失恋から始まったエストニアへの道
ノリで決めた2社目の起業
株式会社シュタインズは、私の人生で2社目の会社です。もともと海外の大学院に通っていて、在学中に現地の案内や日本企業と現地をつなぐ事業で起業していました。大学院を出たあとは、フリーランスエンジニアとして案件をもらいながら、趣味でVRをやっていたんです。VR空間に学校や美術館をつくったり、言語をシミュレーションで学べるアプリを開発したり。それを小さなビジネスコンテストで発表していたときに、たまたま来ていたのが今の共同創業者でした。
起業へのハードルはゼロ
ご飯に誘われて「お金を出すから起業したほうがいい」と言われたんです。最初は断ったんですけど、もう1度熱く説得されました。他にやることもないし、じゃあ起業でもしますか、というノリで立ち上げました。就職経験もないので、脱サラしてリスクを背負うような雰囲気もまったくなかったんですよね。日本だと、起業は後戻りできないリスクのある行動だと怖がる人が多いと思います。私はそういうハードルがゼロだったので、自然と起業という選択ができたのかもしれません。
勉強しない大学生だった
振り返ると、私の人生のテーマは「ぬるっと」なのかもしれません。大学では物理を専攻していたんですけど、勉強はまったくちゃんとやっていなくて、遊んでばかりで、借金もしていた、よくいるチャラい大学生でした。転機になったのは、半年だけ付き合っていた先輩に振られたことです。そこから2〜3年も引きずってしまいました。恋愛は「時間が解決してくれる」とよく言うじゃないですか。でも、いつになったら解決してくれるんだという状態になってしまったんです。
失恋を科学で理解した
そこで、人を好きになると脳や身体にどんな変化が起きているのか、論文や研究レポートを読み始めました。恋愛依存の人と薬物依存の人の脳の状態が似ているという研究もあって、2年も引きずっている自分はかなりやばい状態なんじゃないかと。調べるなかで、恋愛を数学で研究しているロンドン大学の数学者、ハンナ・フライさんを知りました。数学や物理のような学問が、恋愛や社会のシミュレーションにも生かされている、それが衝撃でしたし、自分の失恋も理解して乗り越えられた気がしたんです。
研究って面白いかもしれない
研究やアカデミアの世界は、自分が思っていたよりずっと面白いのかもしれない。そう感じました。海外の学者は見た目が派手だったり、パンクな雰囲気の人がいたりして、日本の学者のイメージとまったく違ったんですよね。小学生のころから洋画や洋楽が好きで、もともと外国への興味は強かったんです。物理だけでなく、恋愛のようなテーマを科学的に研究してみるのも面白いんじゃないか。そう思って、いよいよ本当に留学先を探し始めました。
学費無料の国、エストニア
ただ、親のお金を頼れず、自分のお金で行く必要があったため、イギリスやアメリカは学費が高く、不適切でした。そこで調べてみると、ドイツやフランス、北欧の国立大学の一部は学費が無料だったんです。これはぜひ学生のみなさんに知ってほしいです。そのなかでエストニアも無料で出てきて、「なんだこの国は」と目につきました。研究者を目指していたわけではなく、面白そうだから行ってみるかというノリでした。世界で1番美女が多いと聞いたのもあって、受けてみたら受かったので行った、という感じです。
データで個人投資家と企業をつなぐ
VRから金融の道へ
今の会社を起業した最初の頃は、VRで美術館のイベントなどいろいろやったものの、なかなかキャッシュにできませんでした。1年以上続けましたが、さすがにほかのことをやろうと思いました。共同創業者は株が1番強い領域で、私はエストニアで経済物理や社会物理といった、数学や物理でデータを分析する研究をしていました。彼の株の力と、私の定量的な分析力を掛け合わせようという話になったんです。ちょうどNISAも始まり、金融教育の需要も高まるだろうと考えて、金融の教育とデータの領域に舵を切りました。
分析記事からIR支援へ
最初は自社のオリジナルメディアで注目銘柄をピックアップして、財務を分析したり、理論株価を数学的に算出したりする記事を出していました。すると、取り上げた企業の担当者からSNSで連絡が来たんです。IRは投資家に向けて「うちの株を買ってください」と伝える、すごく地味な世界の仕事。そのIRを手伝ってほしいと言われ、発信の仕方や資料のつくり方を支援するうちに、この分野は需要がありそうだと感じました。知り合いのつてや紹介で同じような支援を続けるなかで、徐々に認知も広がっていきました。
個人投資家目線が強み
今は、データを活用したIR支援と教育の2つが中心です。日本証券新聞さんと組んで個人投資家向けのセミナーに教育コンテンツを乗せたり、IR効果の定量的データ分析や、集まった投資家のQ&Aのデータを整理して企業にフィードバックしたりしています。時価総額500億円に届かないような企業は、機関投資家にはなかなか株を買ってもらえません。ただ、個人と機関投資家では見ている視点が違うのに、企業側がそこを理解できず、事業の説明を難しくしてしまうことも多いんです。私自身も趣味で株をかなりやるので、個人投資家の目線でサポートや分析ができる点は大きな強みだと思っています。
株を「スポーツ」にする未来
個人投資家のプラットフォームへ
将来的には、個人投資家と企業のIRをつなぐプラットフォームになれたらいいなと思っています。日本は個人投資家向けの使いやすいサービスが少なく、分析ツールはたくさんあっても、正直いらないなと感じるものが多いんです。企業に質問するのにいちいち電話をかけなければいけなかったり、専業の人は決算期に1日何百社も業績を見なければならなかったりします。日本のフィンテックは家計簿や決済が中心で、株に関するサービスはまだ少ないので、できることを片っ端からやっていきたいですね。
金融をエンタメに広げたい
もう1つは、金融をエンタメの領域に広げていくことです。IRや株のデータ分析は硬い印象がありますけど、私はもともとシミュレーションゲームが好きで、株はもっとスポーツっぽくなるんじゃないかと勝手に予想しているんです。eスポーツのように、期間を区切ったリーグ戦でパフォーマンスを競うようなイメージです。株に限らず、FXや仮想通貨でもいいと思っています。実際、松井証券さんが学生向けに、30分間の1対1で勝敗を競う対戦リーグをやっていて、こういう流れが来るなと感じました。
AI時代の株は「ゲーム」に
アメリカでは取引の7割がアルゴリズムでおこなわれ始めていて、2026年12月には取引時間もほぼ1日中に広がろうとしています。人間がやれる時間を超えてしまうと、AIエージェントによる自動取引が当たり前になっていくと考えています。個人投資家も生成AIで銘柄を分析していますけど、みんな同じモデルを使えば似た結果が出て、お金の集まる先も同じになる。そうなると個別株でもインデックスと大きな差が出にくくなり、10倍になるような銘柄も減っていくのではないかと思います。スポーツが肉体労働から競技になったように、株もゲームとして楽しむものになるのかなと思っています。
Fスポーツで金融教育を
今は勝手に「Fスポーツ(ファイナンシャルスポーツ)」と呼んでいて、こういうものができれば、株をもっと気軽に、面白く始められるはずです。アメリカでは、どちらのチームが勝つかを株のようにトレードする予測市場のサービスも伸びています。日本では賭博にあたらないよう、リアルマネーを使わないなど別の方法を考える必要があるんですけどね。それでもゲームやエンタメとして楽しめれば金融教育にもなりますし、自分のお金を使うことに抵抗がある人も入りやすいと思います。
学生へのメッセージ
つまらない制約はガン無視
私は20代の半分を海外で過ごし、就職もしていないので、社会との接点は外国でのほうが早かったんです。そのうえで伝えたいのは、つまらない制約は受け入れなくていいということ。学生起業でも、意外と型にはまった、40代のおじさんがやりそうなビジネスをしている人を見かけます。それなら就職したほうがいいんじゃないかと思ってしまいます。周りに言われたからなのかはわかりませんけど、つまらない制約や妥協はとりあえず無視でいいですし、おじさんの「自分のフィールドに引きずり込もうとする」ようなアドバイスも基本的に聞かなくていいと思っています。
実績はむしろ捨てていく
実績を1つずつ積み上げていこうという話はよく聞きますけど、私はむしろ捨てていったほうがいいと考えています。いい大学を出て、いい企業に勤めて、その実績を使って新しいことをやるのは手堅いのかもしれません。でも、その道から出られなくなる人も多いんです。たとえば宇宙系をやりたいとか、まったく新しい分野に挑むなら、過去の実績やプライドは関係なくなります。むしろ邪魔です。ひたすら飲み会を盛り上げるような場面だって必要なときはあるので、プライドは捨ててガンガンやりましょう。
文系・理系のラベルは不要
海外に行って1番感じたのは、文系・理系・体育会系・芸術系といったラベルはまったくナンセンスだということです。エストニアでは、大学の授業が終わった18時から20時に、学生がPythonのコーディングクラブを開いていました。ピザを持ち寄って、できる人が初心者に教えていました。私もそこで初めてプログラミングを始めたんですけど、文系の人もたくさんいました。ハッカソンにもデザイナーやマーケター、近所のおばちゃんが参加するくらいノリが軽く、「自分にはできない」という発想があまりないのだなと感じました。
やりたいなら全部やればいい
ラベルを貼ることで、自分の思考のスペースが狭まってしまうのはよくないと思っています。ビジョン図鑑を読んでいる学生には、起業家になりたい人が多いのかもしれません。でも、起業家になりたい、エンジニアになりたい、アーティストになりたいと1つに絞るより、その全部であっていいんじゃないかと。時代的にも今はそれぞれの分野の境界がよくわからなくなっているので、すでに存在しているものを目指さなくてもいいと思います。全部やりたいなら、全部やればいいんです。
留学するなら2年以上
もう1つ付け加えると、外国には行ったほうがいいです。学費無料で行ける国もあるので、お金がなくても英語さえ勉強すれば行けます。行くなら最低でも2年以上行くのがおすすめです。1年くらいだと、外国のいいところだけ見て終わってしまうためです。2年目くらいから生活に慣れて、現地の嫌な部分も見えてきます。私は大学の外でテニスをやっていて現地の大会にも出ていたので、学生以外とも関わりが多くありました。地元のフットサルに参加するなど1歩外に出ると、生活水準を含めてさまざまな世界が見えてきます。
理系こそ留学しやすい
私も理系でしたけど、実は理系のほうが留学しやすいんです。社会学や哲学だと、現地の文化を理解したうえで英語でディスカッションしなければならないので、かなり難しそう。でも理系は数式が世界共通なので、最初は何を言っているかわからなくても、黒板に書いてあることはわかるんです。授業にもついていけますし、勉強熱心であれば何も問題ありません。行ってしまえば意外となんとかなるので、とりあえずチケットを買って行ってみることをおすすめします。
編集後記
「ぬるっと」というキーワードが印象的なインタビューでした。失恋をきっかけに論文を読みあさり、学費無料という理由でエストニアへ渡り、誘われるままに起業する。一見流れに身を任せているようで、要所の意思決定はすべてご自身でされている点に、齊藤さんの芯の強さを感じました。とくに「実績はむしろ捨てていく」「全部やればいい」という言葉は、肩書きや進路のラベルにとらわれがちな私にとって大きな刺激になりました。私自身も理系で大学院進学を考えていましたが、海外という選択肢は頭にありませんでした。学費無料の大学院について、さっそく調べてみたいと思います。