インタビュー

文学を、次の100年へ届けるために、出版社と違う仕組みを作った

株式会社深水社 代表取締役 深谷冬青
PROFILE
株式会社深水社 代表取締役
深谷冬青

株式会社深水社で代表取締役をしている深谷冬青です。文豪の稀少作品を発掘・保存し、次世代へ継承する事業を手がけています。漱(そう)アーカイブ、漱文庫、地域文化事業の3本柱で「文学を、次の100年へ」というテーマに取り組んでいます。

商業出版では拾いきれない文学がある

出版社で異色のキャリア

私自身は新潮社という文芸出版社の出身で、15年ほど勤めました。出版業界の中でも割と変わったキャリアで、出版における新規事業開発が一番長いです。電子書籍市場がまだなかった時代に、紙の本しかない出版界へ電子書籍を持ち込むのがものすごく大変だった時期がありまして、そういった電子出版やアプリ、データベースなど、紙の本ではない新しい形の出版に長く関わってきました。同期は出版社らしく、文芸編集者や週刊誌の記者をしていたので、出版社の中では珍しいキャリアだったと思います。

日の目を見ない稀少作品

きっかけはその同期の1人から聞いた話でした。文学研究者の先生方から、書籍化もされていない、全集にも収録されていない稀少な作品の報告が寄せられている。以前は文芸誌に載せることもできたのですが、それが難しくなってきた。見つかるものもそもそも短くて、1冊の本にはならない。出版業界が厳しくなる中、既存の商業出版の仕組みでは拾いきれない。価値はものすごく高いとわかっているのに、日の目を見ることがないまま担当者の手元にただ溜まっている。非常に忸怩(じくじ)たる思いを聞かされたんですね。

単純にもったいないと思いました。価値があるのはわかりきっている。既存の仕組みで拾いきれないのであれば、出版社と違う仕組みを作ればいいのではないか。今までやってきた新規事業開発の経験も使えるだろうと。文学作品を継承するための新しい仕組みを作ろうと考えて、この会社を立ち上げました。

理念を曲げずに会社を続ける

エンタメ化を選ばなかった

起業してから一番苦労したのは、会社を存続させつつ、自分の理念をどこまで通すかというところでした。漱アーカイブはサブスクリプション型の事業で、主な利用者は大学の文学部の先生や研究室、図書館です。一度会員になっていただければ継続的な利用が期待できる一方で、会員数を積み上げていくには時間がかかります。正直、収益の柱として育つまでには相当な時間がかかるのではないかと感じています。

文豪をゲーム化したり、キャラ化したりするようなエンタメ展開のお話をいただくこともありました。一瞬考えもしたのですが、私は文学を一時的に広く消費してもらうのではなく、継承していきたい。エンタメ化すると一気に広がるものの、消費されて終わってしまい、残らない可能性が高いのではないかと。どうしてもそこには足を踏み入れられませんでした。

ただ、売上が立たなければ会社は潰れるし、そうなれば文学を継承することもできなくなる。それでも、自分が体重をかけてできないことを売上のためにやるのも、今はまだ違うかなと思いまして。本丸を守るために、理念を曲げずに売上を作れる事業をどう作るか。ここに一番苦労しました。

たどり着いた地域文化事業

その中でなんとかたどり着いたのが、3つ目の事業である地域文化事業です。文学の発掘調査で培ったスキルと専門家とのネットワークを使って、地域に眠る歴史や人物、伝承を掘り起こし、まちづくりに生かしていただく。たとえば謎解きイベントのネタを地域の歴史から作ったり、小学校の探究学習の企画を支援したり。地域の足跡をたどるとか、神社の祭りの起源を調べるとか、地域研究や教育に使える素材を、確かなエビデンスを持って提供しようとしています。文学だけでなく文化全般へ、研究者から地域の方々へと幅を広げて、理念を曲げない範囲で新たな事業に取り組んでいるところです。

保存の先にある「本当の継承」

記録ではなく記憶に残す

データベースに大事に貯めていけば、記録としては残るかもしれない。でも継承というのは、人の記憶に残って伝わっていくことだと思っています。

普段あまり本を読まないという人でも、小・中学生のときに国語の教科書に載っていた芥川龍之介や太宰治、夏目漱石は知っている。子どもの頃に学んだものは大人になっても覚えているし、その土地の人が「オラが町の誇り」のように感じるものは世代を超えて残っていく。文学も同じで、その土地の文化として人の中に刻まれて、次の世代に語り継がれていくことで、初めて本当の意味での継承になるのではないかと考えています。

最終的な目標は、私が死んだ後もこの仕組みが使い続けられることです。次の100年、そのまた次の100年と文学を引き継いでいける仕組みを生きているうちに作っておきたい。

1人ずつ、1校ずつ広げる

今は漱アーカイブをどう広めていくかが一番の課題です。日本近代文学会や昭和文学会といった、研究者の先生方が所属される学会がいくつかあります。まずはそういうところで宣伝・告知をして知ってもらい、大学に持って帰っていただいて、研究室単位や図書館で導入を検討していただいています。また、先生1人にお会いしたら、興味を持っていただけるような別の先生をまた紹介していただく。地道ですが、1人ずつ、1校ずつ広げているところです。

やれば勝てるゲームを取りに行く

超イージーゲームの発想

夢のないことを言うようですが……学生のみなさんがこれから社会に出たら、理不尽との戦いが待っていると思います。才能がない、実力がない、時間がない、立場がない、経験がない、お金がない——いろんな理由でできないこと、叶わないことが山ほど出てくる。努力したからってどうにもならないことがたくさん出てきます。

でも逆に、自分がやりさえすれば前に進むことも実は結構あるんです。それはものすごく勝率が高い。やればできるので。めんどくさすぎて誰もやってないとか、時間がかかるからみんな避けているとか、そういうものはやっただけで一歩抜けられる。私はそういうものを「イージーゲーム」と呼んでいます。

どのみち世の中には自分の力だけではどうにもならない難易度の高いゲームがたくさん待っているので、だったら勝率の高いゲームは取りに行った方がいい。そこでひとつ勝つと「自分にできた」という実績が残って、小さな勝ちが1個ずつ自信になって積み上がっていきます。なんとかやる気を起こして頑張るというよりも、「これ、やれば勝てるゲームなんじゃない?」と発想を転換してほしい。やればいいだけなら、超イージーゲームです。

編集後記

「文学を、次の100年へ」という壮大なテーマを掲げながらも、深谷さんのお話はとても地に足がついていました。エンタメ化すれば短期的に広がるけれど、「消費されて終わる」。理念を守りながら会社を存続させるために第三の道を見つけ出したというお話から、経営の厳しさとおもしろさの両面を感じました。「イージーゲーム」という考え方もとくに印象に残っています。努力しても報われないことがある現実を認めたうえで、「やれば勝てるゲームは取りに行こう」と言い切る姿勢は、就活やキャリアに向き合う自分たちにも大きなヒントになると感じました。自分に合ったキャリアの見つけ方も参考にしてみてください。