父の事務所からの独立と税理士の枠を超えた挑戦
36歳で父の事務所から独立
父が税理士だったこともあり、私は20代のころに父の税理士事務所へ入所しました。10年ほど一緒に事務所の経営をしてきたんですけど、経営方針の違いから父とぶつかってしまって。最終的には喧嘩別れという形になったんです。父の事務所であり、私の事務所でもあった場所を抜けて、36歳で単独の事務所を構えました。それが独立、起業のスタートですね。
財務コンサルに特化した理由
独立したとはいえ、私は税理士業界にあまり魅力を感じていなかったんです。税理士という資格は持っているけれど、やりたかったのは資金繰りのコンサルタント、企業の財務コンサルでした。一般的な税理士事務所は、領収書や請求書を預かって年に1回決算を組み、税務申告をするのが仕事です。私たちはそうではなく、お客さまの会社の業績をよくするためのコンサル事業にフォーカスして、ずっと進めてきました。
YouTubeへの挑戦と継続
YouTubeを始めたのは3年9カ月前です。実はその前に、半年間YouTube講座に通っていたんですよ。といっても知識はまったくなく、やるかどうかも決めていませんでした。講師の小山 竜央さんの話を聞いてみたくて、興味本位で受けに行ったんです。そこで小山さんに「菅原さんなら簡単に伸びるからやった方がいい」と言われて。「1年で10万人いきますか」と聞いたら「そんなの簡単だよ」と。それならやります、というノリでした。毎日投稿した方がいいというアドバイスも受けたので、撮影や編集はすべて業務委託にして、毎日投稿を続けたんです。すると4カ月で登録者10万人を達成し、そこから今まで1週間に1万人くらいのペースで増え続けています。
規模より質、日本一を目指す組織
来月の支払いができない危機
私はポジティブ思考なので、苦労を苦労と思わないタイプなんです。あえて挙げるなら、創業3年目くらいのときに「来月の支払いができない」という状況になったことですね。資金繰りのコンサルをやっている私自身が、お金に困っていたわけです。銀行に「1カ月でいいので貸してください」と頼み込み、「今回だけですよ。二度とこんな急な依頼はしないでください」と怒られながら借りました。原因はお金の使い方です。人をたくさん採用して、人件費がかさんでいたんですよね。
規模より質
独立したときは「10年で100人規模の会社にするぞ」という思いでスタートし、一時は25名ほどまで増やしました。税理士業界では、スタッフ数が多いと成功者のように見られる傾向があります。私もそこを目指していたんですけど、事務所が大きくても質が高いとは限らないと気づいて。それなら規模より質を求めよう、どうせなら日本一の質を目指そうと考えました。目標にしたのは、日本一顧問料を高くいただける税理士事務所です。そこから少数精鋭の組織にしていき、今は6名体制です。おそらく日本一顧問料が高い税理士事務所になれたと思います。
顧問料は一般的な10〜20倍
一般的な税理士事務所の報酬は、法人で年間50万円ほどです。弊社は年間500万〜1,000万円と、10倍から20倍ほどになります。そのぶん、お客さまとは必ず資金繰り戦略や経営会議をおこない、事業計画も一緒につくっています。お客さまの会社の中にある資金戦略部門のような立ち位置で、がっつり入り込んでいるんです。たとえば1,000万円いただいたとしても、私たちのサポートでそれ以上の価値を生み出せればいい。お客さまの業績が上がることに、本当にフォーカスしてきました。コンサルタント1人が担当するのは10〜15社ほどです。
仕事が大好きな人と働きたい
20代の方に、知識や経験はそれほど求めていません。そういったものは、あとからつくっていくものなので。それよりも大切なのは、仕事が大好きかどうかですね。プライベートの時間を大切にしたいから定時で帰る、という人とは一緒に仕事をするのが難しいと思います。今の時代には合っていないかもしれませんけどね。その分、報酬もしっかりお支払いしていて、弊社の社員の平均年収は3,000万円を超えています。今は採用もほぼストップしている状態です。
経営者が学べる場をつくる
実はもう5年ほど、新規のお客さまは1件も受けていないんです。既存のお客さまへの対応だけではこれ以上の拡大や成長が見込めませんし、私たちの仕事はどうしても属人的なビジネスになってしまいます。そこで3年前に立ち上げたのが、経営者向けの勉強会「SMG経営塾」です。私が講師を務める形なら、塾生が何人いてもそれほど労力は変わりません。今では塾生が2,700名になり、こちらのほうが大きな事業になっています。
落ちこぼれからの逆転劇
大学に入れなかった10代
学生時代は、正直ちゃらんぽらんでした。勉強がまったくできず、大学にはどこにも入れてもらえなかったんです。専門学校に進んだものの、そこも中退しています。周りの友人はみんな大学に行ったのに、自分だけ行けなかった。そのとき初めて「自分みたいな人を落ちこぼれって言うんだな」と気づいたんですよ。これはかっこ悪い、どこかで逆転しないといけないと思い、19歳くらいから猛勉強を始めました。映画の『ビリギャル』の男版みたいな感じですね。大学受験ではないですけど、まさにあんな感じでした。
10年間の税理士試験
税理士試験は10年間受け続けたので、20代はほぼ勉強に費やしました。たまに遊びに行くと、やっぱり合格しないんです。「ちょっと遊んでいたから合格しなかったんだな」と反省して、最後に合格した年は気が狂うんじゃないかと思うくらい勉強しましたね。原動力は、負けず嫌いなところだと思います。周りの友人や父に負けたくなかった。地元の友人からは今でもときどき「お前がまさかこんなふうになるとは」と連絡が来ます。私自身も想像していなかったよ、と返しているんですけどね。
仕事が幸せな社会を日本中に
16年前に掲げたビジョン
私が16年前に掲げたビジョンは、「縁ある仲間が仕事をいきがいと感じ、人として成長し、幸せに感じる環境を日本中に広める」というものです。私は仕事が大好きで、ストレスを感じないんです。でも今の日本社会は、仕事=ストレスのようになっていますよね。働く時間が長いとブラック企業、休みが多いとホワイト企業と言われて、まるで仕事が悪いことのように扱われています。私は、仕事ってすごく幸せなものだと思っているんです。
職場環境をつくるのは経営者
仕事をストレスと感じるか、幸せと感じるかは、職場の環境しだいだと思っています。そして、その環境をつくっているのは何より経営者です。実は、仕事が原因で友人が自ら命を絶ったことがありました。仕事でそんな犠牲者を生み出してはいけない。社員が本当に仕事を幸せと感じられる環境をつくるのが経営者の務めだと、強く思ったんです。よい経営者とは、すべてを自分の責任だと思える人ではないでしょうか。社員や環境、政治や税金のせいにするのではなく、自責で考えられるかが大きいと思います。
塾生2万名を目指して
目指しているのは、社員が「この会社で働けて幸せだ」と言えるような会社を、日本中にたくさん生み出すことです。そのためには私自身が影響力をつけて、多くの経営者にこの考えを伝えていく必要があります。賛同してくれる中小企業が日本中に増えたらいいなと。SMG経営塾もそのための取り組みで、今2,700名いる塾生を2万名を超える規模にしていきたいと考えています。そうなれば、日本中に影響力を出せると思っているんです。
日本のものづくりへの期待
これから伸ばしてほしいと思うのは、やはり自動車産業ですね。日本には世界でも有数の自動車メーカーがあるのに、ヨーロッパに負けている部分もあります。自動車を中心としたものづくりには、ITやAIも関わってくるはずです。そこで世界をリードしてほしいと思っています。日本が海外に追い抜かれた大きな理由は、ものづくりを海外、とくに中国に委託してきたことです。委託された側はノウハウをどんどん蓄積し、自分たちで作らなかった日本にはノウハウが残らなかった。これは自業自得だと思います。
学生・20代へのメッセージ
一番を目指すと壁が来る
私には子どもがいて、同じことを伝えているんです。自分が勉強できなかったので、勉強しろとは言いません。勉強ができなくても、社会人としてやっていけますから。子どもたちに言っているのは、「何でもいいから一番を取れるものを見つけて、一番を目指せ」ということです。一番を取ってほしいわけではありません。一番を目指してチャレンジすると、必ず壁が来るんです。その壁にぶち当たったときのメンタルを鍛えてほしい。社会人になって活躍できるかどうかは、最後はメンタルです。理不尽なことは山ほどありますが、文句を言っても仕方がありません。それをぶち抜くくらいのメンタルで突き進める人になってほしいですね。
アンチ1人にファン10人
「出る杭は打たれる、出すぎる杭は打たれない」とよく言われますよね。YouTubeでこれだけ影響力が出てくると、やっぱりアンチもいるんです。でも私は、0からスタートしたときから「アンチが出てきてほしい」と思っていました。アンチが出てくるくらいでないと、影響力はつきませんから。アンチが1人出てきたら、ファンはおそらく10人くらい増えています。だからアンチも前向きに捉えればいい。どんなことでもポジティブに変換できるので、その技術を身につけたほうがいいと思います。
ポジティブ変換は練習できる
私は一時期、妻と一緒に「何があっても全部ポジティブな会話に変えていく」ということを、ゲーム感覚でやっていたんです。嫌なことが起きても、すべてポジティブに変換する。続けていたら、自然と身についていました。妻との関係もよくなって、今もいい関係です。家庭が安定していることは、仕事にもつながっていると思います。壁にぶつかっても、落ち込むことは本当にないんですよ。
編集後記
菅原さんのYouTubeは取材前から拝見していましたが、お話を伺って驚いたのは、大学に入れなかった「落ちこぼれ」から10年間税理士試験に挑み続けたという原点でした。発信の裏には、泥くさい努力の積み重ねがあったのだと感じます。また、規模より質を選び、少数精鋭で日本一の顧問料を目指すという判断にも、学生起業をかじる身として大きな刺激を受けました。「一番を目指すと必ず壁が来る。その壁でメンタルを鍛える」という言葉は、失敗を恐れがちな私たち世代にこそ響くはずです。私もまずは身近なところから、ポジティブ変換を練習してみようと思います。