「逆張り」の大学生活
入学して感じた違和感
僕は愛知県の出身で、大学進学を機に東京へ出てきました。 慶應義塾大学に入学した時、正直すごく戸惑いました。大学には崇高な思想を持っている人や、意識が高い人がたくさんいると思っていたんですが、新歓のノリに、思い描いていたイメージとは違う部分を感じてしまって。周囲の盛り上がりにただ流されるのではなく、「あえて逆張りで自分なりの道を生きていこう」と決めたのが僕の大学生活のスタートでした。
DJ・ビリヤード…武者修行の日々
最初に始めたのは、友人から誘われたDJでした。ところが、月曜11 時というお客さんの来ない厳しい時間枠しか与えてもらえず、チケットは全然売れない。世の中の厳しさを痛感しました。他にも、美容院のカットモデルのスカウト、そこから化粧品等の営業・販売を経験しました。誰も守ってくれない「野良」の環境で、自分の実力1つで売上を作っていく。この経験は営業力やコミュニケーション力を磨く、良い武者修行になりました。
DJやスカウトの傍ら、大学1年生の時に日吉商店街にあるビリヤード場に出会いました。何度か通う内にそこのマスターに気に入っていただいて、1年の終わり頃にそこでアルバイトを始めることになったんです。 それから2 年生の間はほぼ毎日、そのビリヤード場に入り浸る生活をしていました。夕方に起きてビリヤード場へ行き、朝方まで常連さんとビリヤードをする、先輩や常連さんには本当に鍛えられました。
元々僕は最初から何事も周囲の友人以上にはできる「器用貧乏」なタイプでした。ところが、ビリヤードだけは唯一、友人に勝つことができなくて。それがものすごく悔しかったんです。 だからこそビリヤードに熱中することができたんだと思います。うまくいかないことに対して「なぜうまくいかないのか」を自分なりに突き詰めて分析、研究し、検証しながら成長していく。ビリヤードは、その原体験になった気がします。
また、経験者・上級者には見えて、自分には見えない・理解できない世界があるということを知りました。「無知の知」に近いことですね。自分が鍛錬し成長すると、以前だったら気付けなかったことやわからなかったことが見えるようになる。それが「成長」ということなんだと学びました。同時に「見えないものが見えるようになる」ということが成長の喜びであり、原動力になるんだと気付きました。
最もきついゼミを敢えて選ぶ
一方で、2年生も終える頃、「せっかく苦労して大学に入ったのに、このままでは何も学ぶことなく卒業することになってしまう」と焦りを覚えました。そこで、一番きつい、課題が多くて大変だと言われているゼミに入ることにしました。
中小企業論を扱い、毎週課題図書のサマリを何千文字かで作ることが求められる環境でした。アカデミックな知識というか、論文の書き方や論理的思考、論理構成の矛盾を見抜く力は、そこで養われたと思います。
ゼミの3年時の課題に、懸賞論文に応募するということがありました。「中小製造業の経営戦略」というテーマに対して、僕は岡山県・児島(こじま)のデニム製造の産業集積に目をつけました。日本の高度成長期を支えた繊維産業が衰退し、東アジアに生産工場が移ってしまった。いわゆる「産業の空洞化」です。その渦中にあって、児島はグローバルなブランドとして成長を続けている。そこに国内繊維産業の未来の活路となりうるエッセンスがあるんじゃないかと考えました。ゼミの仲間とともに、児島に行って工場見学をさせてもらったり、社長さんにインタビューをさせてもらったりしながら書いた論文は、光栄なことに高い評価をいただき、本賞を受賞することができました。
「恩送り」の考え方
ここまでDJしたりビリヤードしたり、ゼミ活動したりと、色々なことにチャレンジしてきた大学生活でした。4 年生に上がるにあたって考えたことは、これまでお世話になった人たちに対する感謝と、それを大学生活最後の1年間でどう表現していくかということでした。
一般的に感謝をすることは、「恩返し」という形になるし、形容されると思います。その「恩返し」と似た言葉で「恩送り」という言葉があります。英語で”Pay it forward”と表現されます。これは『Pay It Forward』という映画にもなっています。自分らしく感謝の気持ちを体現していくにはどうしようかと考えている時に、この言葉と出会いました。「恩送り」とは「人からしてもらった厚意を、別の誰かに送っていく。もらった人は、また別の誰かに送っていく。すると幸せの総量が増えていく」という考え方です。僕は、この「恩送り」という言葉をコンセプトにして、それを発信することが自分なりの感謝の形だという思いに至りました。そこで、仲間と団体を立ち上げて、就活支援や地域の清掃活動を始めました。そして、3月には約700人の学生を集めた大規模な卒業イベントを開催しました。これから社会人となる4年生が、各コンテンツの演者となり、自身の集大成となるパフォーマンスを見せる。参加する同じ4年生、これから就活を始める2年生や3年生が、それらを通して「恩送り」というコンセプトを受け取る。最後は、参加者全員で、キャンドルの火を隣の人に渡していくというセレモニーでした。恩が送られていく様を視覚的に体感してもらい、イベントは幕を閉じました。
このイベントは、自分にとっても大学生活の集大成になりましたし、ある意味、自分の仕事における価値観の輪郭となる経験になりました。
オミカレへの道
ゼクシィでやりきれなかったこと
大学卒業後は、リクルートに入社し、ゼクシィの広告営業部門を長年担当しました。僕がリクルートに入社したタイミングでは、結婚式の実施率は 7 割近くありました。それが僕が退職するコロナ後の頃には4割まで下がっていたんです。ゼクシィというNO.1メディアにいた身として、責任の一端があったと思っているし、何かやりきれなかったという気持ちが残っていました。
婚活事業との「合点」
その後、リクルートを離れ、友人とコンサルティング会社を立ち上げましたが、「自身で事業を営み、もっと世の中に大きな影響を与えたい」という思いがふつふつ湧いてくるようになっていました。そうした時にヘッドハンターから紹介されたのがオミカレです。
婚活というテーマは、人口減少や少子化といった社会課題と直結しています。また、婚活マーケットは長らく関わった結婚マーケットとも近く、加えて、婚活イベントというサービスは、「非日常のイベントを通じて人の心を動かすことがしたい」という自分の気質ともぴったり合っているように感じました。この出会いに、自分の中でとても合点がいき、 オミカレならば自分がやりきれなかったことを別の形でできるかもしれない、と情熱が湧いたんです。
トキメキ創造カンパニー、オミカレの強み
婚活パーティーのプラットフォーム
オミカレのビジネスモデルは、リクルートが展開する「じゃらん」や「ホットペッパー」などと同じ、いわゆる「リボンモデル」と呼ばれる構造です。一方に婚活パーティーを運営する事業者=クライアントがいて、もう一方に婚活をしたいカスタマーがいる。そこをマッチングしていくメディアを運営するというビジネスをしています。よく誤解されますが、婚活パーティーそのものを運営するのではなく、イベント情報を掲載して予約を促すというプラットフォーム事業がメインとなります。一方で、自治体からのご依頼で、我々がイベント企画運営をすることも最近増えてきました。
様々な婚活サービスの中でのオミカレの独自性
婚活サービスにはマッチングアプリ、結婚相談所、婚活パーティー・街コンなど多様なサービスがあります。この中で婚活パーティーの強みは、バリエーション豊かで、かつ偶発性の出会いが必ず生まれるようにデザインできる点だと考えています。条件(スペック)だけでは生まれない、リアルに対面したからこそ心が動く情緒的価値(トキメキ)を提供したい 。さらに、婚活イベントマーケットの中で価値を上げていくだけではなく婚活マーケット全体で我々が提供できる価値は何か、ということが僕が考え続けていることです。
ビジョンは「流動的」でいい
固定しない先の描き方
事業計画は当然3年先まで書くし、KPI に沿って日々運営もしていきます。でもビジョンとなると、僕は割と「流動的」でいたいと思っています。
たとえば、彼女に振られた時に5年後を想像してほしいと言われたら、ネガティブな心情に引っ張られ、おそらく低いレベルのものしか出てこない。逆にイケイケドンドンなテンションの時に未来を想像すると、かなりスケールの大きい未来を描くと思うんです。
今日より明日はもっと良くなっているかもしれない。今日発想したことは、次の日には変わる可能性もある。予測不可能な時代だからこそ、未来をガチガチに定義、ラベリングする必要はありません。 だから、ビジョンをあえて固定したくないと思っています。
トキメキあふれる世界へ
ただ、それでもふんわりと思い描く未来像はあって、それはトキメキあふれる世界です。最近の若い人たちを見ていると、面倒くさい・だるいという感情が、人と交わることへの可能性に蓋をしているような気がしています。
「別に恋愛しなくていい」「彼氏・彼女いりません」と言っている人も、実は気になる人はいると思うんです。成功体験がないから、諦めがちになっているだけなのではないか。でも、それではつまらない人生になっていく気がする。好きな人と一緒に過ごすことで人生が豊かに感じられる。そのきっかけを作る会社でありたいと考えています。
学生へのメッセージ
自分にラベルを貼るな
「自分の強みは〇〇です」と言っている学生は、少しもったいないと思います。
私はこういう人間だから、と宣言して自分にラベルを貼ると、周りからもそういう人として型にはめられ、自分自身もそのマインドセットに引きずられて、可能性を閉じることになりかねない。
「何者でもないけど、何かおもろそうな人。」と周囲から思われたら、ある意味で勝ちだと思っています。
「挑戦」と気張らずに
そして、「挑戦」という言葉は身構えてしまうからあまり使わない方がいいと思っています。
通勤・通学でいつも使う駅を、たまに違う駅にしてみる。それくらいの感覚でやった方がいい。そうやってちょっとだけ違うことをしていくと、これまでの経験との比較から違うものが見えてきて、自分の経験がよりクリアに言語化されていく。
大きくて高い階段を一気に登ろうとするのではなく、行動のハードルを下げてステップを刻んでいくことが大切です。そうして小さい段差を刻んでいけば、高く見上げていた壁も気がつけば登りきれているはずです。
編集後記
久留宮さんのお話を聞いていて、一本の細い線がゆっくりと太くなっていくような感覚を覚えました。DJ、ビリヤード、ゼミでの研究、卒業イベント、そしてリクルートでのゼクシィ担当という経験が、今のオミカレでの仕事とどこかでつながっていく。「自分にラベルを貼るな」というメッセージは、自分が将来に不安を感じた時こそ大切にしたい言葉です。また、「挑戦」という言葉に身構えてしまいがちな自分を、少し解放してもらえた気がします。こんなに熱くときめきを語る社長がいる会社なら、そこで働く人たちもきっと楽しんでいるんだろうなと、素直に思いました。