「もっと稼ぎたい」—— 川崎の少年が抱えたモヤモヤ
サッカーも遊びも、何もかも中途半端
神奈川県川崎市の出身です。小学生のころにJリーグが開幕した影響もあり、プロサッカー選手になることが子どもの頃の夢でした。今振り返ると努力だけでは実現できない高難易度の夢でしたが、中学ではサッカー部に入りながらも、少しヤンチャな学校だったこともあり、サッカーも遊びも勉強も、何もかも中途半端なまま過ごしていました。
それでもサッカー自体は好きだったので、公立では比較的強いサッカー部のある高校に進学しました。ただ仲の良い地元の友人には中卒で働いている子も多く、高校でも部活をやっている仲間は少ない。そういう環境に流されて、部活は半年も経たないうちに退部してしまいました。それ以降は高校にも真面目に通わず、バイトを掛け持ちしながら渋谷などで遊ぶ毎日でした。
何もかもが中途半端で、何かに突き抜けているわけでもない。楽しかったけれど、ただ日々が過ぎていくだけのような感覚にどこかモヤモヤしていたんですよね。「自分は男として何を成し得るのか」「世の中に何を残せるのか」と、漠然と考えていました。
立地で駒澤大学を選んだ
高校3年の春まで大学進学は視野になく、洋服が好きだったこともあって服飾系の専門学校に進むくらいしか将来を考えていませんでした。ところが、アパレル会社勤務の知人からのアドバイスがきっかけで、将来の可能性を広げるためにとりあえず大学進学をしようと思い直し、夏過ぎから受験勉強を本格的に開始。自宅から一番近くて渋谷方面という理由だけで駒澤大学に絞り、なんとか合格することができました。
父の倒産が人生を変えた
そんな時、私の人生を変える大きな出来事が起きました。父が勤める会社の倒産です。一般的な家庭でしたが、稼ぎが減ることで家庭が荒れる光景を目の当たりにして、お金の重要性を深く考えるようになりました。それをきっかけに、大学入学時からはとにかくお金を稼ぐことに執着するようになりました。
宝石店で学んだ「営業の原点」
最終的にたどり着いたのが、知り合いから紹介された会員制の宝石店でした。富裕層の方をメイン顧客とした、個人売上の一部が直接給与に反映される成果報酬型の契約です。
最初は宝石の知識もなく、年上の富裕層の女性と接する経験もなかったので戸惑いだらけでした。宝石はあくまで嗜好品なので、よほどの「価値」を感じてもらわなければ購入には至りません。真の富裕層の方ほどお金にシビアな一方、価値さえ感じてもらえれば数百万円レベルの宝石をキャッシュで購入する方もいらっしゃいました。ときには私個人への信頼だけで成約に至るケースもあり、大変嬉しかったですね。
この経験が私の営業の原点と言っても過言ではないくらい学ばせてもらいました。お客様のライフスタイルを知らなければ会話にならないので、普段の生活には無縁な情報も主体的にインプット。購入後の活用イメージをいかに醸成するかが成約を左右するため、プレゼンテーションと事前のヒアリングにも注力しました。慣れてくると面白いように売れ始め、気づけば毎月コンスタントに普通のバイトでは稼げないような額を得るようになっていました。
大学1年のころから週6で仕事をしていたので、授業に出る合間に仕事をするのではなく、仕事の合間に特定の授業に出る生活スタイルになっていました。今では母校で「キャリア論」の授業を担当していたり、研究員として在籍していたりしますが、当時の大学での思い出といえばサークルの仲間とやっていたサッカーくらいで、もっと真面目に学んでおけば良かったなと今になって思います。
「稼ぐ」という当初の目的を果たしてからは、稼いだ資金を元手に高級ブランドの売買ビジネスを立ち上げたりもしました。
「稼ぐだけ」では満たされない
大学3年になって周囲が就活を意識し始めたとき、改めて自分の仕事について考える機会がありました。稼ぐことに執着して時間と体を使ってきたけれど、この先もこれを続けていきたいのか?突き詰めて考えれば考えるほどどこか虚しい気持ちになり、稼ぐだけでは満たされない何かを埋めるために「まず自分の視野を広げよう」と思い、宝石やブランドの仕事に区切りをつけ、就活を始めました。
就職支援団体を立ち上げた
就活を始めたものの、せっかくやるなら周りと同じやり方では面白くない。目立ちたがり屋でもあったので、友人と就職支援団体を立ち上げました。今で言う合説やマッチングイベントを企画・運営する団体です。学生500人と企業20社によるサマーインターンイベントや、ベンチャー経営者の講演会などを企画・運営し、メディアにも何度も取り上げていただきました。
宝石営業や就活支援団体の運営を通じて富裕層や経営者の方々と関わる機会が多かったので、当時の私はそれなりに社会を知っているつもりになっていました。ところがある著名なベンチャー経営者とお話させていただいた際、話されているビジネスの内容がまったく理解できず、「自分のレベルの低さ」を痛感しました。「井の中の蛙」だと少し落ち込みましたが、この段階で鼻っ柱を折っていただいたのは今振り返ると本当にありがたいことでした。
就活は楽しい
就活を進めていく中で徐々に方向性が定まってきました。ビジネスの面白さや組織構築の醍醐味は感じていたので、いつか「社会的に意義があり成長する市場で、自分の人生を賭けられる事業を立ち上げる」という目標を掲げ、①3年で新規事業を経験し独立できる風土、②年功序列ではなく健全な競争原理が働いている、社会的に意義がある事業を展開している、という3点を軸に企業を選びました。
規模や業界・業種には一切こだわらず、トータル300社ほどと接点を持ったと思います。どこで誰にどんな話を伺っても今まで知らなかった情報をインプットできるので、就活は本当に楽しかったです。社会に出たら、わざわざ人事や経営者が「うちのビジネスモデルはこういう仕組みで」と丁寧に説明してくれる機会はないわけじゃないですか。この時期にさまざまな業界・業種の方とお話できたのは今でも大きな財産です。
ビースタイル入社から、LOCUSが生まれるまで
守られた約束が、次への原動力になった
就活では最終的にスタートアップを中心に大手も含めて10社以上から内定をいただくことができました。その中で選んだのが「株式会社ビースタイル」という人材ベンチャーです。3つの軸に加えて、「営業で結果を出したら新規事業担当に」という具体的な条件を面接で提示してくれたことが決め手でした。
当時は同期8名を入れても従業員数が30名に満たない規模でしたが、入社早々に成果を残すことができました。学生時代からずっと営業をしていましたし、就活期間中に構築した人事担当者の人脈も活きました。先輩を抜くには先輩が休んでいる間も働くしかないと思い、今でいうブラックな働き方ではありましたが、仕事が趣味なので全く苦痛ではなく、それが短期間での成果につながったのも事実です。
そしてビースタイルの三原社長が、本当に約束通り2ヶ月ほどで新規事業担当にしてくれました。入社前の話と入社後の実態が違うことは転職でもよくある話ですが、三原さんは違った。その期待とご恩に報いるためにも、絶対に新規事業を成功させると意気込んでいました。
動画付き社内SNS事業の挫折
いろんな事業プランを検討した結果、選んだのは「動画を付加価値とした社内SNS事業」でした。2006年当時、スマートフォンはまだなく、YouTubeが始まって1年にも満たない頃。ようやくPCで動画がストレスなく閲覧できる環境が整い始めていた時代です。社内SNSが注目されていた時期で、「社内向け動画配信」という切り口で他社との差別化を狙いました。ナレッジマネジメントやコミュニケーション活性化を軸とした活用を提案していきましたが、導入企業がまだ多くなかったこともあり営業は難航。事業戦略の甘さもあり、最終的には大きな赤字を出して1年足らずで撤退することになりました。
悔しかった。そして協力してくださった方々に申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。ただ、何も得られなかったわけではありません。この事業を通じて感じた手応えが「動画というツールが持つ可能性」でした。
採用動画事業で快進撃
学生時代の就職支援団体での活動と、大手からベンチャーまで沢山の説明会に参加していた経験から、新卒採用市場で動画制作のニーズがある一定存在していることは知っていました。「動画は高い」というのが一般的なイメージでしたが、最初の新規事業でフリーランスのクリエイターたちと話す中で、「動画=高い」の根本的な原因は大手広告代理店をピラミッドの頂上とした旧態依然のゼネコン型業界構造にあると気づきました。代理店を介さない直接取引による価格競争力と柔軟な対応力があれば十分勝算があると考え、「採用動画をメインとした制作事業」を立ち上げました。これが見事にはまりました。
初年度こそ機材や人件費への投資が多く赤字でしたが、大手を含む数十社のクライアントを獲得。2年目も順調にクライアント数を伸ばし、3年目は採用だけでなく研修・プロモーションへとジャンルも広がり、黒字化した矢先にリーマンショックが発生しました。
EBOという決断
人材業界へのダメージは甚大で、ビースタイルでも「新規事業から撤退し、本業の派遣事業に経営資源を集中する」という判断が下されました。そこまでに築き上げたクライアントは200社以上、事業部メンバーは常駐クリエイターを含めて10名以上。まず考えたのは「どうすればこの人たちを守れるか」ということでした。
資本力のある大手や顔馴染みの経営者への事業譲渡も検討しましたが、自分の中で「本当にそれでいいのか」という気持ちが拭えませんでした。採用動画は人の人生を大きく変えるきっかけになり得る仕事であり、動画市場は今後も成長する。頼りにしてくれるクライアントもいて、大切な仲間もできた。自分の人生を賭けるとしたらここじゃないか——。
最終的には①クライアントとクリエイターへの責任、②旧態依然の業界構造を変えていく意義、③テクノロジーの発達による動画市場の成長性、この3点が決断を後押しし、自己資金によるEBO(エンプロイー・バイアウト)を選択しました。
2010年3月末にビースタイルを卒業し、翌4月に株式会社LOCUSを設立。代表取締役として新たなスタートを切りました。
社名「LOCUS」に込めた思い
学生時代、就職支援団体を運営していたころに書いていたブログのタイトルが「Rの軌跡」でした。「軌跡」をラテン語にすると「LOCUS」になります。「社会に自分が生きた足跡を残したい」という想いも込めて会社をつくるときに、当時のメンバーにも話をして、就職支援団代の名前をそのまま使うことにしました。
お金を稼ぐこと自体を第一のプライオリティにしたくないという思いは、宝石やブランドの仕事をしていた学生時代からなんとなく持っていたものでした。意義があって、これから伸びるマーケットで、自分の人生を賭けて挑戦してみたい。そういう気持ちが創業の根っこにあります。動画の領域は広告代理店を何社も挟んでCMが作られるような旧態依然の構造が今も残っています。そこを変えていけるんじゃないかという思いと、SF映画が好きで街中に映像が流れる未来にも可能性を感じていたことが重なって、創業に至ったという感じですね。
LOCUSが選ばれ続ける3つの理由
競合が増えたなかで選んでいただける理由は大きく3つあります。
ひとつは実績です。16年間にわたって数多くの企業とお取引させていただいてきたので、動画活用のあらゆる目的に対応できる事例がそろっています。2つ目は提案力。これまでに積み重ねてきた提案のナレッジがデータベース化されているので、案件に応じて最適な組み合わせをスピーディーに提案できます。
3つ目はクリエイターネットワークです。クリエイターは全員業務委託で、16年間で累計1万人以上のエントリーをいただき、全員に書類選考と面接を実施したうえで登録していただいています。ドラマ調の映像ならこの監督、タレントを起用したCMならこのディレクター、パラパラ漫画ならこの方、というように、案件に応じて適任のクリエイターをアサインできるデータベースが社内に蓄積されているのが強みです。
もともとは「動画をもっと手軽に、動画クリエイターをもっと身近に」というビジョンで立ち上げた会社で、動画の制作だけでなく活用方法や費用対効果まで含めて提案できるところに強みを置いています。リピート率は7割ほどです。
動画以外にも広がる事業の幅
YouTubeチャンネルのコンサルティング
最近では、YouTubeチャンネルの運用コンサルティングにも力を入れています。資生堂さんや食べログさん、三井住友フィナンシャルグループさん、野村不動産さんのプラウドブランド、農林水産省さんなど、チャンネル運用全体をお任せいただくケースもあれば、月額で一部サポートをさせていただくケースもあります。
調剤薬局という新しいメディア
少し意外かもしれませんが、調剤薬局向けのメディア事業も手がけています。調剤薬局には60代以上の方を中心に、20分ほど滞留される時間があります。来店者の6割以上が60代というデータもあります。今では2,000店舗ほどにモニターを設置させていただいていて、ただ薬を受け取る場所ではなく、シニア向けの広告メディアとしての価値をつくっていこうとしています。花王さんや第一三共さん、ファンケルさんのような大手メーカーさんがメインのお客様です。
動画に限らず、現在のビジョンである「いいモノとヒトをつなぎ多様な価値を可視化する」に通じる取り組みを広げていくことがこれからの方向性です。
これからのビジョンと、学生へのメッセージ
分社化を重ねながら事業を広げる
会社としては、お客様の声をもとにサービス化・事業化し、それを分社化していくという形で、ひとつの事業を伸ばすよりも時代の変化に合わせたさまざまな事業を展開していきたいと思っています。
個人的な夢は、高校生のころから変わらず持ち続けているヴェルディ(東京ヴェルディ)の買収です。地元がヴェルディ川崎のホームタウンだったこともあり、いつかクラブを買収して川崎に戻したいとずっと言い続けています。なかなか難しいですが、夢として持ち続けていますね。
中学生向けの「お仕事図鑑」をつくりたい
母校でキャリア論の授業を担当していますが、大学生に向けてキャリアを語るのはどこか難しいと感じています。私自身、立地で大学を選んで、大学生時代に知り合った友人も偏差値で進路を決めている人も多い。それなのに就活になると急に「自己分析をしなさい」と言われる。今まで一度も求められたことがないのに、いきなりそう言われても困ってしまいますよね。
だから、中学生が見るような「お仕事図鑑」的な動画メディアをいつかつくりたいと思っています。海外にはスポーツ・ビジネス・アートの分野で活躍する人の仕事を紹介するサービスで、大規模な資金調達をしているところもあります。すぐには実現できる規模ではありませんが、いつかやりたいことのひとつです。
逆算のキャリアという視点
就活生に向けては、「逆算のキャリア」を考えてほしいと思っています。例えば、大手企業に勤めている知人・友人の話ですが、年収は1,000万円以上あり一般的には順風満帆なキャリアを歩んでいる方だとしても、振り返ると会社名や規模、安定で、今の会社を選んだけど、このままこの仕事をやり続けたいのか、と悩んでいるケースは少なくありません。
子どもを私立に通わせていたり、家族の事情があったりすると、年収を下げて転職するのは40代では現実的に難しくなってしまいます。だからこそ、就社ではなく就職という観点で「将来的にどうありたいのか」を先に考えて、そこから逆算して、どのようなキャリアを歩むべきかと落とし込んだ上で、会社を選ぶという視点を持って欲しいと思います。
求める人材は「誠実な人」
採用については、コロナ禍で業績が落ち込んだタイミングで新卒採用を一時止めていましたが、そろそろ再開しようかというタイミングです。一緒に働きたいのは誠実な人です。自分で自分を評価するのではなく、まわりからの評価や結果に誠実に向き合える人。そして何かにチャレンジしたいという気持ちを持っている人を求めています。クリエイティブなスキルが必ずしも必要なわけではなく、トレンドや表現が好きという気持ちがあれば、動画という仕事はきっと向いていると思います。
生成AIとクリエイターがどう共存していくかというテーマも含めて、動画業界はこれからもつくり方そのものが変わっていく可能性があります。変化を楽しめる人と一緒に、この業界をもっと面白くしていきたいと思っています。
編集後記
瀧さんのお話を伺って、いちばん印象に残ったのは「逆算のキャリア」という言葉です。私自身も学生団体やイベント運営に取り組んできましたが、目の前の活動に必死になるあまり、その先にある目的を見失いそうになることがあります。会社名や規模ではなく、何をしたいかから逆算して選ぶという視点は、これから就職活動を迎える学生にとっても大きな指針になるのではないでしょうか。動画業界の黎明期から走り続けてきた瀧さんの歩みに、これからも注目していきたいです。