インタビュー

理不尽な一言から始まった、デザインという仕事

理不尽な一言から始まった、デザインという仕事
PROFILE
合同会社Morimoto Design Office 代表者
森本 洋至

普通の学生が、普通に就職活動をしていた

美術も芸術も選ばなかった

高校時代、美術や芸術的な科目はまったく選択していませんでした。大学時代も、これといった特徴やスキルがあったわけではなく、いたって普通の学生だったと思います。

就職氷河期にぶつかった

大学卒業のタイミングでは、起業や社長になりたいという気持ちはとくになく、企画営業や企画の仕事がしたくて就職活動をしていました。当時はちょうど就職氷河期で、いくつ応募しても採用にはなかなかたどり着けませんでした。最終的に内定をもらえたのは、販売職でした。

給料の差がきっかけで、パチンコ業界へ

サービス業3年で見えた現実

そこからサービス業で3年ほど働いたのですが、給料はよくありませんでした。製造業に勤めていた友人と比べると、ボーナスや福利厚生の面でかなりの差があって、これはさすがにといけないと思い、給料と福利厚生がしっかりした職場を探して転職活動を始めました。

まさかのパチンコ店からのスカウト

転職サイトに登録したところ、福利厚生と給料の条件がよかったパチンコ店が検索結果に出てきました。私自身はパチンコをしないので、最初はまったく興味がなかったのですが、偶然にも保留にしていたその会社の採用担当の方からスカウトメールをいただいたんです。こちらが登録した情報を見られているのかと思うくらいドンピシャなタイミングだったので、これも何かの縁かなと思い、一度話だけでも聞いてみることにしました。

面接で話を聞くと、自分がイメージしていたパチンコ店の体制と、実際に企業が取り組んでいる姿がまったく違っていて、世間一般のイメージと企業の取り組みには乖離があると気づいて、転職を決めました。しかし、この時点でもデザインにはまったく触れていませんでした。最初の職場では、接客をしたり、玉を運んだりといった、いわゆるホールスタッフの仕事をしていました。

デザインは「理不尽な一言」から始まった

上司から「ポスターも作れるやろ」の一言

約一年半ほど普通にホールスタッフとして働いたあと、新しくオープンするお店のオープニングスタッフとして配属されることになりました。当時のパチンコ業界は、今ほど規制が厳しくなく、派手なイベントが頻繁に開催されていた時代でした。周りのお店がどんどんイベントをやってくるので、対抗するにはこちらもやらないといけない。その一方で、デザイン会社に発注していると時間がかかって対応しきれず、社内で何とかしないといけない、という話になったんです。

前職の販売の仕事をしていたころ、会議資料を作るためにエクセルで表を作ったりはしていました。パチンコ店に転職してからも、ちょっとした資料作成くらいはやっていたんです。しかし、新店舗の店長はパソコンにまったく疎い方で、私がパソコンを触っているのを見て「パソコンが使えるなら、ポスターも作れるやろ」という、いま思えばちょっと謎なロジックで判断されてしまいました。ホールから急に事務所に呼ばれて「これで作れ」とデザインソフトを渡され、「できるまで帰るな」と言われたんです。いまで言えばパワハラ的なところもあったと思いますが、そうして予期せぬ形でデザインの仕事が始まりました。

社内デザイナーとして10年

わからないなりに続けてきた

会社の指示なので、わからないなりにデザイン業務を続けているうちに、それなりのスキルが身についていきました。気づけば約10年間、社内デザイナーとしてそれなりの形になっていたと思います。

代替わりで居場所がなくなっていく

しばらくして会社が代替わりし、前社長が退任して息子さんが後を継ぐことになりました。新しい社長の考え方では、社内にデザイナーを抱えるには常にデザイン案件が社内にあることが前提になります。当時は国の規制が厳しくなってイベントができない状況になっていて、デザイン案件も以前ほど多くはありませんでした。新社長は社内デザイナーの必要性に疑問を持ち、社外で対応したほうがよいと判断したようです。

私自身、自分の存在価値がなくなってきたように感じて、会社に居場所がなくなりそうだと思いました。転職も考えたのですが、年齢が上がっていたぶん新入社員の初任給では家族を支えられず、金額的にかなり厳しい状況でした。

独立という選択

会社の外でも通用するのか

10年間、社内デザイナーとしてそれなりにやってきたつもりでも、自分のデザインが本当に世の中で通用するのか、できると思っていたのは会社の中だけだったのではないか、という疑問がずっとありました。

一度きりの人生だから

人生は一度きりなので、一度そういうことにチャレンジしてみてもいいのではないかと思い、会社を辞めて独立することにしました。

いまの仕事と、お客様との向き合い方

約60社とのお付き合い

いまは合同会社Morimoto Design Officeとして、デザイン全般の制作から、ホームページやウェブ系デザイン全般までを手掛けています。ホームページを作りたいけれど作れない、どうすればいいかわからない、時間がないという方々の話に耳を傾けて、形にすることを大事にしています。お客様は地元の方もいれば、インターネットを通じて全国の企業の方もいらっしゃいます。インターネットがあれば、どこからでもつながることができますから。クライアントの数は、感覚的にはだいたい60社くらいかなと思っています。

ラフ案を求めない理由

お客様の立場に立つことは、いつも大事にしています。デザインを依頼される方は、わからないから依頼しているんです。多くのデザイン会社は、お客様にラフ案や構成案を求めます。それはデザイン会社側が作ったものとの齟齬をなくすための、いわばすり合わせです。しかしながら、依頼するお客様はそもそもラフや構成案が作れないから、私たちに投げているのだと思っています。ですから私は、それらを最初から求めず、一旦何かを作ってみることを意識しています。無駄撃ちになる可能性は高いのですが、まず作るところから始めるようにしています。

これから目指す先

デジタルが苦手な人の力になりたい

正直、いまはAIが主流になってきているので、この仕事をこのままずっと続けていくのは難しいだろうと感じています。ですが同時に一貫して思っているのは、パソコンやデジタルデバイスに疎い方に寄り添うようなことをしていきたいということです。たとえば、農作業をされていて売り先がないという農家の方に、オンラインでの販売方法をアドバイスしたり、パソコンがうまく使えずに手書きでポスターや案内板を作っている方の手助けをしたりすることを考えています。あわせて、私自身がノースキルの状態から独学で勉強していまのポジションに来ているので、そのノウハウを副業を始めたい方や、これからスキルを身につけたい方に伝えて、サポートできるようなこともしていきたいです。

満足してもらうことが一番

仕事の原動力は、基本的にはお客様に満足してもらう、喜んでもらうことが一番で、その次に生活のため、という順番です。いまは、会社は私ひとりで運営しています。

フリーランスという働き方のリアル

自由と不安定は表裏一体

正直なところ、楽しいと感じることはあまりないと思います。会社員だったころに比べると、勤務時間はかなり多くなりました。私自身は会社や社長というよりは、世間で言うフリーランスに近い感覚でやっています。自由な働き方がもてはやされる部分はありますが、正直なところ時間管理も仕事の管理もすべて自分でやらないといけませんし、収入も不安定です。自由に時間を使えるという意味ではよいかもしれませんが、その一方で無限に仕事もできてしまいます。いまはひとりでやっているぶん、受けられるキャパシティには天井が見えていて、オーバーフロー状態になることもあります。

若い世代へ伝えたいこと

やりたいと思った瞬間を逃さない

私自身、遅咲きのような感覚でやってきているので、今からでもやれることはまだまだたくさんあると思っています。ですが、やれると思ったときにやらないと、おそらくずっとやらないままだと思うんです。可能性はまだまだあると思うので、積極的にやりたいと思ったタイミングを逃さずにチャレンジしてほしいです。

相手を思いやる気持ち

社会に出るにあたって意識してほしいのは、相手を思いやる気持ちです。どうしても自分中心になったり、自分の利益を優先してしまったりする部分があって、自分が自分がとなっているところが多いように感じます。人のために自分が尽力させていただく、という姿勢があるとよいのではないかと思います。大きなことはできませんが、パソコンが苦手な方、デジタルが苦手な方に寄り添うような形で、これからもやっていきたいです。

編集後記

森本さんのお話を聞いて、印象に残ったのは「できるまで帰るな」という一言から、まったく知らなかったデザインの世界に飛び込んでいったという経歴でした。学生起業をかじっている身としては、経験ゼロから独学で道を切り拓いていく姿勢に、率直に励まされました。ラフ案を求めずにまず作ってみる、というお客様への向き合い方にも、相手の立場に立つ大切さを教えてもらった気がします。デジタルが苦手な方に寄り添いたいという言葉は、これからの時代にこそ必要な視点だと感じました。