インタビュー

メガネのように、当たり前に。歯科医師が挑む「声を取り戻す」テクノロジー

メガネのように、当たり前に。歯科医師が挑む「声を取り戻す」テクノロジー
PROFILE
株式会社東京医歯学総合研究所 代表取締役社長
山田 大志

大学院で生まれた、口の中に入れるデバイス

教授のアイデアを試作したのがはじまり

私が会社を設立するに至った一番最初のきっかけは、大学院生のときにさかのぼります。口に入れるだけでしゃべれるようになるマウスピース型のデバイスをたまたま開発することになったんですよね。もともとは教授がアイデアだけを持っていたもので、それを聞きつけて「実際にできそうだ」ということで、私が試作をすることになりました。

思いのほかうまくいってしまったので、そのまま特許を取ろうということになり、実証試験を進めていくことになったんです。

免許を持つ立場だからこそ気づけたこと

私は歯科医師の免許を持っています。摂食嚥下(せっしょくえんげ)という分野が専門で、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)を起こすような人たちのリハビリや診断をおこなう領域です。これは、唾や食べたものが肺に入ってしまうことで起こるものです。重症化すると気管切開をして、喉に開けた穴から呼吸をし、食べるときは食道にそのまま入っていくという状態になる方がいます。そうなると口呼吸をしなくなるので、しゃべれなくなるんですよ。

たまに、その重症な方の中には、気管切開によって食べることはある程度改善したのに、今度はしゃべれなくなってしまったという人がいました。全身状態がかなり悪く、筆談も難しいような方々です。声が出ないので、口パクでコミュニケーションを取ろうとしている人のために、専門である摂食嚥下の技術を使って何か役に立てないかと考えた結果できたのが、この「Voice Retriever®(ボイスレトリーバー)」でした。

小さな市場だからこそ、自分でやると決めた

歯医者と広報、2つのハードルがある事業

このマウスピース型人工喉頭は、実はとても売り方が難しい製品なんです。まず、口の中に入れる音源をつくるためには歯医者さんで型を取る必要があります。全国で販売するためには、協力してくれる歯科医院をたくさん見つけなければなりません。

もう一つのハードルは、この製品を医療関係者経由で知ってもらう必要があるということです。病院に対して広報活動をおこない、そこから患者さんに伝えていただくという流れが必要になります。これは、小さな企業には荷が重い、複雑なビジネスモデルなんですよね。

「手を挙げてくれる会社がいない」からこそ

対象となる方は全国で年間4,000人ほどといわれています。この規模の市場では、売り上げが何億円にも達するわけではないので、大きい企業にとってはそこまで儲からず、小さい企業にとっては荷が重い。結果として、手を挙げてくれる会社がいないんですよ。

そうであれば、歯科医師(開発者)であり、今までの研究にも携わってきた私が自分で会社をつくり、実際に全国展開していくのが、おそらく一番確実に、必要な人のもとに届けられる方法だと考えました。これが創業の経緯になります。

オーダーメイドを量産できる、歯科という珍しい業界

一人ひとりに合わせてつくるのに、量産できる

歯医者でつくるものは、銀歯から入れ歯まですべてオーダーメイドです。一人ひとりに合わせて型を取ってつくるものなのに、1〜2週間で量産してくるインフラが全国に整っている、珍しい分野だと思っています。

先ほど4,000人とお伝えしましたが、そこまで多くない需要に対してオーダーメイドのものを量産できるインフラがあることに着目すれば、今まで量産品だけでは救えなかった悩みを解決できるのではないかと考えています。

吸引機能付きマウスピースという新しい挑戦

現在取り組んでいるのが、唾液を吸引するマウスピースです。これも嚥下障害によって唾を飲み込めず、自分の唾液で溺れてしまう方のためのものです。そのような方は、弱いポンプのようなもので唾液を常に吸い出しています。数は多くありませんが、こうした狭い範囲に着目しながら、技術を使ってできることを広げていきたいと考えています。

メガネのように、当たり前になってほしい

強度近視の経験から見えた未来

少し話がそれますが、私はものすごく目が悪いんです。コンタクトでいうと度数マイナス11ほどで、小さいころからメガネをかけて生活してきました。今は手術を受けて視力2.0になったのですが、つまり本来であれば、ほとんど見えないような方は、江戸時代であればマッサージ師になるしかなかったと思うんです。でも、メガネがあることで何不自由なく生活できていますし、街中でメガネをかけている人を見ても誰も何とも思いません。

同じように、本来はしゃべれないはずの方が、この技術を使って話しているということが、違和感なく社会に浸透していくようなデバイスにしていきたいと思っています。ハンディキャップを抱えているはずなのに、何でもないように社会に飛び込んでいけるようにしたいですね。

声によるリアルタイムのコミュニケーションが社会参加をつくる

たとえば、今のこのインタビューの中で私が話せなかったとしても、チャットで打ち込むことはできます。ただ、3人が参加して何かの議論をしているときに、ツッコミを入れたいと思って打ち始めても、打ち終わってエンターを押すころには、もう次の話題に進んでしまっているんですよね。

1対1でコミュニケーションを取るのであれば、手段はなんでも構わないと思います。でも、社会に参加するためには、やはり声によるリアルタイムなコミュニケーションが必要になってくるんですよ。だからこそ、声を取り戻すということ自体が、非常に重要な意味を持つと思っています。何かの障害があったとしても、私たちの技術を使って、元通り社会に参加できるようにしていきたいですね。

学生時代に、もうひとつの武器を持つこと

歯科医師とものづくりが重なったから生まれたもの

世の中で「こういうものがあったらいいのに」と考えることは、だいたい誰かがすでに考えているものです。ただ、実現していないということは、うまくいかない理由があったりするのだと思います。私の場合は、大学院に入った時点で歯科医師の免許と試作機を持っていて、教授から人工喉頭のアイデアを聞いたときに実現できたのは、少しだけものづくりが好きだったからなんですよね。電子工作のレベルではありますが、工学部の方々からすれば何でもない知識かもしれません。それでも、そのちょっとした知識が開発につながりました。

歯科医師はだいたい10万人ほどいる一方で、ものづくりをしている人は日本に何千万人もいると思います。ですが、歯科医師でありながらものづくりもしているという人は、そう多くはなかったのではないかと思っています。今までこの技術が世に出ていなかったのは、その重なりが少なかったからかもしれません。

在学中に本業以外で打ち込めること、得意なことをひとつ持っておくと、後にその専門分野で就職したときなどに、その経験が生きるかもしれません。もちろん本業に邁進するのもよいですし、部活やアルバイトなど、いろいろなことに取り組む道もあると思います。それぞれを少しずつ両立させておくことこそ、学生時代にしかできない過ごし方なのではないかと思っています。

プレゼンの経験も、今につながっている

何の経験もないと、誰もが思いつくことしか思いつきません。社会に出てだんだん狭い世界に属するようになったときに、これまでの経験を生かして何かできるかもしれないんですよね。

たまたまですが、プレゼンをする機会が学生のころから地味にあったような気がします。自分の考えをまとめて人に伝える経験がよくありました。医学生の全国組織に少し関わっていたことがあり、いろいろと調べものをしたり、自分の学部で学んだことを他学部の学生に向けて発表したりする機会が結構あったんですよね。それも、もしかしたら今につながっているのかもしれません。

内閣総理大臣賞を受賞して伝えたいこと

クローズドイノベーションとの違い

今年の2月に、第8回日本オープンイノベーション大賞で内閣総理大臣賞をいただきました。オープンイノベーションについて少し触れておきたいのですが、対義語はクローズドイノベーション、つまり自社内開発です。自分のチームや組織の中の人材、資源だけを使って新しい製品やサービスを企画するのが、クローズドイノベーションという手法になります。

私が大学院生のときにMVP(実用最小限の製品)をつくるまでにはかなり時間をかけましたが、実際に会社を設立してからは、他の会社と協力しながら製品開発を進めていきました。すべてを自分ひとりでできるとは最初から思っていなかったので、壁にぶつかるたびに協力してくれる会社を見つけ、いろいろな会社を巻き込みながらものづくりを進めてきたんです。大学の研究からスタートアップを立ち上げ、他社と連携しながらものづくりをしていく、これがオープンイノベーションと呼ばれるものです。

現場での臨床経験から会社をつくり、実際に製品を販売していくというプロセスを評価していただき、内閣総理大臣賞を受賞できました。

良い仲間とともに、世界を目指す

この賞というのは、平たくいうと「よい仲間を持てたで賞」という評価だと思っています。大学の中だけに固まっていたら、国内で他の会社や大学と競っている場合ではありません。世界と戦うためには、日本国内でどんどん仲間を巻き込みながらものづくりをしてほしいという、国からのメッセージなのだと受け取っています。

現在は有給・無給を含めて7人ほどのチームで動いています。20代から70代まで年齢も幅広く、歯科医師や医師、エンジニア、これまでいろいろな会社を経営してきた方など、それぞれ異なる長所を持ったメンバーが集まっています。

編集後記

今回、山田さんのお話をお聞きして、技術そのものだけでなく、その根底にある思いに強く心を動かされました。歯科医師としての専門性とものづくりへの興味が重なったからこそ生まれたVoice Retriever®は、まさに「誰もやらなかったからこそ価値がある」事業だと感じます。ご自身の近視の経験と、声を失った方の状況を重ねて語ってくださったお話が、とくに印象に残りました。学生のうちから複数の得意分野を掛け合わせておくことの大切さは、これから社会に出る私たちにとっても、ぜひ参考にしたい視点だと思います。