キャリアの原点
土木とAIの意外な接点
大学は東京都市大学の土木工学科を出ています。土木工学専攻でありながら、在学中からニューラルネットワークの研究に触れていました。当時はまだ生成AIや大規模言語モデル(LLM)のような技術はありませんでしたが、その先駆けとなる研究論文はすでに存在していて、1990年代後半からそういう世界がもうそこにあったんですよね。
縦社会への違和感
大学卒業後は、東証一部上場のゼネコン(総合建設会社)に就職しました。ただ、入ってすぐに感じたのは「どれだけ頑張っても、評価されるのは経験年数」という壁でした。所長がいて先輩が何人かいて、という縦社会の構造の中では、自分でいくら努力しても先輩を追い抜くことはできない。そこに正直、つまんないなという気持ちがありました。
3 年はやらないとという気持ちで踏みとどまりながら、現場で毎日のように日経新聞を眺めていたんです。紙面を開くと「IT」という文字がずっと目に入ってきて、この産業が成長していくというのをひしひしと感じていました。
IT 専門学校への転身
3 年ちょっとでゼネコンを退職し、IT 系企業に入るために専門学校に入り直しました。ゼネコンとは全然違う世界への転身でしたけど、実力をつければつけるほど認められる業界だというのが入る前からなんとなくわかっていて、その直感は入ってからも裏切られなかったです。
「死ぬほど頑張った」1 年半
素人からインフラ責任者へ
IT企業に入ってから、とにかく職場に住んでいるぐらいのペースで働きました。職場の近くに引っ越して、仕事が終わったら帰って勉強して、起きたらまた職場へ行って、という生活をずっと続けていたんです。
そうやってド素人から 1 年半ほどやったら、大手クレジットカード会社のインターネットシステム・インフラ全般の責任者になれました。そこで部長に「中島だったらできるんじゃないか」と言ってもらって、そのポジションを任せてもらったんです。
やらされる仕事から、やる仕事へ
指示を受けて動く側から、指示する側になったとき、仕事に対する感覚がまるで変わりました。自分で考えたことが具現化されていく経験というのは、やらされているときとは全然異なります。やりがいとか、ある種の楽しさみたいなものになってくるんですよね。お客さんに必要とされる、人から頼られるというのも大きかったです。
最初に一気に勉強したことで成果が出て、それがまたもっとやろうという気持ちにつながって、という連鎖があったのかなと思っています。
成長の「二次曲線」を信じること
点が線になる瞬間
人間の成長って、二次曲線的なんですよね。最初はなかなか成長が見えなくて、諦めたくなるタイミングがある。でも、一つひとつ学んでいたことが点として積み重なって、それが線につながり始めたとき、急に「できるようになった」という実感がわいてくる。スポーツでもゲームでも同じで、一定の時間を超えると、あれ、自分ってできるようになってきたなという瞬間が来るんです。
だからこそ、その二次曲線が上がってくる前に情報に振り回されて諦めてしまうのは、もったいないと思っています。今の時代は SNS 含めて情報量が多くて、もっといいものがあるんじゃないかという気持ちになりやすい。でも人間の本質はそんなに簡単に変わらなくて、AI がどれだけ進化しても、自分の脳みそが本当に理解して動けるようになるまでには、一定の時間がどうしても必要なんですよね。
採用で重視すること
弊社で採用を行うとき、一番気になるのはやはり「何かを一定期間続けて、成長を実感した経験があるかどうか」です。単純な知識だけだと、AIでかなり代替できてしまうので、それを自分の中で腹落ちさせて、人間にしかできないことに動いていける人。そういう経験を持った人と一緒に仕事がしたいと思っています。
株式会社ディーエスエス(DSS)の強みと展望
全方位型という希少性
弊社は金融系のお客さんが中心で、アプリケーション開発からインフラ構築・運用、セキュリティ、データエンジニアリング、AI に関わる領域まで全部やっています。80 人弱の規模でこれだけ全方位型でやっている会社は少なくて、そこが一つの強みかなと思っています。
また、グループ会社のデータセクションが国内に AI データセンターを持っていて、OpenAI等 とも連携しながら LLM の活用を進めています。そのグループの中でエンジニアリングを担えるのは弊社だけという状況があるので、AI インフラとエンジニアリングの両方を持っているという点も、今後の強みになっていくと感じています。
エンジニアの仕事はなくならない
「エンジニアの仕事は AI に代替される」という話をよく聞くようになりましたけど、私はなくなるとは思いません。コーディングを人が純粋に手でやる、という部分は変わっていくと思います。でも、システムを継続してメンテナンスする為には必ず人がチェックをする「ヒューマン・イン・ザ・ループ」、つまり AI が動いていても人がちゃんとチェックする仕組みが絶対に必要で、その役割はなくならないし、AIによりコードの生産量が増加する為、仕事量としては増えると考えています
さらに重要なのは、職場の業務フローというのは AI がインターネット上から拾ってくるデータの中には入っていない、ということです。お客さんと直接対話して課題感をヒアリングして、それを AI エージェントのワークフローに落とし込んでいく、という泥臭い上流の仕事は、むしろ価値が上がっていくと思っています。プロジェクトマネージャーに限らず、ユーザーと対話して課題を整理できる人材は、これからも残り続けるはずです。
弊社も現在 Claude Code などの AI ツールを開発現場で活用していますが、現在グループ親会社であるデータセクションのAIデータセンターと連携しながら、FDE(Forward Deployed Engineering )を進め、3〜4 年後にはお客さんの事業を強力に後押しできる存在になる、というのが今の目標です。国内に大規模なAIデータセンターをグループ会社が運営していることはかなりの強みになる為、AIと協働しながら、この目標はかならず達成できると信じています。
編集後記
中島さんのお話を通じて、「二次曲線」という言葉がずっと頭に残っています。ゼネコンからの転身、IT 業界での猛勉強、1 年半でのインフラ責任者——どれも一直線の成功ではなく、見えない積み上げの先にある変化だったのだと感じました。私自身、学生起業で結果が出ない時期に焦りを感じることがありますが、「点が線になる瞬間」を信じて続けることの大切さを改めて実感しました。AI がこれほど急速に進化する今、人間にしかできない「対話と理解」の価値を見直すヒントを、中島さんのキャリアからいただいた気がします。