不登校だった学生時代が、すべての始まり
中高はずっと不登校だった
私がカウンセラーを目指した理由は、自身がいじめが原因で不登校になった経験から、同じように悩み苦しんでいる人を一人でも支えたいと思ったためです。カウンセラーになるために、どのような勉強が必要で、どのような資格が必要なのかを調べていくうちに、指定された大学に行って大学院まで進んで、やっと受験資格が得られるということがわかったんです。
そう考えた時、私はいじめが原因で学校に行けなくなり、中学・高校はほとんど不登校の状態でした。成績も5段階評価で5が一番よいところを、私はだいたい1か2くらい。お世辞にもよいとは言えない学生でした。
大学で見つけた「現場」
それでも、なんとか大学には進学できました。在学中から現場で働きたいという気持ちが強くなってきて、ちょうど通っていた大学で、電話相談員を募集していたんです。さっそく応募して、現場で経験を積みながら勉強する毎日が始まりました。
大学では結構専門的なことも学ぶので、中高で不登校だったことや勉強していなかったことは、あまり関係がなかったんですよね。むしろ成績は学年で1位か2位を取れるくらいになっていて。自分でサークルを立ち上げたりもして、大学時代はかなり活発に動いていました。
いじめ撲滅委員会代表から、何足もの草鞋(わらじ)を履くまで
師匠の紹介で、現場に立った
大学院に進んでからも、お世話になっている師匠の紹介で、一般のカウンセリングの現場に立たせてもらっていました。そこでカウンセラーとして働きながら、研究としていじめの研究をずっと続けていたんです。
そんな中、ダイレクト・コミュニケーション株式会社の社長さんが私のことを見つけてくれて。「カウンセラーだけじゃなくて、いじめの問題にも関わったほうがいいよ」と声をかけてくださったことがきっかけで、いじめ撲滅委員会の代表を務めることになりました。
ある出来事を機に転職した
代表として活動を続けていたある時、働いていた場所で人間関係をめぐる大変なことがあって。さすがにこれはやっていられないなと思い、東京メンタルヘルス株式会社という会社に移ることにしました。
移った先の副社長から「カウンセリングサービスを売り込むような仕事もやってみるといいかもしれないね」という話をいただいて、やってみることにしたんです。そこから、カウンセラーをやって、講師をやって、営業もやって、自分で研究もやって……という、何足もの草鞋を履くような働き方になっていきました。
「3本柱」というキャリア観
もともと私の中には、カウンセラーとして動くなら講師もできるようにしたいし、新しいことを知るためには研究者としても動きたい、という考えがありました。カウンセラー・講師・研究者という3本柱がちょうど自分に合っていたので、それからずっとこの形で活動を続けています。
カウンセラー業界の「おかしさ」を変えたい
ここまでお話ししてきたキャリアを経て、メンタルヘルス総合サポート株式会社を立ち上げました。きっかけは、大きく2つあります。
非正規ばかりのカウンセラー
ひとつは、カウンセラーの雇用問題です。日本では、ほとんどのカウンセラーが非正規雇用なんです。専門職としてきちんと整備されているべきなのに、今の状況は決してよくありません。
たとえばスクールカウンセラーは、学校が動いている時期だけ仕事があって、夏休みなど学校が空いている期間は仕事がなくなり、収入がゼロになってしまう可能性もあります。それなのに、もともとの募集条件もあまりよくなくて。蓋(ふた)を開けてみると、仲介の会社が報酬の多くを取っているということも少なくありません。専門家として現場に立つ身として、これはどうしても許せない気持ちが強くなっていきました。
資格なき講師が儲かる構造
もうひとつが、講師の質の問題です。企業や学校向けの講演会やセミナーで講師をするのに、実は資格がなくてもできてしまうんですよね。中には、自分の会社で独自の資格をつくって、その資格があることをうたって講師業をたくさんおこなっている会社もあります。そういった会社の中には、講師自身がきちんとした資格を持っていないにもかかわらず、講演でお金を得ているケースも見てきました。
資格のない人間が間違ったことを「専門家」として講演し、それで多くのお金を得ている。せっかく興味を持ってお金を払って受講した人に対して、それは申し訳ないだろうと思ったんです。
ちゃんとした会社をつくる
それなら、資格のある人間が講師を務め、講師の育成もおこない、カウンセラーを確保し、カウンセラーも育てる。そういう会社を、自分でつくろうと思ったのが、メンタルヘルス総合サポート株式会社のきっかけです。
ゼロから実行まで、現場目線でサポートする
弊社の大きな事業のひとつが、社外相談窓口です。福利厚生の一環として社外で相談できる窓口を導入したいという企業に対して、いくつかの提携先の中からニーズに合ったサービスを紹介しています。
不動産仲介サイトのように
イメージとしては、不動産業界のSUUMO(スーモ)のような立ち位置に近いかもしれません。専門家としての視点を持ったうえで「この会社さんなら、この形のカウンセラーが合っていますよ」というふうに、お客さまのニーズに合わせて仲介しています。そのほか、カウンセラーや講師をその場に派遣する事業もおこなっています。
ストレスチェックも仲介
最近、もうひとつホットなのがストレスチェックです。これまでは従業員50名以上の事業者だけが義務化されていましたが、今後は50名以下の事業者も義務化されていく流れにあります。分析や報告会まで一貫して対応できる人間として、こちらの仲介もおこなっています。
新入社員の早期離職を防いだ事例
これまでで印象的だったのが、ある企業から「新入社員全員に面談をしてほしい」という依頼を受けたことです。理由を聞いてみると、その会社では毎年、入社後すぐに新入社員が辞めてしまうことが続いていたそうなんです。
入社後すぐに辞める新人たち
「なんとかできませんか」と言われて、まずは新入社員のメンタル状態を確認する必要があると考えました。ただ、ストレスチェックを実施するには時期が早すぎたので、人数が限られる新入社員に絞って、カウンセリングを実施することにしたんです。
スクリーニング面談で気づく
実際には、ストレスがあるかどうかを判定するスクリーニングが中心でした。サポートが必要な状況にあるかどうかを面談で確認し、「この子はサポートが必要そうです」と早めに気づいたら、上司の方に伝えるという形で対応しました。おかげさまで、早期に辞めてしまう方は結構減りました。相談できないという子が、それだけ多いんだと思います。
一緒に働きたいのは、嫌な経験をした人
今後採用を考えるとなった時に一緒に働きたいのは、嫌な経験をしてきた人たちです。いじめの経験も、引きこもりの経験も含めて、そういう経験がある人たちと一緒に仕事をしたいなと思っています。
自分の意見を正解にしない
そういった子たちと関わるうえで大切にしている考え方は、自分の意見が正解ではない、ということです。人それぞれ考えも意見もあるので、私が思っていることや私の解決策は、あくまでひとつの考え方にすぎません。研修の講師として話す時も、最初に必ず「全部を100%鵜呑み(うのみ)にしないでください」とお伝えするようにしています。
「違う」は変ではない
大学生にカウンセリングをしていてよく伝えているのが、人と違うということは変なことではないということです。人と違うということは、まさにその人自身そのものなので、無理に直す必要もないし、落ち込む必要もありません。今の時期は落ち着いていますが、後期になると4年生の相談が一気に増えます。卒論や卒業研究が進まない、就職活動がうまくいかないといった相談で、予約はすぐに埋まってしまいます。悩んでいない人なんていない、というくらいです。
本に込めた思い
売れるかより届けたかった
最近、本も出版させていただきました。最初は、いじめがあって不登校になり、引きこもりになったという物語をシンプルに本にしたいと思っていたんです。けれど、出版社さんから「それだと売れないですよ」と言われてしまって。
売れなければ知名度も上がりませんし、書きたいものが書けたとしても、届けたい人には届きません。それでは意味がないと考え直して、編集者さんと一緒に内容を見直していきました。いじめ撲滅委員会の代表として、スクールカウンセラーとして現場に立ち、自分自身にも経験があるからこそ、ほかの専門家の言葉よりも深く届く言葉があるはずだと思って、若い世代に焦点を当てた本にすることにしたんです。
現場の悩みを物語に
内容は、現場でよく聞く相談内容をもとに構成しています。実際の相談内容そのままだと差し障りがあるので内容は変えていますが、たとえば人間関係の悩みや親との関係といったテーマについて、まずストーリーを書き、それがなぜ起こるのかを専門的に解説して、どうすればいいかという解決策を書いていく、という流れです。十数のセンテンスでまとめられた、いわば心の教科書のような一冊になっています。事例を入れることで、「これは自分のことかもしれない」と感じてもらいやすくしています。
これからの展望
不登校家族の交流会を
今はまだ2人で動いている小さな会社です。これから、もう少し規模を大きくして、従業員も増やしていきたいと思っています。講師やカウンセラーを育てることと並行して、私自身が不登校だった経験も生かして、不登校の子どもを持つ家族が集まれる会をつくりたいと考えています。提携機関とも話をしながら、就職の提案までできるようにしていきたいので、将来的にはそちらの活動も広げていきたいですね。今はまだ事業の規模が小さいので、その体制を確保できていないというのが正直なところです。
原動力は、自分自身の物語
ここまで続けてこられた原動力は、やはり自分自身の経験です。いじめが原因で不登校だったという出来事は、私の中でまだ解決した物語にはなっていません。それを解決するために、誰か他の人をサポートするような活動をして、その人がサポートされていくことが、過去の自分をサポートしているような感覚に近いんです。誰かのためにやっているようで、実は自分のためにやっている。それが、私にとっての原動力になっています。
編集後記
栗本さんのお話を伺って、もっとも印象に残ったのは「誰かのためにやっているようで、実は自分のためにやっている」という言葉です。経営や事業づくりというと、課題解決の手段として語られることが多いですが、栗本さんの場合は、ご自身の不登校という経験そのものが事業の出発点になっていました。カウンセラー業界の構造的な課題に真正面から向き合い、ちゃんとした資格を持つ人が、ちゃんと評価される仕組みをつくろうとする姿勢に、強い覚悟を感じました。学生起業に関わる身として、自分の弱さや過去の経験こそが、誰かを支える力になり得るのだと、あらためて学ばせていただきました。