理工学部から「バケ学」の世界へ
根っからの理系少年が選んだのは、直感的に「面白そう」な道
私の幼少期を振り返ると、一言でいえば「ねくらな少年」だったんですよね。当時から何かを突き詰めるのが好きだったのかもしれません。大学では理工学部の電子工学科で学んでいたのですが、いわゆる大手の電気メーカーに進む道は選びませんでした。
就職先に選んだのは、日東電工という化学材料メーカー。当時は「バケ学(化学)」の方がなんとなく面白そうだな、という直感があったんです。実は就職活動もそこ一社しか受けていなくて、運よく受かって入社したという感じでしたね。
海外駐在で見えた「イエスかノーか」のシンプルな商売
新卒で入社してからは、半導体材料の開発に没頭していました。本来なら工場の設備を作ったりメンテナンスをしたりする生産技術の部署に行く予定だったみたいですが、気づいたら開発職になっていて。
そこから韓国やマレーシアへの海外赴任を経験したことが、私の中では大きな転機になりました。日本のビジネスだと、どうしても空気を読んだり、言葉の裏側を探ったりする文化があるじゃないですか。でも海外の商売はもっとシンプル。「できるか、できないか」「イエスかノーか」。その潔さが、今の私の経営スタイルにも少なからず影響を与えている気がします。
創業一族としての覚悟と、自発的な組織への変革
「社長になるのが当たり前」ではなかった。10年越しの決意
私は吉川家の4代目にあたりますが、実は「将来は社長だぞ」なんて言われて育った記憶は一切ないんです。前職で10年ほど経験を積んだタイミングで、今の会社に入る機会があって。
入社してから社長に就任するまでは、だいたい3、4年くらいでしたね。最初は国内営業の数字をまとめたり、現状を把握したりするところから始めて、徐々に海外のお客様の対応をメインで任されるようになりました。
「言われて動く」から「自ら考えて動く」集団へ
社長になってから一番苦労したのは、やはり「人」の部分ですね。どれだけ私が「これをやれ」と言っても、人はなかなか動かないものです。たとえ動いたとしても、それは形だけになってしまう。
大切なのは、社員が自ら考えて動くような方向に仕向けることだと思っています。例えば、弊社では管理職以上に「読書と報告」を義務付けています。ジャンルは何でもいい。本を読んで「この1ヶ月で会社のために何をすべきか」を宣言し、1ヶ月後に振り返る。これを繰り返すことで、自発的に考えるクセをつけてもらいたいんですよね。
業界の「オンリーワン」であり続けるための戦略
「ベアリングの会社」という枠を飛び出すための社名変更
私が代表に就任してから、会社名を「トックベアリング」から「TOK」に変更しました。
当社はベアリング以外にも、ワンウェイクラッチやトルクリミッタといった、いろんな「動き」を制御する部品を作っており、社名に特定の製品名が入っていると、どうしても「ベアリングしか作っていない会社」だと思われてしまう。それは社外に対してもそうですし、社内の意識としても良くないなと。私たちはもっと幅広い業界に貢献できるポテンシャルがあるんだということを示すために、あえてシンプルな社名にしました。
競合と戦うのではなく、お客様に「指名」される存在に
弊社の強みは、特定の業界に依存していないことです。自動車業界だけでなく、住宅設備やOA機器、医療機器など多種多様な業界に部品を提供しているので、どこかの景気が悪くても他でカバーできる。このバランス感覚は常に意識しています。
目指しているのは、価格競争で勝つことではありません。お客様から「TOKさんの製品じゃないとダメなんだ」と言ってもらえる、唯一無二の存在になること。競合と一生懸命戦うのではなく、自分たちにしかできない付加価値を追求し続ける。それが私たちの生きる道だと思っています。
個性を尊重し、熱意に応える「一風変わった」採用
内定者のために、鹿児島へ!?
弊社の採用は、ちょっと変わっているかもしれません。例えば以前、鹿児島出身の内定者がいたんですが、「彼がわざわざこっちに来るより、私たちが鹿児島に行っちゃおう」ということで、内定式を鹿児島でやったんです。
私自身、人生で一度も鹿児島に行ったことがなかったので、「これを逃したら一生行く機会がないかも!」という私個人の興味もありました(笑)。でも、そうやって一人ひとりの背景に寄り添うのが、弊社らしいスタイルなんですよね。
「個性的だね」と言われて喜べる人と働きたい
最近の若い世代は「個性的だね」と言われるのを避ける傾向があると聞きますが、私はむしろ逆で。個性的であることを楽しめる人と一緒に働きたいと思っています。
だから、採用試験の内容も毎年変えています。今年は新聞の切り抜きを使って国語の問題を作ってみたり。マニュアル通りの採用活動はつまらないじゃないですか。面接もオンラインではなく、交通費を出してでも会社に来てもらうようにしています。実際に会社の雰囲気や空気感を感じてもらうことが、お互いにとって一番のミスマッチ防止になると思うんです。
20代の君たちへ。学校を休んででも外の世界を見てこい
もし私が今の記憶を持ったまま20代に戻れるとしたら、間違いなく「学校を休んででも海外へ行け」と自分に言いますね。もちろん、中退しろとは言いませんよ。でも、人生という長いスパンで見れば、大学を1、2年休むことなんて大した問題じゃありません。
それよりも、若いうちに外の世界を見て、多様な価値観に触れることの方がよっぽど価値がある。日本の中だけで完結せず、もっと広い視点を持ってほしい。弊社でも、TOEICの点数が基準に届いていなくても「TOKに入りたいんです!」という熱意がある人なら、喜んで受け入れたい。そんな「はみ出す勇気」を持った若者と、これからの未来を作っていきたいですね。
編集後記
今回のお話を聞いて、一番印象的だったのは「型にハマらない」という姿勢です。内定者の地元で内定式を行うといったエピソードからは、社員一人ひとりを尊重する温かさと、それを実行に移す決断力の両方を感じました。
「学校を休んででも海外へ行け」という言葉も、単なるアドバイスではなく、実体験に基づいた重みがありました。私自身、今は大学での勉強に追われる毎日ですが、効率や正解を求めるだけでなく、時には自分の好奇心に従って外に飛び出すことの大切さを学びました。将来、どんな道に進むにしても、吉川社長のような「個性を楽しみ、変化を恐れない」マインドセットを持って挑戦していきたいです。