インタビュー

病気で気づいた「自分発信」の大切さ。ゴリ押し営業をしない予約システム開発の道

病気で気づいた「自分発信」の大切さ。ゴリ押し営業をしない予約システム開発の道
PROFILE
合同会社タタタ 代表社員
田島 慎弥

「予約管理システム部 山田太郎」サービスサイト:https://yamadataro.jp/

学生時代|枠にはまらない高校生活

進学校なのに不真面目だった

長野県出身です。地元だとご存知の方も多いと思うんですが、いわゆるいい進学校に通っていました。長野県の人は結構みんな真面目なので、そのなかでは不真面目なほうだったと思います。学生の枠にはまらないような高校生活を送っていました。

大学でバイト漬けの日々

大学は東京都立科学技術大学というところで、今はもう東京都立大学に統合された大学です。もともと東京には都立の大学がいくつかあって、私が通っていた科学技術大学と保健衛生大学、都立短期大学の3つが都立大学に統合されました。

単科大学だったので一学年二百人ほどの、落ち着いた規模でした。正直なところ勉強はほとんどしていなくて、単位を取るためだけの大学生活で、基本はバイト、バイト、バイトという感じでした。

結果的には、その生活がよかったのかなとも思っています。力仕事から本屋さん、コーヒー豆屋さんまでいろいろなバイトを経験するなかで、仕事に対する責任感が身についたと感じているからです。

社会人時代|就職氷河期からフリーランスへ

堅い企業には刺さらなかった

大学では工学部の生産情報システム工学科にいたんですが、正直何を学んだかあまり思い浮かばないです。ちょうど就職氷河期の真っただ中の世代だったので、就職はかなりの狭き門でした。そのなかで唯一求人が多かったのがSE職で、経営工学を学んでいた学科だったこともあり、SEをメインに就職活動をしていました。

とはいえプログラミングの勉強はしていなかったので、何も分からない状態での就活です。性格が表面に出ていたのか、堅い企業にはまったく刺さりませんでした。面接では「お前は違うだろう」という目で見られて、最終面接まで進んでも最後に弾かれてしまうということが続きました。

最終的に就職させていただいたのは株式会社フジシステムズという会社です。当時はフジサンケイグループの傘下で、今は単独の企業になっています。テレビが大好きだったので、フジテレビ系の仕事ができるかもしれないという軽い気持ちで応募しました。

地上波デジタル化にも携わった

入社後、幸いにもフジテレビ関連の仕事を担当させていただきました。当時はまだアナログ放送で、ちょうど地上波デジタル放送を立ち上げていた時期です。他の民放局は外部発注している中、フジテレビは内省する方針で、その開発グループにフジシステムズとして参加しました。

プログラムはまったく分からない状態からのスタートでしたが、来る日も来る日もC言語を書き続けて、一年半で一万ステップ以上を書いたと思います。その後、この会社は一年半で退職しました。

六本木ヒルズでの三年間

次に転職したのはヤフー株式会社です。三年ほど在籍し、Yahoo!占いとYahoo! BEAUTYを主に担当していました。当時のヤフーは今のイメージとは違って相当な激務で、オフィスがまだ六本木ヒルズにありましたから、ほぼ三年間六本木ヒルズに寝泊まりしているような状態でした。朝四時に一度家に帰って、シャワーを浴びて着替えて、また十時に出勤するというような生活です。家で休んでいるという感覚はほとんどありませんでした。

大変な日々でしたが、今の自分があるのはヤフーでの経験があったからだと思っています。意識の高い方がたくさんいる環境で、仕事に対する姿勢を学ばせていただきました。

三ヶ月で退職、そしてフリーランスへ

その後、リクルートメディアコミュニケーションズに転職したんですが、思っていた業務内容ではなかったので三ヶ月で退職し、そのままフリーランスになりました。実は起業しようという考えはあまりなく、気づけば十年以上フリーランスとして仕事を続けていました。

もともとはプログラマーとしての仕事が中心でしたが、次第に開発チームのチームビルディングや開発コンサルティングのような仕事も手がけるようになっていきました。

創業のきっかけ|指定難病の発病がきっかけに

入院中に感じた危機感

弊社を立ち上げたのは2022年頃になります。実は当時、ネフローゼ症候群という国の指定難病を発病しました。今も完治はしていませんが寛解している状態で、普通の生活は送れています。ただ発病した当時は、一ヶ月ほど入院することになりました。

そのときに、このまま自分の人生が終わってしまうんじゃないかという不安と同時に、今の自分にやれることがあるんじゃないかという気持ちが湧いてきました。ネガティブなきっかけではあったんですが、危機感によって、フリーランスとしてズルズル続けるよりも自分発信のことをしたいと思い、当時関わっていた仲間に声をかけて起業したというのがきっかけです。

事業内容|予約管理システムを軸に

幅広い業種に対応する予約システム

弊社では「予約管理システム部 山田 太郎」という予約管理システムをほぼ一本で手がけています。加えて、システム導入時のウェブ制作を弊社のパッケージのなかで対応することもありますが、事業の中心は予約システムです。

可能な限り多くのお客様に利用していただけるよう、多業種に対応できるように設計しています。お客様の需要にできるだけ応えるというのが基本的な考え方です。

多様さゆえの使いにくさが課題

今後については、現状提供している予約システムがすべてではないと思っていて、お客様の需要に応えられるように、機能拡張やデザインのUI改善をしていくべきだと考えています。

課題として感じているのは、多種多様な業種のクライアントに対応している分、それがメリットでもありデメリットでもあるという点です。ある業種のお客様からすると必要のない機能が増えてしまい、それが使いにくさにつながっている部分があります。そこをどう改善していくかによって、弊社サービスの評価も変わってくるのではないかと考えています。

学生へのメッセージ|いろいろやってみることの大切さ

これはあくまで私の持論ですが、勉強もバイトも遊びも、本当にいろいろやってみたらいいんじゃないかと思っています。大学生活は社会勉強としての一歩だと捉えていて、特に地方から出てきて一人暮らしを始める方は、親元を離れていろんな経験を積める貴重な時期です。私もそうでした。だからこそ、いろいろなバイトや勉強、遊びなどを通じて社会勉強をしたほうがいいと思っています。

私の時代は理不尽な指示でも上司の言うことは絶対、というような感覚でやってきましたが、今の時代にはそぐわないと思います。もし理不尽だと感じることや納得できないことがあれば、なぜそれをやる必要があるのか、しっかり聞いてみるべきです。目的意識を持たずに言われたことをこなすだけでは意味がないので、そこはきちんと考える癖をつけたほうが自分のためにもなると思います。当時の私はあまりやっていなかったんですが、インターンなどもぜひ挑戦してみてほしいですね。

編集後記

進学校で真面目な地域柄のなか「逆に不真面目だった」という田島さんのお話から、就職氷河期、激務のヤフー時代、そして指定難病の発病という思いがけない転機まで、一つひとつのエピソードに引き込まれました。とくに印象的だったのは「ゴリ押し営業をしない」という事業へのスタンスです。理不尽な指示にも目的意識を持って向き合うというメッセージは、これから社会に出る学生にとって、まさに今考えておきたい視点だと感じました。