インタビュー

「フォロワー」ではなく「ファン」を創る。100年続く八百屋の息子が、広告に頼らない会社をつくった理由

「フォロワー」ではなく「ファン」を創る。100年続く八百屋の息子が、広告に頼らない会社をつくった理由
PROFILE
株式会社BOKURA 代表取締役
宍戸 崇裕

100年続く八百屋で育った日々

実家は老舗の八百屋

私は今46歳で、いわゆる「松坂世代」と呼ばれる世代です。プロ野球の松坂大輔さんと同じ1980年生まれで、実家は東京都内で大正7年から続く老舗の八百屋を営んでいます。100年以上続く商売の息子として、子どものころから店を手伝いながら育ちました。

広告に頼らないファン経営

八百屋はいわゆるBtoCで、地域のお客さまに支持され、その方たちの口コミによって新しいお客さまが来るというビジネスモデルです。もちろん商品の質は重要ですが、八百屋である以上、自分たちで野菜を生産しているわけではなく、あくまで小売業です。バレンタインデーに父にチョコレートを持ってきてくださるお客さまもいたほどで、ファンが定着すれば広告宣伝にさほど力を入れなくても事業が成り立つのだと、学生のころから自然と実感していました。

声をかけられるのが苦手

もう一つ、個人的な体験としてお話ししたいのは、買い物の際に「試着はいかがですか」と声をかけられることに、私自身が強い抵抗を感じるという点です。店員に声をかけられないよう早足で店内を歩いたり、音楽を聞いていないにもかかわらず、聞いているフリをして、近づいてくる店員から距離を取ったりすることもありました。セミナーに登壇した際に「同じような感覚をお持ちの方はいらっしゃいますか」と尋ねると、たいてい八割ほどの方が挙手されます。押しつけがましい広告や声かけに抵抗を感じる方が、想像以上に多いということだと考えています。

大企業からベンチャーへ、そして創業

八百屋を継ぐ道は選ばなかった

正直なところ、家業の八百屋を継ぐことには抵抗があり、一度外の世界に出たほうがよいと考え、新卒で自動車業界大手のグループ会社に入社しました。営業を四年半ほど経験し、営業の基礎も身につきましたし、業界知識も蓄積できました。一方で、直属の先輩たちがあまり充実した働き方をしていないように見えたこともあり、その会社に長く在籍するイメージは持てませんでした。次に転職した名古屋本社の上場企業でも、大きな組織ゆえの意思決定のスピード感に物足りなさを感じました。

スピード感を求めてベンチャーへ

そこで、当時創業二期目だったベンチャー企業に転職しました。現在は上場している企業ですが、入社当時は社員が二十人ほどで、全員が同時にパソコンを立ち上げるとブレーカーが落ちてしまうような環境でした。終電まで働くことも珍しくない環境でしたが、当時の経験は現在の事業運営にも生きています。その後もベンチャー企業やSNSマーケティング関連の会社を数社経験しました。

2015年、BOKURAを創業

会社員時代から、上司の指示にそのまま従うというよりも、自分自身が正しいと考える方針で仕事を進めるタイプでした。大手企業を二社経験したのちにベンチャーへ移ったこともあり、比較的柔軟な発想で仕事に取り組めるようになっていましたし、残業を前提としない働き方も経験しました。そうした中で、デジタル領域における、より本質的な価値提供をおこないたいという思いが強くなり、2015年に現在の会社を設立しました。

フォロワーではなく、ファンを創りたい

フォロワー獲得への違和感

創業前に在籍していた会社はSNSマーケティングを手掛ける企業でした。クライアントからは「フォロワーを増やしてほしい」という依頼が多く寄せられていましたが、フォロワーを増やす手段は、広告やキャンペーンを実施するか、インフルエンサーを起用するか、地道に発信を続けるか、おおむねこの三通りに限られます。キャンペーンや広告経由で獲得したフォロワーは、インセンティブ目的で集まっているぶん、離脱しやすい傾向があります。

ファンとフォロワーの違い

一方で、ブランドを純粋に好きになり、自ら情報を調べたり購買行動を起こしたりする方は、フォローという行為にとどまらず、その先の能動的な行動にまでつながります。フォロワーではなく、こうした「ファン」を増やすほうが、ブランドにとって本質的に価値があるのではないか。会社としてはフォロワー獲得の実績を求められていましたが、それがクライアントの中長期的な利益につながらないのではという疑問が強くなり、自身が率いるチームではフォロワー獲得の施策をやめ、ファンを創る取り組みに切り替えました。部下からは支持を得られましたが、組織全体としての評価はあまり芳しくありませんでした。労働集約的な性質が強い取り組みであるため、経営の立場からすれば当然の反応だったとも思います。そこで、独立してこの考え方を軸にした事業を展開したほうがよいと判断し、現在のファンマーケティング事業につながっています。

弊社の事業は、企業やスポーツチーム、アーティストなど、さまざまなブランドのファンを創ることです。その手段として、SNS運用やウェブサイト制作、イベント企画など、オンライン・オフラインの両面で支援をおこなっています。

BOKURAが選ばれる理由

直接契約が7割を占める

これまでお取引させていただいた企業は400社ほどにのぼりますが、そのうち七割ほどは代理店を介さない直接契約です。ファンマーケティングは地道な取り組みの積み重ねが求められる領域であり、代理店に一任して完結する性質の業務ではありません。ブランド側の担当者ご自身が主体的に取り組むか、その伴走役として弊社が業務委託先として一緒に推進するか、いずれかの形になります。

独自指標でファンを可視化する

たとえば、ある大手飲食チェーンでは、年間の延べ来店者数が一億人規模にのぼるといわれています。そのなかでもとくにロイヤリティの高い顧客は、二週間に一回ほどの頻度で来店し、毎回二千円近くを利用します。定番メニューだけでなく、期間限定メニューやサイドメニューまで一通り試そうとされたり、予約システムの使い方に精通していたりする点も特徴です。

こうしたファンの状態を、弊社では独自の指標で点数化しています。金額としてどの程度利用してくださったか、どの程度周囲に薦めてくださったかという「売上」「推奨」の軸に加えて、ブランドや商品、そこで働く従業員まで含めて愛着を持ってくださっているかという「愛」、ブランドの沿革や現状、展望まで理解してくださっているかという「知識」の四軸で測定しています。売上と推奨が行動の指標であるのに対し、愛と知識は状態を示す指標です。両者をあわせて測定することが重要だと考え、この四つの定義についてはビジネス特許も取得しています。

顧客としての原体験

私自身にも、思い入れの強い飲食店があり、これまでの利用総額は200万円を超えます。混雑していない時間帯や券売機の使い方、店員に迷惑をかけないタイミングまで把握しているほどです。店主とも懇意にさせていただいており、こうした状態になると、その店に「今後も長く続いてほしい」と自然に思うようになります。

その店が、新型コロナウイルス感染症の拡大期に経営が厳しくなった時期がありました。私にとって特別な思い入れのある店だったため、閉業してしまっては困ると考え、SNSを通じてメッセージを送りました。日頃の感謝、経営状況への懸念、必要であれば年間の利用見込み分を先払いしてもよいという申し出まで伝えました。返ってきた返答は、「いつも来店いただき感謝している、今回の申し出は大変ありがたいが現時点では大丈夫、本当に厳しい状況になった際にはお願いするかもしれない」というものでした。それを受けて翌日にはあらためて来店し、店主と言葉を交わした際には、こみ上げるものがありました。

こうしたファンを多く抱えるブランドは、経営が厳しくなった際に、借入をおこなう、株式による資金調達をおこなう、公的な助成金を活用する、クラウドファンディングを実施する、といった手段に加えて、ファンからの支援を受けられる可能性が高まります。フォロワーではなくファンを創ることは、私にとって事業であると同時に、事業を通じて実現したい価値観そのものでもあります。

大切にしている考え方

フラットな組織を志向する

社内では、過度な上下関係をつくらず、基本的にフラットな体制で運営したいと考えています。クライアントからの要望や私自身の指示をそのまま鵜呑みにするのではなく、そのブランドのファンが実際に喜ぶかどうかを軸に判断してほしいと伝えています。たとえば、ギフト券のプレゼントはブランド側にとっては実施しやすい施策かもしれませんが、それが本当にファンの満足につながるとは限りません。そのブランドのファンであれば、どのような施策のほうが喜ばれるのか、一歩踏み込んで想像してほしいと常々伝えています。

ファンへの解像度を採用条件に

弊社は、社員3名、業務委託を含むメンバー全体で40名弱という体制で運営しています。営業活動は一切おこなっておらず、紹介やお問い合わせを通じてお取引が始まっています。採用についても同様に、大学関係者や部活動の指導者など、個人的なつながりからの紹介が中心です。フルフレックス・フルリモートで運営しているため、学生の方に日々の業務の様子を直接お見せする機会が少ないという課題はありますが、その分、メンバーには「何かに対する熱狂的なファンであること」を採用条件の一つとしています。ファン心理を自分自身の経験として理解しているメンバーでなければ、ファンを創る仕事は成立しないと考えているためです。

AI時代のファンマーケティング

AIと人が担う領域の分担

AI技術の進化は目覚ましいスピードで進んでいます。弊社の事業の一つに、クライアントのSNSアカウント運用代行があり、ブランドに関連するキーワードを含む投稿をされている方を見つけ出し、コミュニケーションを通じてファンになっていただく取り組みをおこなっています。こうした施策は、定型的な返信では成立しません。AIらしさを感じさせない自然な文章の生成自体はすでに可能になっていますが、弊社では対象となる方の投稿内容だけでなく、プロフィールや過去の投稿履歴まで確認したうえで、どのようなコミュニケーションが響くかを検討しています。AIに任せられる領域はAIに委ね、感情に寄り添う部分については引き続き人が担うべきだと考えています。

自分たち自身がクライアントのファンになることも、大切にしている姿勢の一つです。あるガソリンスタンドチェーンとお取引させていただくようになってから、給油は自然とそのチェーンを選ぶようになりましたし、オイル交換なども依頼するようになりました。自分たち自身がファンになることで、ファン心理への理解が深まり、どのような施策がファンに歓迎されないかという判断も的確におこなえるようになります。クライアントの一員であるという意識を持って向き合いたいと、常々考えています。

学生へのメッセージ

「推し」を言語化し、人を巻き込む

学生時代の私は、バスケットボールに熱中していました。当時、何をしているのかと問われれば、迷わずバスケットボールと答えていたと思います。今振り返ると、自分が熱中している対象について、なぜ好きなのかを言語化してみたり、周囲の友人を巻き込んでみたりする経験を、もっと積んでおけばよかったと感じています。好きという気持ちを突き詰めること自体はもちろん重要ですが、それを他者に伝え、巻き込んでいく経験は、社会人になってから大いに役立ちます。

対象はテーマパークでも、飲食店の看板メニューでも、アイドルでもかまいません。熱中できる対象を持つこと、その理由を言語化すること、それを持って周囲を巻き込んでみること。この三つの経験を、ぜひ学生のうちから積んでいただきたいと思います。

今後のビジョン

良いものが正しく届く世界に

弊社の企業理念は「良いものが正しく届く世界に」です。多くの企業が広告に過度に依存することなく、ファンの力によって、良い情報がふさわしい相手に適切に届く社会を実現したいと考えています。広告そのものを否定しているわけではなく、ファンに歓迎される広告であれば、それも有効な手段の一つです。ただし、良いものをつくるだけでは十分に売れない時代になってきました。良いものを、ファンの力によって正しく届けていく。そうしたブランドが増え、それを支援できる企業が広がっていくことを目指しています。広告予算をそのまま広告費に充てるのではなく、商品開発や採用活動に振り向けたほうが、結果としてファンの拡大にも事業成長にもつながるのではないかと考えており、そうした世界の実現を目指しています。

編集後記

今回、株式会社BOKURA代表取締役の宍戸崇裕さんにお話をうかがいました。実家の八百屋での経験から生まれた「広告に頼らず、ファンの力で届ける」という考え方が、事業の隅々まで一貫している点が印象的でした。とくに、思い入れのある飲食店にメッセージを送ったというエピソードは、ファンマーケティングの本質を体現していると感じます。学生に向けたメッセージも、熱中する対象を言語化して人に伝えるというシンプルなものでしたが、就職活動や将来のキャリア選択にもつながる、実践しやすいアドバイスだと感じました。貴重なお話をありがとうございました。