびば代表・村井さんのお話を伺って、「情報量がアイデアの源になる」という考え方がとても印象に残りました。頭の柔らかさではなく、日々どれだけ世の中を観察し、吸収してきたかがアイデアの土台になるというお話は、就職活動や将来の選択に悩むことが多い私たち学生にも、すぐに実践できるヒントだと感じました。スマートフォンを見る時間を少し減らして、街を観察してみることから始めたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。