資格と就職氷河期が交差した場所
やりたいことは特になかった
小学校から高校まで、何かひとつに夢中になれるものがなかったんですよね。習い事もいろいろかじったんですけど、ハマるものは特になく。大学生になってもやりたいことがない、そんな感じでした。
「稼げる資格の本」との出会い
中央大学の法学部に入ったのは、弁護士になろうと思ったからです。当時はYouTubeもなくて、情報源は本かインターネットの一部だけ。「資格を取って独立する」というルートが、なんとなく見えやすかったんです。
でも大学に入った頃、ちょうど法科大学院(ロースクール)の制度が始まって、「これから弁護士の人口が増える」という話になった。難しくなるうえに、なってもどうなんだろうと思い始めたタイミングで、書店に「稼げる資格」という本があったんです。
1位が弁護士、2位が公認会計士、3位が不動産鑑定士。弁護士は500万〜5000万と幅が広い。公認会計士はどちらかというと監査法人など企業に勤める資格で、独立には向かないイメージがあった。不動産鑑定士は「1000万〜2000万」と書いてあって、安直な考えかもしれないですけど、最低1000万が保証されるんだと思ったんです。独立開業向きで、最低ラインが高い。それで不動産鑑定士を選んで、運よく受かりました。
「自分の実力を」で自分を見切った
銀行出向で受けた衝撃
新卒で入ったのは一般財団法人日本不動産研究所です。不動産鑑定士の資格を持つ人しか入れない組織で、業界の中では憧れる人が多いところでした。私も憧れていた会社でした。その鑑定評価の仕事って、論文みたいなもので、誰の書いたものがいいかという序列がつきづらい。営業成績のように数字で比べることができないので、同期と比べたことがなかった。
入社10年目にチャンスがあり、自ら希望を出して大手銀行に出向する機会をもらいました。初めて同年代のビジネスパーソンと間近で仕事をしたんです。それがもう衝撃でした。
商社担当として、三井物産や三菱商事の方たちと接したときに、「できすぎる」と感じた。コミュニケーション能力も高くて、見た目も整っていて、飲み会でも場を回せる。それが東大出身だったりする。「ガリ勉であってくれ」と思うんですけど、そうじゃないんですよ。
このような優秀な人とビジネスで戦うには自分の能力では到底無理だと悟りました。謙遜ではなく、間違いなく無理でした。そこで一気に会社員として働くことの意欲がなくなったのを覚えています。
市場を変えれば可能性が広がる
会社員として働く意欲が無くなった。消去法で独立しようと決心しました。ただ、独立するなら勝てる市場で勝負しないといけないとずっと考えていました。
独立するなら自分の能力では勝てない不動産「鑑定」じゃなくて、不動産「業」にしようと考えたんです。だって不動産「鑑定」では自分は勝てないとわかっていましたので。不動産「業」は実力次第で鑑定士も宅建士も持っていない人が億を稼ぐことができる世界です。もちろん極めて厳しい世界ではありますが、逆に実力主義でフェアな世界でもあります。
鑑定事務所にいたときは「鑑定士を持っててすごいね」と言われたことが一度もなかった。全員持っているから当然ですよね。でも不動産業界では「やばいっすね。すごいですね」と言われる。何も変わっていないのに、業界を変えただけでこんなにも違うのかと思いました。
「狭さ」こそ武器になる
二社で気づいた専門特化の力
独立する前に不動産業界の会社で二社お世話になりました。不動産鑑定士と不動産業は全く別の世界で、料理研究家と料理人くらい違う。知識はあるけど実際に売ったことがないので、修行が必要でした。
一社目は仕入れる物件の範囲が非常に狭い会社でした。「埼玉で駅から15分、この形状の土地だけ」みたいな絞り込み方。最初は「こんなに狭くていいのか。可能性を潰している」と思っていたんですけど、二社目が「なんでも買います」という会社で、行ってすぐわかった。一社目の方がよかった。
なんでも扱う会社は、どの分野でも70点。マンション専業の会社には買取価格で負けるし、戸建て専業にも負ける。でも一社目は、その特定の土地に関してだけは誰にも負けなかった。起業するなら絞り込んだ分野でやろうと、そこで決めました。
訳あり不動産に特化した理由
株式会社SAを立ち上げたとき、最初から意図をもって「訳あり不動産」に特化した訳ではありませんでした。正直に言うと、お金がなく訳あり不動産しか買えなかったんです。そこで止む無く訳あり不動産に特化したら、多くのニーズがあることを知りました。建築できない土地、権利が複雑で売買しにくい不動産、共有持分(きょうゆうもちぶん)や底地(そこち)・借地権など、流動性の低い不動産を買い取って、問題を解決して売却する事業のスタートです。
日本の国土のうち、空地は5%しかないんですよ。山林が約80%で、道路が15%で、残りの5%を1億2000万人で使っている。上に伸ばすのは大手デベロッパーの仕事だし、埋め立ても私たちにはできない。だとすれば、止まっている不動産を動かすことで、この5%をもっと活用することに意味があると思っています。使えなかった不動産が欲しい人に渡って活用される。その流動化(りゅうどうか)をどんどん進めていきたい。
この分野は競合が少ない。キングコングの西野さんの書籍に書いてあったのですが、焼肉屋の前でおにぎりのキッチンカーをやっても売れないけど、高尾山の入り口でやったら一時間でいっぱい売れる。努力しているのは焼肉屋の前で10時間やった人だけど、場所とタイミングが悪い。うちが選んだのは高尾山の入り口、つまり競合の少ないニッチな分野です。そこで頑張れば圧倒的な成果が出やすい。私たちSAはたまたまですが、場所とタイミングがよかったんだと思います。
人と会社、どちらも「ルール」で回す
数字だけで評価すると決めた
経営でいちばん悩むのは、今も昔も人の問題です。一生懸命育てたのに心が通じなかった、採用はしたけどうまくマッチしなかった。そういうことが続いた時期がありました。
そこで、評価制度を「数字だけ」にすると決めたんです。感情ゼロ。私のことが好きだろうが嫌いだろうが、気に入られようとするかどうかに関係なく、数字だけで評価する。
ずっと昔の話ですが、女子マラソンのオリンピック選考はタイムだけではなく、実績を考慮した誰かの評価で決まっていた。そのとき、すごく揉めていたんです。でもアメリカの百メートル代表は、その日の一本だけで決まるんですよ。どんなに無名でもその日、その一本が一番速ければオリンピック選手になれる。オリンピックは一発勝負なんだから、代表選考も一発勝負でいいという理論らしいんですけど、理にかなっていると思いました。営業職を抱えているからこそできる制度ですけど、私も感情を入れず、数字で判断する。それを貫いています。
「もっと仕事は楽しく」を共通言語に
社員の気持ちについても、気づいたことがあって。ネガティブな人が一人いると、超ポジティブな人が10人いてもネガティブ側に引っ張られる。ポジティブは足し算でも、ネガティブの引力はそれを超えてくる。能力よりも、明るくポジティブに取り組む姿勢の人が、仕事をうまく回すうえで重要なんじゃないかと気づいたんです。
だから今は「もっと仕事は楽しく」を会社の共通言語にしています。ピンチのときでも「いい試合だな」くらいのポジティブさで笑っていれば、仕事はいい方向に向かうと思っていて、かなり徹底しています。
ハラスメント資格事業という新しい柱
不動産業界はブラックと言われていて、私も当初は一生懸命教えているつもりが辞めていく人が多かった。会社のカルチャーを大事にして、社員が気持ちよく働ける環境にしたら、会社がうまく回り始めて離職率もほぼなくなったんです。
そのとき、ハラスメントについてちゃんと勉強しようと思った。パワハラの線引きって難しくて、「頑張ろうな」も言い方次第でグレーになる。自動車の教習所で怖い映像を見るから運転に気をつけるように、資格の勉強をして、名刺に書いてあったりするだけで頭の片隅に置いておける。全員が受ければ、みんな一応「気をつけよう」という気持ちになる。
それをゼロから作って販売したのが、一般社団法人クレア人財育英協会のハラスメント関連資格事業です。今800人ほどに受けていただいていて、主婦の方や学生さんが多い。単純に資格が欲しいという方も多いですし、漢字検定も英検も民間資格なんですよ。誰かが始めたことが、今や全国に広がっている。市場はとても大きいと思っています。
学生へ――天職は「数」で見つける
種類を増やした方がいい
学生のうちにやっておいた方がいいのは、インターンやアルバイトをたくさんの種類でやることです。私は一種類しかやらなかった。不動産鑑定士という資格を取ったとき、自分に天職かどうかが全くわからなかったのは、一個しか経験していなかったからなんですよね。
不動産業界に移ったとき、鑑定の仕事より圧倒的に自分のポテンシャルを発揮できた。でも全部やったことがないから、これが天職かどうかも本当はわからない。10種類経験したら10個の中から選べる。20種類なら20個。子どもにスポーツをさせるなら幅広くやらせた方がいいように、天職を探すには数をこなした方がいい。
実際、うちのインターンでも「不動産で独立したいんで死ぬ気でやります」と言って一日で辞めた人もいれば、「なんとなく来たんすけど」という人がずっと続いてそのまま入社した人もいる。やってみないとわからないんです。一週間で大体わかりますから、試してみるのが一番いいと思います。
編集後記
今回のインタビューを通じて、「どこで戦うか」の重要性をあらためて実感しました。酒井さんが学生時代に不動産鑑定士という資格を取ったのは、本人いわく「安直な理由」だったとのことですが、そこから自分の能力を客観視して戦う市場を選び直したプロセスには、ロジックと行動力が両立していました。ビジネス偏差値という自己分析の枠組みは、就活を前にした自分にも刺さりました。「努力の量ではなく、市場の選び方で勝率が変わる」という視点は、キャリアを考えるうえでとても参考になります。また、インターンやアルバイトを多種類こなして天職を探すという提言も、残りの学生生活で実践したいと思いました。