政治の現場から、水素の現場へ
水素社会という空白地帯
私はもともと自民党の衆議院議員でした。2001年に9・11があって以降、日本のエネルギーはどうあるべきなのかを仲間と議論するようになって、2013年に自民党の中で水素社会推進の議員連盟を立ち上げたんです。当時は水素をメインのエネルギーにしようという議論自体がまったくない時代でした。会長には小池百合子さん(現東京都知事)にお願いして、私は実務を担う事務局長に就任しました。その頃から、次の時代のメインのエネルギーを水素にしたいという思いで政策をつくってきたんですよね。水素のステーションを整備したり、水素の車に助成金を出したり、そういう政策もつくってきました。
「使う」を置き去りにしていた
水素には「つくる・運ぶ・ためる・使う」という4つのフェーズがあります。私が政策としてやってきたのは、どちらかというとつくる・運ぶ・ためるの部分で、使うというところをおろそかにしてきたのが実際のところなんです。政治の世界から足を洗ってからは、多摩大学の大学院で客員教授として、水素の利活用に関する研究会を立ち上げました。どういう使い方がいいのか、それがどうやったら多くの方に理解してもらえるのか。そこで考えた結論が、今やっているような調理や音楽といったビジネスモデルです。最初は大学の研究会としてビジネスをサポートしていたのですが、本格的になってきたので、多摩大学ルール形成戦略研究所からスピンアウトするかたちで、株式会社H2&DX社会研究所を立ち上げました。
五感に伝えることが鍵
「使う」を大事にする会社として、では、どうやって使ってもらうかと考えたときに、五感に訴えることが鍵になります。怖い、よくわからない、というイメージのままでは広がっていきません。環境に良くて、プラスアルファでおいしい。環境に良くて、音がいい。そんなふうにプラスアルファの価値を付け加えることで五感に伝え、多くの人に理解してもらう。それを中心にして、二酸化炭素削減に貢献する会社をつくった、というのが経緯です。
「ベンチャーをつくれ」と教えられた学生時代
立教大学のゼミで学んだこと
私のゼミ指導教授は、野田一夫先生でした。この方は、新進気鋭のベンチャーを支えていた教授で、私のゼミはいわば、ベンチャー企業を立ち上げることを求めらるゼミだったんですよ。当時会社を立ち上げたばかりのベンチャー経営者が週に一度講師になってくれる、今でいうMBAのケーススタディのようなゼミでした。40年ほど前の話なので、当時としてはかなり珍しかったと思います。そのゼミに来ていたのが、たとえば孫正義さんだったり、南部靖之さんだったり、今はもう名の知れた会社の経営者たちです。もちろん今はなくなってしまった会社もありますが、そういう方々をずっと支えてきた、ベンチャー業界ではとても有名な教授でした。
「目立製作所」の教え
教授がよく言っていたのが、「お前らは目立製作所(めだちせいさくじょ)を起業しなきゃだめだ」ということです。日立製作所の名刺を持っていれば誰でも会ってくれる。でも、聞いたこともないような会社では、どこに営業に行っても誰も会ってくれない。だけど、そこで会ってもらえるようになり、ビジネスにつなげていくことができれば、何をしようが何とでもなる。そういう思考の教授でした。
私はそういう環境で育てられているので、いわゆる会社員というものをやったことがなく、秘書見習いから、衆議院議員秘書、そして横浜市会議員になっているので、大企業にはまったく向かないんだと思いますね。言われたことをやるのがあまり好きではないし、そもそも向いていない。向いていないことをやるとストレスになるので、自分でわかっているんです。ただ、逆に言われたことをやるのが得意な人がベンチャーやスタートアップに行ったり、自分で起業するというのは、つらくなるだけだとも思います。大企業の中で活躍できる人と、スタートアップのような小さな組織で活躍できる人とでは、能力がまったく違うんですよね。
世界初、水素で料理をつくる
食が生む二酸化炭素
弊社は基本的に、二酸化炭素をなくすことをミッションにしている会社です。日本の歴史は本当に四季に支えられてきました。神社の春・秋の例大祭も、実りを願い、豊作を喜ぶものですし、天皇陛下の宮中祭祀も四季で成り立っています。春と秋がなくなって夏と冬だけになってしまったら、万葉集に出てくる「紅葉が赤い」という感覚さえ、子どもたちに伝わらなくなってしまう。二酸化炭素が温暖化のすべての原因ではないですが、原因の1つであることは明確です。それを削減していくための手法が水素であり、水素を燃やしてもCO2は出ません。
国連の発表によると、食品工場の稼働や運搬も含めたトータル食の分野で、CO2全体の37パーセントを排出しているそうです。カーボンニュートラルを実現するには、ここに手をつけないわけにはいきません。ただ、飲食店で二酸化炭素を削減しろと言われても、火を燃やして料理をつくり、フライパンで炒め、焼き鳥を焼いて、どうやって削減すればいいのか、なかなかイメージが湧きませんよね。つまりCO2を削減するエネルギーや機器が、今までなかったんです。だから弊社は、水素の調理器具を開発することで、炎そのものを水素を燃やす機器に変えていく。電気についても、日本はほとんど火力発電なので、燃料電池を使って水素で電気をつくっていく。そうやって二酸化炭素をなくしていくことを、まず飲食の世界から。ベンチャーで体力もかぎられているため、あちこちに手を出さず、そこに特化してやっています。
事例のない、ゼロイチの挑戦
弊社は今、5人ほどの小さな会社です。まだ始まって4年しか経っていませんし、正直まだ赤字です。ものづくりはネットビジネスと違って、最初の製品開発投資がどうしてもかかってしまうので、回収するのに何年もかかります。ただ、これまでになかったものをつくっているので、事例がないんですよね。世界ではじめて水素で燃やしてご飯をつくるという食文化の概念を広めてきたし、それを成し遂げるための機器もなかったので、水素の調理器具そのものも自分たちでつくってきました。世界ではじめてやり出しているので、事例がまったくない、すべてがゼロイチなんです。
ルールのない世界を、自分たちでつくる
安全もルールも自分たちで決める
世界ではじめてやるということは、全くのブルーオーシャンだということでもあります。ルールも何もない。これは本当に大変です。たとえばプロパンガスの調理器具であれば、すでにルールが決まっていて、それを守って認定マークをもらえば、事故が起きても「政府が定めたとおりにつくった」と言えます。でも水素にはルールがないので、安全についても、規制についても、すべて自分たちで自分たちを律しなければなりません。しかもこれは日本だけの話ではなく、世界中どこにもルールがないんです。たとえばアメリカで売ろうとしても、ルールがあれば合わせればいいものが、ルールがないところから物を売るとなると、調査からはじめて、本当にこれでいいのかを一つひとつ考えなければならない。ものすごく大変です。でも、ものすごく面白いんですよね。だってルールがないって、面白くないですか。どこかにあったビジネスモデルをまねているわけでもなんでもなく、外国で流行っていることを日本に持ってくるようなタイムマシンビジネスでもない。世界中に事例がないビジネスというのは、日本でもなかなかないと思います。
価値をわかってくれる人に届ける
水素の価値をすべての人に理解してもらう必要はないと思っています。ビジネスはシェア100パーセントを目指すものではありません。今でいえば、飲食店の中でも意識の高い経営者と、そこに集まる意識の高いお客さんがいる層に向けて、「環境に良くて、美味しい」という価値をきちんと伝えることが肝心です。実際、同じ肉でも通常のガス焼きよりおいしくなるんですよ。コストは上がりますが、その分、客単価を上げればいいと思っています。人口が減っていく社会で、客単価を下げるビジネスは立ちゆかなくなるだけですから。誰か生み出したものを安くつくって海外に輸出する加工貿易の時代は、もう終わっています。付加価値をつけて、みんなが欲しいもの、みんなが喜ぶものを高い価値で売っていく。それがこれからのビジネスに欠かせないことだと思います。
売上ではなく、CO2削減量を目標にする会社
五年後に何トン減らすか
弊社が目指しているのは、水素で世界のCO2削減に貢献する会社です。まずは食の世界、そしてもう一歩進めて、コンサートやスポーツ観戦といったエンターテインメントの世界を変えていきたいと考えています。人は食べなければ生きていけませんし、外食もしますよね。だからこそ、消費者が一番目を向けてくれる場所からはじめる。一般的に飲食店が1日営業するとどれくらいのCO2を排出するかは計算できているので、弊社が調理器具を1台売ると、例えば年間で17トンほどのCO2が削減できる、というふうに数字が出ます。だから弊社の目標は、5年後に何台売るかではなく、5年後にCO2を何トン削減するか、なんです。売上目標はなくて、CO2削減目標しかない会社。もちろん頑張れば結果として売上はついてきますが、それが目的ではないんですよね。頑張れば頑張るほど二酸化炭素を減らせる。こんなに素敵な会社はないと思っています。
インフラというのは儲かるまでに時間がかかるビジネスです。一気には広がりませんが、1度広がるとなくなりません。だから、先の長いビジネスなんです。一般的なベンチャーキャピタルは3年ほどで結果を求められることが多いので、10年かかるインフラ事業にはなかなか対応できません。儲けることを優先するなら、衆議院議員時代に別途手がけていたデジタルの領域のほうがずっと簡単でした。サイバーセキュリティ領域なんて、得意ですよ。でも、それができる人はほかにたくさんいます。インフラは、なかなか若い人たちが手を出せる世界ではないので、自分がやるしかないと思っています。
自分に合う場所を、自分で見極める
学生の皆さんに伝えたいのは、どの業種が良いということではなく、大きな組織で活躍できる人間と、ベンチャーやスタートアップのような小さな組織で活躍できる人間とでは、能力がまったく違う、ということです。会社に入るのか、自分で立ち上げるのか、まずはそこ。会社に入るなら、大企業向きか、ベンチャー企業向きかを見極めてから会社を選んだほうがいいと思います。合わない場所を選んでしまうと、たいてい2、3年で辞めたくなってしまいますから。私自身、上司から意味のわからないことをやれと言われたら「なぜそれをやらなければならないんですか」と思ってしまいますし、転勤も絶対に嫌です。だから大企業には向かないんですよね。有名かどうかではなく、経営者の質にもよりますし、有名な会社だっていずれ潰れることもあります。自分が力を発揮できる場所をまず見定めることが、幸せになる近道だと思います。もう1つ伝えたいのは、本質的に合わないと思ったらすぐに辞めることです。2年やってみて無理だと感じたなら、それはもう合っていません。組織に自分を合わせるのではなく、自分に組織を合わせたほうがいいと思いますね。
編集後記
福田さんのお話を聞いて、いちばん印象に残ったのは「売上目標ではなくCO2削減目標」という考え方です。私は今、大学でビジネスを学びながら小さな事業にも挑戦していますが、つい売上や規模で成果を測ってしまいがちだと気づかされました。ルールがない場所に飛び込むのは怖いはずなのに、それを「面白い」と語る姿がとても印象的でした。自分に合う場所を自分で見極めるという言葉も、就職活動を控える身として胸に刻んでおきたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。