学生時代
吹奏楽部でトランペットに打ち込み、全国優勝を果たした
将来はコンピューター分野に進もうと決めていたので、専門学校の情報処理科を卒業しています。成績はそれなりに良かったのですが、夢中になっていたのは吹奏楽でした。トランペットを担当し、全国優勝を経験した学校にも所属。東京に出て来てからタイミング良く海外のプロオーケストラ首席奏者と出会う機会もあり、勉強は試験前の一夜漬けでなんとか乗り切りながら、趣味に打ち込む学生生活を送っていました。
コンピューターの世界に惹かれた理由
兄弟の中で、私はとにかく新しいことが好きなタイプでした。当時はまだ「AI」という言葉は使われていませんでしたが、全国の銀行のオンライン化や、飛行機を飛ばすにもシステムが欠かせないことはすでに知っていて、分野を問わずそうした技術を支えるエンジニアになりたいと考えるようになりました。大学の4年間では時間がかかりすぎると感じ、2年間の専門学校で技術をぎゅっと詰め込むことを選びました。
創業のきっかけはリーマンショックだった
優秀なエンジニアが職を失っていく現実
学生時代も、前職に入った時も、起業家になりたいという思いはまったくありませんでした。創業の一番大きなきっかけは、2008年前後に起きたリーマンショックです。アメリカの住宅バブルが崩れた半年後、日本のIT業界も大きな影響を受けました。当時、私はメーカーから仕事を受託するソフトウェアハウスで事業部長を務めていましたが、取引先事業部そのものがなくなったり 、携帯電話事業から撤退する会社が出てきたりして、IT関連の仕事が激減しました。私が採用した優秀なエンジニアが、実家に戻って農業を始めるしかないほど、仕事にありつけない状況が2〜3年続いたのです。
自分の給料を削ってでも会社をつくった
このままでは日本の技術資産が失われてしまうと思い、優秀なエンジニアに質の高い仕事を用意できる会社を 、自分でつくろうと決めました。前職では社長に提案しても実現しなかったので、退職を選びました。当初、自分の給料はほとんど受け取らず、極限まで下げて 、家族から「あなた、本当に社長なの」と疑われながらも、利益が出たら給料をもらうという考えで走り出しました。前職を離れたエンジニアや、これまで縁があったエンジニアに声をかけながら全国を飛び回り、優秀な人材にこの業界に残ってもらう思いで会社をスタートさせました。
3社の成長に携わってきた
最初の会社は次の世代に託した
こうして立ち上げた1社目は、全国5拠点まで広がり、仙台から福岡までエンジニアが在籍する会社に成長しました。創業から12年が経った3年前、プライム市場上場会社から資本提携の話 をいただくまでになったタイミングで、若い世代に株式を委託し、経営を任せています。
ベトナムTOP企業から声がかかった
1社目は、日本人が開発した「Ruby」というプログラミング言語に特化した会社として運営していました。効率の良い言語に特化したことで、アメリカやインドなど海外からも問い合わせが来るようになり、その中でもっとも多かったのがベトナムでした。10年前、ベトナムのトップ企業3社から突然問い合わせが入り、実際に現地で働く社員と会ってみると、目を輝かせて仕事に向き合う姿が印象に残りました。オフショア開発だけではなく、日本で働きたい人材をベトナム側で試用するための位置付けも含め 、9年前にDXAI SOLUTIONS ASIA(当時の社名はRuby Development Vietnam)を設立しています。
海外の目線で日本に貢献する会社
現在は、1社目とDXAI SOLUTIONS ASIAに加えて、株式会社DXAIソリューションを2025年3月に立ち上げ、3社の創業を経験しています。海外はビジネススピードもエンジニアの成長も早いので、その視点をあらためて日本に還元したいという思いで設立しました。
DXAIソリューションズならではの強み
社員の8割が経験10年以上
弊社の一番の強みは、社員の約8割が10年以上の経験を持っていることです。急成長している会社は経験2〜3年のメンバーが中心になりがちですが、弊社は転職してきた優秀な社員が「辞めたくない」と思える会社を目指しています。
ソフトとハード、両方任せられる
事業はWeb系の開発から始まりましたが、私自身がマイクロコンピューターなどハードウェアに近い実務経験も持っているため、ソフトウェアとハードウェアの両方を任せていただける点も、発注側から見た特徴だと考えています。DX・AI導入の進め方については、DX・AIコンサルティング・導入支援のページでも紹介しています。
辞めない会社をどうつくるか
転職を考える理由は、希望する給与・仕事内容・通勤時間(働く場所)の3つに集約されることが多いと感じています。弊社では働く場所は世界中どこでも選べるようにしていますし、ゲーム系やスマホアプリなど、やりたい仕事内容にもできる限り応じています。私自身もエンジニア時代に転職を経験しているので、その視点で入社後のフォローをしています。2次面接では「5年後、10年後、15年後にどんなエンジニアとして成長したいか」まで踏み込んで聞くようにしています。1年半ごとに担当プロジェクトを見直し、40代以降の年収アップにつながる仕事内容へ調整することもあります。
これからのビジョン
AIが行き届いていない現場にも届けたい
今もAIによる時代の変化は大きいですが、新しい技術が何にでも合うわけではないと考えています。今の課題をしっかり聞いた上で一歩ずつ前進を重ねれば、5年後には倍々のペースで成長できるはずで、そういうパートナーでありたいと思っています。最近は、看護師が本来の業務以外の仕事まで担っているような、街のクリニックなど小さな医療機関にこそ、専門的なAIを届けたいと考えるようになりました。AIを使うことで開発コストを抑えながら、こうした業界に安く価値を提供していきたいです。
急成長より、地道な信頼を積み上げる
3社目のDXAIソリューションズはまだ立ち上げたばかりなので、急成長よりも1社ずつ丁寧に向き合うことを大切にしています。一度きりのシステム導入で終わるのではなく、その後も相談してもらえるような、長く付き合っていける信頼関係を築くことを目指しています。大手企業をターゲットにするのではなく、社員満足度を大事にしながら、地道に進んでいくつもりです。
学生へのメッセージ
目の前の(縁した)仕事を頑張ってほしい
人生の選択はとても難しく、どの会社に入るかも、ある意味では運の要素があります。それでも、今、目の前にある仕事を頑張ってほしいと思います。それが自分自身の成長の1番の近道になるからです(経験上、どんな仕事も無駄はありません)。私自身、社長になろうと思ったことはありませんでしたが、事業部長時代に採用した社員を幸せにできなかった経験から、目の前の仕事に向き合った結果、気づけば3つの会社をつくるまでになっていました。
転職はまたゼロからのスタート
転職を考える人は多いと思いますが、転職先が求めているのは、それまで積み重ねた経験です。未経験からの育成では、1年目こそ給料が高くても、2年目以降は同じ水準を払える会社はあまり多くありません。私自身、28歳から30歳までの3年間、IT業界を離れて運送業や別の仕事をした経験があります。さらに個人事業主として1年間働き、年商1000万円が見えてきたタイミングで、過労のあまり身体を壊しかけた状態になったことがあり、株式会社の社員であれば厚生年金加入も有給休暇もあるとあらためて実感しました。IT業界に戻ったことで、収入も安定していきましたが、目の前の仕事に向き合わなかった同僚が転職後悪いスパイラルに入っていくのも見てきました。選んだ会社が合わなかったとしても、まずは3年ほど続けてみることで、その努力を見ていてくれる人が必ずいると思います。
編集後記
今回のお話でもっとも印象に残ったのは、リーマンショックという大きな時代の変化の中で「優秀なエンジニアの仕事を守りたい」という思いから起業に踏み切った点です。自分の給料を削ってでも仲間を支えようとする覚悟に、経営者としての原点を見た気がしました。就職活動では条件面に目が向きがちですが、目の前の仕事にどう向き合うかが、その先のキャリアを大きく左右するのだと感じさせられるインタビューでした。