インタビュー

好きなことは、仕事にするな。父の言葉から始まった造船人生

好きなことは、仕事にするな。父の言葉から始まった造船人生
PROFILE
常石グループ株式会社 代表取締役会長・グループCEO
河野 仁至

学生時代 ― グライダーに打ち込んだ4年間

航空部で空を飛んだ日々

私は広島県福山市の出身です。学生時代というと、もう40年ほど前になります。正直に言うと、大学の勉強よりもクラブ活動にかなり打ち込んでいました。所属していたのは航空部です。関東の大学には日本学生航空連盟というものがあって、航空部の活動がかなり盛んでした。

私がやっていたのは滑空機、いわゆるグライダーです。エンジンのない機体で、より高く、より長く飛ぶために力を使う競技で、単純な直線飛行だけでなく立体的な操縦も求められます。全国大会を目指して打ち込んでいました。自分の好きなことに思い切り打ち込める4年間というのは、大学時代ならではだったと思います。

好きなことは仕事にしない

学生時代に打ち込んだ航空の世界ですが、実は就職では航空業界を選びませんでした。これは父からの「自分の好きなことは仕事にするな」というアドバイスによるものです。好きなことが仕事になると、楽しみだけでなく責任やプレッシャーも伴います。その結果、かつて夢中だったものを好きでいられなくなることも。だからこそ、一番好きなものは趣味として大切に育み、仕事にはその次に好きなことを選ぶ。父のアドバイスに従い、航空業界には進まず、地元に近い造船の道を選びました。

常石グループへ、造船の道へ

地元へのUターン就職

もともと実家の近くに造船所があり、船を見て育った環境でした。父も地元に強い思いを持っていた人で、色々と話を聞かせてもらったことも、常石グループを選んだきっかけのひとつです。大学卒業後は東京に出ていた時期もありましたが、4年間で区切りをつけ、Uターンという形で入社しました。

設計から始まったキャリア

入社してからは設計部に配属され、船の設計を5年ほど学びました。そこからは、綜合企画調整室、営業、海外事業部と、部署を移りながらキャリアを重ねていきました。海外事業部を2年ほど経験したあと、3年間フィリピンに赴任しています。これは今のフィリピン工場(TSUNEISHI HEAVY INDUSTRIES (CEBU), Inc.)の前身である会社での経験です。

帰国後は再び営業を担当し、その後は調達部で鉄板やエンジン、発電機、電線といった船の資材を買う仕事に携わりました。さらに、常石グループの管理部門をひとつにまとめるプロジェクトである、グループ事務センターの設立準備委員も務めています。その後はふたたびフィリピン・セブに赴任し、最後の4年間は現地法人の社長を務めました。2015年に帰国してからは7年ほど営業を担当し、その後は副社長兼調達本部長を務めました。振り返ると、造船の建造現場そのもの以外は、だいたいの部署に携わってきたように思います。

世界に船を売るということ

フィリピンでの品質づくり

フィリピンでの経験の中で、特に苦労したのは品質基準です。世界中に船を売るブランドとして、フィリピンで造る船であっても、日本と同じか、それ以上の品質でなければお客様には認めてもらえません。そこには自分なりに力を入れました。

現地では従業員が約1万人、多い時では1万3,000人ほどいました。全員とは言えませんが、できるだけ多くの人と話し、自分の考え方や今後の育成方針を伝えるようにしていました。特に力を入れたのは労務管理です。出勤のモラルやマナーといった基本的なところから、常石ブランドとしての品質意識まで、価値観も言葉も違う人たちに、私たちの基準を伝えていくことには時間がかかりました。

言葉より価値観を伝える

現地でのコミュニケーションは基本的に英語です。英語は学生時代に少し勉強した程度でしたが、現地には海外から派遣された監督者もいて、実務を通じて営業で使う英語を身につけていきました。船を売る相手も半分は日本、残り半分はヨーロッパや東南アジアが多く、そうした場面で英語を使う機会は多くありました。

常石グループは、フィリピン、中国、シンガポール、マレーシアなどの海外に拠点があります。日本国内だけでなく、海外で自分の力を発揮したいという学生の方には、そういう環境があることをお伝えしたいです。

会長としての役割とグループの未来

執行役員を支える立場

現在の会長という立場は、執行役員として会社の業務を執行する社長を、全体的に俯瞰してサポートする役割だと捉えています。常石グループは、海運、造船、商社・エネルギー、環境、ライフ&リゾート、社会貢献推進の6つのセグメントで構成されています。

10年後を描く「常石グループ ミチシルベ2035」

昨年、グループとしてひとつのビジョンを掲げ、さらに今年4月には全社員に向けて、10年後の会社のあり方を示す指針を発表しました。事業成長戦略とカルチャー指針にもとづき、各社員がそのビジョンの達成に向けて一歩ずつ近づいていくという形です。

会社として大切にしたいのは、社員がやりがいを追求できることです。新入社員や若い人たちが、ひとつひとつの仕事にしっかり向き合い、挑戦できる環境を、これからも積極的につくっていきたいと思っています。M&Aで新しく加わる会社が増える中でも、常石らしいカルチャーを浸透させていくことが、グループとしてのビジョンを達成するための大きな役割だと考えています。組織や個人がばらばらの方向を向いてしまうと、会社としてまとまりを失ってしまいますから。

学生に伝えたいこと

知識と経験を積み重ねる

学生のうちにやっておくべきこと、という質問をいただきましたが、自分自身にとって大切にしてきたのは、知識と経験を積み重ねることです。単なる知識にとどまらず、そこから自分なりの価値観や判断基準を育てていくことで、もっと深みのある人間になれるのではないかと思います。

大切にする「謙虚・感謝・素直」

私が大事にしている言葉は、謙虚、感謝、素直の三つです。謙虚は、自分一人の力では何もできない、まだまだ学ぶことがあるという気持ちを持ち続けること。感謝は、周りの助けがあってこそ今の自分があるという気持ちを忘れず、小さなことにも気づいて「ありがとう」と伝えることです。そして素直は、自分の考えや価値観にこだわらず、人の話をそのまま素直に聞き、周りの意見を受け入れる姿勢です。これは今も、簡単なことではないと感じています。

なお、常石グループでは役職名ではなく「さん付け」で呼び合う文化があります。私自身も社員を下の名前で呼ぶことがありますし、大きなプロジェクトに関わる中で役員とも距離を縮めていく、というのもカルチャーのひとつです。また、経験を積んだ先輩が後輩を支えていくというサイクルも、グループの中で受け継がれています。

編集後記

今回のインタビューを通して、印象に残ったのは「好きなことを仕事にするな」というお父様の言葉から始まったキャリアが、造船・調達・営業・海外赴任と幅広い経験につながっていたことです。学生時代のグライダーへの打ち込みも、単なる思い出ではなく、ひとつのことに向き合う姿勢の原点になっているように感じました。「謙虚・感謝・素直」という言葉は、会長という立場になった今でも大切にされているとのことで、役職が変わっても軸をぶらさない姿勢は、学生の私たちにも通じるものがあると思います。