学生時代は、目の前の遊びとバイトだけ
就職活動はしなかった
今振り返ると恥ずかしい限りですが、当時は学校生活や勉強を通じて社会にどう貢献するか、といった意識はゼロでした。将来のことよりも、その瞬間瞬間の遊びやバイトに、とにかく夢中な、どこにでもいる普通の学生だったんです。
実は、就職活動すらしていなかったんです。卒業後もしばらくは、これといった進路も決めずに過ごしていて、最初に入った会社を選んだのも、単純に「家から近かったから」という理由だけ。そんな偶然のようなきっかけから、この業界でのキャリアがスタートしました。
ものを作ること自体は、当時から好きでした。けれども、それを仕事にするということには興味がなかったです。そういう意識のまま社会に出たので、そこから、いろいろ大変なこともありましたね。
働き始めてからも、楽しいというよりは辛いけれどしょうがない、気合と根性だけでやっていました。今とは、モチベーションのあり方がまったく違いますね。
業務命令で韓国へ、器用貧乏な20代
サムスンで装置を立ち上げた
最初に入った会社で、業務命令で韓国に行くことになりました。製造系の設備を作る会社で、サムスンの工場に大きい設備を立ち上げに行くという仕事です。世の中を完全に甘く見ている若者でしたので、非常に苦労しました。
15年から20年ほど前、スマートフォンが流行り始めた時代で、ちょうどGalaxy(ギャラクシー)シリーズが出始めた頃です。よく見かけるようになった折りたたみ式のスマートフォンですが、私はあの有機ELディスプレイを作る装置を扱っていました。ディスプレイの供給自体は、今もサムスンが手がけているのではないかと思います
現地のお客さまとは通訳を介してのやり取りでしたが、現場ではめちゃくちゃな英語と韓国語と日本語を無理やり使ってコミュニケーションを取っていました。一年の三分の二ほどを韓国で過ごしていて、文化の違いもあり、あらゆる面で大変でしたね。
チームで動く経験を得た
この経験で得たものは大きかったと思います。従来、機械業界では一人のエンジニアがシステムを構築するというパターンが多かったのですが、大規模なシステムになるとチームでプロジェクトを進める必要が出てきます。IT業界ではよくあることですが、設備業界ではめずらしいパターンで、それを体験できたのは今につながっています。
独立のきっかけは「退屈」だった
ユーザー側で見えた業界の構図
会社を立ち上げたのは2022年です。装置メーカーなどのシステム開発側を数社経験したあと、最後に入ったのが、その設備を実際に使うエンドユーザー側の会社だったんです。開発するSIer側と、それを使うユーザー側。両方の立場を経験したことで、業界の全体の構図がクリアに見えてきました。そうなった時、ただシステムを使うだけの側に留まり続けるのではなく、「この業界で、自分自身のビジネスを仕掛けてみたい」と強く思うようになったのが、本当のきっかけです。
ビジョンより先に行動した
当初、こういうサービスをやりたいという明確な思いがあったわけではありません。独立起業する上でできることをやっていこう、というくらいです。いろいろ苦労もしましたが、その中でだんだんと目指したい方向が定まっていきました。最初からビジョンがあったわけではなく、とりあえず外に出てみようという感覚でした。
収入面では、会社の中でしかやってこなかったので不安がありました。営業活動をしたこともないエンジニア一筋でしたので、どのようにお金を稼ぐのかという基本的なところもわからない状態でした。私は生きていけるのかという不安な状態がありました。経営や営業のことは、独立してから努力だけで身につけてきています。
口コミだけで仕事が途切れない理由
ニッチだからこそ需要がある
営業は、結果的に口コミだけでやってきました。知り合いからの紹介です。私の業界は非常にニッチで特殊なエンジニアリングをしているので、こういう設備をコントロールできる人がそもそもあまりいません。エンドユーザーが「こういうものを作れる人がいないか」と探していて、商社の方などが「作れる人を知っている」とつないでくださる、という流れで仕事が来ます。
大企業がやらない小さな仕事
需要と供給のバランスで言うと、少しおかしなことになっているかもしれません。細かいニーズはたくさんあるのですが、それを大企業がやるかというと、まずやりません。大企業は大きい仕事しかしないので、小さな仕事はいくらでもあります。少人数だからこそつかみに行ける仕事がある、というのが強みのひとつですね。
大きな機械を動かす仕事
川のゲートも、私たちの仕事
エンジニアリングというと、若い方は特にIT系をイメージされると思いますが、私たちの仕事はどちらかというと、大きな機械を動かす仕事です。たとえば、川にある大きなゲートが水の量をコントロールしていますが、それを動かすプログラムやシステムを作るのも私たちの仕事です。ゼロから作ることもあれば、修理や改造をおこなうこともあります。
フィジカルAIも守備範囲
IT系やWeb系がデータや画像を処理するのに対して、私たちのエンジニアリングは形あるものを扱います。ロボットもそのひとつで、最近はフィジカルAIと呼ばれる領域も含みます。従来のロボットは、ものをどこに置くかをあらかじめプログラミングで覚えさせる「ティーチング」をおこないますが、フィジカルAIはロボットが自律的に状況を判断して、カメラで見た情報から動きを決めるものです。
もっとも、ここでお話ししたような大規模でハイスペックな案件は、実際にはとても限られています。大手のシステムインテグレーターが力を入れている領域で、開発にお金も時間もかかるため、私たちの規模ではあまり手を出していません。
工場の裏側を支えている
私たちに一番ニーズが多いのは工場です。たとえば食品製造工場では、グミやお菓子の原料を練ったり、押し出して形にしたりする機械が動いていますが、人が手作りしているわけではなく、機械が作っています。その機械を動かすプログラムを、私のようなエンジニアが作っています。
エレベーターの制御も、近い領域です。世の中には目に触れないところで、設備制御という仕事がたくさん動いています。地元・新潟のような地方では、名古屋のように自動車産業を中心にエンジニアが集まっている地域と違って、私のようなエンジニアがほとんどいません。そのぶん、川のゲート制御から、JR(ジェイアール)の踏切まわりの融雪システム、研究所の特殊な機械の制御まで、あらゆる産業の案件が飛び込んできます。
AIは積極的に使っている
要件定義から活用している
業界全体で見ると、AIの活用度はかなり低いのが実情です。物理的なものを制御する領域は、AIが最も得意とするデータ処理が中心のWeb系とは、活用の進み方が違います。それでも、私自身は積極的にAIを使っています。コーディングの前段階である要件定義でAIを使いながら進めていますし、プログラムを書く段階でもAIの補助を借りて、なるべく自動化しています。
採用で大事にしていること
好奇心があるかどうか
新しく仲間を迎えるとき、一番大事にしているのは好奇心があることです。世の中にないものを作ることに楽しみを見いだせる人であってほしいと思っています。技術は、そのためのツールとして後からついてくるものだと考えています。
理系である必要はない
論理的思考はどうしても必要になりますが、学生時代の専攻が理系である必要はまったくないと思っています。実際、私自身は理系出身ですが、今の業務で使っている知識や経験は、学生時代に理系だったから得られたものではなく、社会に出てから好奇心を持って身につけてきたものです。先天的に理系である必要はない、というのが実感ですね。
大手にはない強み
川上から川下まで経験できる
大手の電気系・エレクトロニクスの会社にも、設備を動かす子会社があります。その中で気づいたのは、大きな案件を取っても、実際の構築段階になるとどんどん下請けに流れていき、最終的に実装しているのは私くらいのレイヤーのエンジニアだったりします。大手に入ると、いわゆる「パワポエンジニア」になりがちで、企画や上流工程だけを触ることになり、現場でものを動かしたり、お客さまの生のリアクションを感じたりする機会は少なくなっていきます。
その点、弊社のような会社であれば、川上から川下まですべてを経験できます。独立したい方や、自分で何かをやってみたい方にとっては、圧倒的に力がつく環境だと思います。大手の学歴や経歴のある方とお話ししても動じないのは、私自身が現場でずっと機械やデータ、人と向き合ってきたからです。
大手案件も実は担っている
実際には、弊社でも元請けが三菱重工業のような大手企業の大きな案件を担うこともあります。「川上から川下まで」というのは決して小さい仕事だけという意味ではなく、大手の案件であっても、最終的な実装を担う立場として関わっているということです。
ビジョンはなくていい
開き直ってこのまま行く
このビジネスで何を成し遂げたいか、という壮大なビジョンをはじめから掲げているわけではありません。それよりも、目の前の課題を一つひとつ確実に解決していくことの方が、今の私たちにとっては重要だと考えています。ずっと行動力一筋で生きてきましたし、このままのノリで続けていきたいと思っています。
やりたいことがなくて悩む学生も多いと思いますが、悩まなくてもいいと思います。無理にビジョンを言葉にしようとしなくてもいいです。私自身、若い頃は力がないことが不安で転職を繰り返してきましたが、その中で力をつけていくうちに、自分は自分らしくいていいのだと思えるようになりました。今は、ノービジョンでもいいと開き直っています。
制御エンジニアが輝ける会社に
評価されてこなかった仕事
これから会社を成長させていく上で大切にしているのは、エンジニアファーストという考え方です。設備業界では、機械と電気が分かれてきた歴史があり、その中でも電気やソフトウェアの領域は、扱いが雑にされてきたところがあります。それは今も変わっていません。私は、それを変えたいと思っています。制御エンジニアが輝ける会社にしたい、というのはこだわっている部分です。
組織はもっと大きくしたい
少人数のままでいいと思っていた時期もありましたが、何年かやってみると、規模を大きくしないとできない仕事があることもわかってきました。現在は、組織としてもっと強く、大きくしていきたいと考えています。
これから社会に出る学生へ
20代のうちに厳しい現場へ
20代前半のうちに、一度は厳しい現場に出ておいたほうがいいと思います。業種は問いません。30歳を超えてから厳しい現場に行くのは、精神的にも体力的にもきついものがあります。20代前半で一度擦り切れるような思いをして、それを乗り越えられた人は、圧倒的な自信と力を持てるようになります。
システムエンジニアリングの領域で言うと、業界の上流から下流までわからないまま自分の仕事を始めてしまうと、末端で利用されてしまうリスクもあります。ある程度、業界全体を見た上で独立するほうがいいと思います。まったく新しいビジネスを誰もやったことのない形で作るというのであれば、また別の戦略が必要になりますが、基本的には日々の実践の積み重ねこそが本質だと思っています。
フォローしてくれる会社を選ぶ
今の若い方は打たれ弱い、怒られ慣れていないという声も聞きますが、厳しい現場であっても、きちんとフォローしてくれる会社を選ぶのがいちばんだと思います。
編集後記
木原さんのお話を伺って、印象に残ったのは「ノービジョンでもいい」という言葉でした。ビジョンボードを作ったり、5年後・10年後を語ったりすることが正解のように感じていた私にとって、行動しながら方向を見つけていくという姿勢は、新鮮な学びでした。川のゲートやエレベーターなど、普段目にしていても意識しない場所に、エンジニアの仕事があるという話も印象的で、自分の視野の狭さに気づかされました。厳しい現場に若いうちから飛び込む大切さも、心に留めておきたいと思います。