インタビュー

美大を諦めた高校生が「地球の歩き方」の社長になるまで

美大を諦めた高校生が「地球の歩き方」の社長になるまで
PROFILE
株式会社地球の歩き方 代表取締役社長
新井 邦弘

学生時代 〜 進路の模索

Q. 高校・大学時代はどんな学生でしたか?

高校では美術部に所属し、美術の世界に進みたいと思うくらい絵を描いていました。ただ美大は狭き門であることから、趣味でもいいかと怖気づいてしまった過去があります。大学では歴史学を専攻し、卒論は古代ギリシア史でした。高校生の頃から歴史や社会問題国際情勢への関心が強く、知らないことだらけだと感じていたので、まずは大学で深く学んでから将来を決めようと思っていたんです。

Q. 就職活動ではどんなことを考えていましたか?

実は長いあいだ進路が定まらず、逡巡していました。転機のひとつは新聞社の編集局でのアルバイトで、ジャーナリズムの世界に刺激を受けました。もうひとつは学生時代に一年弱経験した海外放浪です。いろいろな国を見て回るなかで、異文化や社会情勢を発信する仕事に就きたいという思いがはっきりしてきて、帰国後はマスメディア一本に絞って就職活動をし、学研という出版社に入社しました。

地球の歩き方の社長になるまで

Q. 社長に就任した経緯を教えてください。

地球の歩き方は、経済誌で有名なダイヤモンド社の子会社「ダイヤモンド・ビッグ社」が1979年に創刊した老舗の海外ガイドブックです。コロナ禍で海外に出国できなくなり、事業が立ち行かなくなって、会社を閉じるという話になりました。しかし、老舗ブランドを潰すのはもったいないということで、同じ出版系の学研への事業譲渡が決まり、私はその話を対外発表の二週間前というタイミングで初めて知りました。まさに青天の霹靂でした。コロナの収束が見えないなかでの事業の引き受けは、冷静に見ればかなりリスキーな経営判断だったと思いますが、40年以上のブランド価値を守りたいという思いが原点にあったのだと思います。

Q. なぜ新井さんが社長に選ばれたのでしょうか?

理由は3つあって、出版編集がわかること、経営がわかること、そして海外の事情に明るいことです。私は長年学研で編集者をしたのち、グローバル戦略室で海外の子会社立ち上げやM&A(企業の合併・買収)に携わっていました。加えて学生時代にバックパッカーとして地球の歩き方を実際に使っていたユーザーでもあったので、この3つがそろっていたことが決め手だったと聞いています。

事業内容と強み

Q. 地球の歩き方はどんな会社で、強みはどこにありますか?

海外ガイドブックの国内シェアナンバーワンで、古くはバックパッカーバイブルと言われてきました。当社の一番の特徴はとにかく分厚いことです。観光情報だけでなく、その国の歴史や文化、両替の仕方や地下鉄の乗り方まで丁寧に載せていて、個人旅行者に寄り添う編集方針を創刊以来ずっと貫いています。旅行中の実用書としてだけでなく、飛行機のなかで読む読み物として、あるいは国際情勢のニュースを理解する手引きとして使ってくださる読者も多いです。

社長就任後の困難

Q. 社長になってから一番大変だったことは何ですか?

事業譲渡の発表が11月半ば、会社登記が12月、そこから1ヶ月ほどで事業をスタートさせなければいけないという、かなりタイトなスケジュールでした。加えて従業員にとって私は、1月5日の仕事始めにいきなり現れる「初めましての社長」だったんです。いわゆる落下傘社長です。会社が閉じる、経営が変わるという不安を抱えたまま年末年始を過ごしてきた従業員に、どう前向きに顔を上げてもらうか。そのモチベーションの喚起に一番気を配りました。

これからの展望

Q. 今後の展望を教えてください。

明確な経営課題は、レジリエンス(外部からの想定外の変化があっても立ち直る力)の強化です。第二のコロナが来ても潰れない会社にするため、事業の多角化を進めています。特に力を入れているのが「非日常から日常へ」というテーマです。海外旅行は年に1~2回しか行かない非日常なので、お菓子やカップ麺とのコラボ、オリジナルカレーの販売など、出版物以外の場所でも地球の歩き方というブランドに触れてもらう機会を増やし、日常の顧客接点を広げようとしています。

採用への思い

Q. 新卒採用を強化する背景を教えてください。

コロナ禍からの再生に追われていたこの数年は新卒採用どころではありませんでしたが、事業の多角化を進めるなかで新しい力が必要になってきました。当社が求めているのは、何より旅が好きだという軸がぶれない人材です。生え抜きの社員たちが、コロナで会社が一旦閉じるという時期にも辞めずに残ってくれた背景には、地球の歩き方で働くことへの愛着があったと聞いています。そういう愛着を、新卒のうちから育てていきたいという思いから、採用強化を決めました。

学生へのメッセージ

Q. 将来に悩む学生へメッセージをお願いします。

私自身、将来が定まらない時間がとても長くて、いわゆるモラトリアム(進路や将来を決めきれずに迷う猶予期間)の学生でした。それでも考え続けたことで、海外での経験を通じて自分の方向性が見えた瞬間があったんです。大学の4年間で決めきれなくても構いません。欧米で言うギャップイヤー(進学や就職の前に一定期間、旅や社会経験に充てる制度・文化)のように、枠を限定せずにやりたいことを突き詰めていくことを、諦めないでほしいと思います。

編集後記

定まらない時間を経て、想定外のかたちで老舗ブランドの再生を託された新井さんのキャリアには、遠回りこそが力になるという説得力がありました。落下傘社長として迎えた慌ただしいスタートから、レジリエンスという明確な軸を掲げるまでの道のりは、進路に迷う私たち学生にとっても勇気になる話だと感じます。