インタビュー

移動時間6時間、仕事2時間。電車の中で読んだ本が独立の原点になった

移動時間6時間、仕事2時間。電車の中で読んだ本が独立の原点になった
PROFILE
株式会社クインクエ 代表取締役
矢部 拓

居心地の良い神戸に帰ってきた

関東の「期待」に馴染めなかった

大学は関東に進みました。憧れもあって選んだ進学先でしたが、4年間千葉大学に通う中で、やっぱり神戸が好きだなという気持ちが強くなっていきました。

関西人に対する期待が大きすぎるというか、ボケてとか突っ込んでとか、面白いことを言ってほしいという空気が、正直ちょっと鬱陶しくて。関西だと思ったことをわりとそのまま口にする文化があるんですけど、関東だと我慢して言わなかったりする場面が多いなど、そのあたりの違いが、なんとなく合わなかったんです。仕事をするうえでは今も関東の方とほとんど一緒にやっているので問題はないんですけど、プライベートだとやっぱり違うのかなという気はしますね。

25年のサラリーマン人生、そして独立へ

WHOからIT大手、豆腐屋の社長まで

神戸に戻ってきてからは、25年ほどずっとサラリーマンをしていました。最初はWHO(世界保健機関)の現地採用スタッフという国際公務員から始まって、そこからさまざまな大手ITベンダーを経験しています。ITエンジニアが求められない職場はないので、ワインECやリフォーム業など、業種を問わずいろいろなところに転職しました。

その中で、自分でやってみたいという思いがずっとあったんです。その間には、豆腐屋の社長になったこともあります。コロナ期間中にITのお手伝いをする中で、その豆腐屋さんからECやインターネット通販、コンピューター周りのシステムを手伝ってほしいと頼まれて、そのまま社長への就任を打診されたんですよね。

豆腐屋を育てて、独立を決めた

豆腐屋さんはある程度形を作ったところで辞めて、得意なITで独立しようと決めました。

電子カルテを回った日々が背中を押した

移動時間6時間、仕事は2時間という生活

独立したいという気持ちが生まれたきっかけは、富士通で電子カルテの基盤構築や入れ替えを担当していたときの経験です。担当していたのはどこも大手の病院ばかりで、大阪・京都・兵庫・滋賀の病院を回っていましたが、それぞれ30分ほど担当者と打ち合わせをしては移動するという日々でした。

移動時間が6時間から7時間かかるのに対して、実際に仕事をしているのは1時間から2時間ほど。非常に疲れて、ストレスが溜まっていきました。

車内で読んだビジネス書が独立への思いを固めた

その移動時間、電車の中でずっと本を読んでいました。ビジネス書や自己啓発本を読み続けるうちに、自分でやってみたいという気持ちが強くなっていったんです。これが独立を意識した一番のきっかけですね。

きっかけは阪神・淡路大震災のボランティア

資格を持つNECの方との出会い

もともと理系で、大学も工学部でした。阪神・淡路大震災があった年に大学に入学し、1年先に入っていた学生たちが仮設住宅にボランティアに行っているのを見て、自分も参加することにしたんです。

その活動が仮設住宅に電話線を引くボランティアで、資格を持つリーダーの方がNECの社員でした。その方と仲良くなって、パソコンを送っていただいたり、ソフトを買って送ってもらったりして、ずっとパソコンに触れながら大学時代を過ごしました。そこから自然とITの道に進んだ、という感じです。

クインクエが手がける事業

スマホアプリも業務システムも

大学生の方に一番身近なのはスマートフォンアプリだと思います。使っている人は多くても、作っている側の人はなかなかいません。弊社はその、作る側の会社です。もちろん業務アプリや業務システムのWebアプリも手がけていて、スマホアプリも作れる会社になります。

フルスタックエンジニアが育つ環境

弊社ならではの強みは、エンジニアがフルスタックであることだと思います。ハードウェアやインフラ、データベースからフロントエンド・バックエンドまで、全て触れるエンジニアのことをフルスタックエンジニアと呼ぶんですけど、最初はできない人でも、弊社に来ると大体フルスタックになっていきます。1人に任される領域が広いので、自然とそうなっていく環境です。教育システムというほど仕組みを固めているわけではなく、基本はOJTで、任せ方についてはある程度指示をするようにしています。

少数精鋭、そして広がるグローバル採用

7名の仲間と、増えていくインド人エンジニア

現在の従業員数は7名です。今はウズベキスタン人のエンジニアが1名在籍していて、今年からはインド人のエンジニアが今年10月、来年4月、来年10月と半年に1人ほどのペースで加わっていく予定です。

日本ではエンジニアが不足している傾向にあり、経済産業省とインド政府が、インドのエンジニアを日本に受け入れる取り組みを進めています。その一環として、インド人エンジニアの採用を進めているところです。同時並行で対応しているのは3社ほどですが、これまでにお付き合いしたお客さまの数でいうと30社ほどになります。

一方的な契約解除という試練

公正取引委員会に相談した経験

創業してから今に至るまでで苦労したのは、一方的な契約解除を経験したことです。公正取引委員会にも相談した内容なのですが、一方的に契約を解除されて、お金を支払ってもらえなかったことがありました。相手企業にとっては端金だったかもしれませんが、当時の弊社にとっては大きな打撃でした。結局、その会社との解決には至りませんでした。

地元のお客さまに支えられて

そんな中、神戸のインテリア商社さんが仕事を振ってくれる形で助けてくれて、なんとかしのぐことができました。東京の仕事は内容や技術、ギャラという意味ではとても魅力的ですが、地元のお客さまを大事にしないといけない。当時助けていただいた経験があるからこそ、そう感じています。

目指すはSIerでもオフショアでもない新しい形

インドの優秀な人材と関西価格で勝負する

今後もインドのエンジニア採用を進めていく予定です。インド工科大学(IIT)など、GAFAクラスの企業が採用するような優秀な人材を獲得できているので、そこには期待しています。日本人エンジニアがトップに立ち、インド人エンジニアを実際に動かして開発していく仕組みを作っていきたいと考えています。

国内のSIerとも、オフショアとも、ニアショアとも違う形。金額面では東京に比べて関西なので抑えめにしながら、優秀なインド人エンジニアによって技術力では抜きん出ていきたいと思っています。そこで会社をグロースさせていきたいです。

学生へのメッセージ

「諦めないから成功する」

起業を決めたとき、たくさんの本を読んだ中で出会った言葉を今も大切にしています。「なぜ失敗するかというと諦めるから、なぜ成功するかというと諦めないから」。諦めなかったら、成功するまで諦めない。この言葉は今も大事にしています。

編集後記

移動時間6時間という、一見つらいだけの経験が独立のきっかけになっていたお話が印象的でした。矢部さんのキャリアは震災ボランティアからパソコンとの出会いが始まり、大手ITベンダーや異業種への転職、豆腐屋の社長業まで幅広く、その一つひとつの経験が今のクインクエにつながっているのだと感じます。地元のお客さまとのつながりを大切にする姿勢や、インド人エンジニアとの新しい仕組みづくりへの挑戦から、私自身も「今できることを積み重ねる大切さ」を学ばせていただきました。