インタビュー

電車のホームから見えた憧れの建物を、自分の手でよみがえらせる

電車のホームから見えた憧れの建物を、自分の手でよみがえらせる
PROFILE
IROHA CRAFT (株式会社アトリエいろは一級建築士事務所) 代表取締役
千葉 健司

大工に憧れた子ども時代

増築される部屋を見て育つ

小学生の頃、4人兄弟で兄と部屋をシェアしていたんですけど、その部屋を親が増築してくれたことがあったんですよ。自分の部屋ができるのがうれしくて、大工さんが仕事から帰ってくるたびにその様子をずっと見ていました。そこで大工という仕事に強く興味を持って、小学校の卒業文集には「将来は大工さんになりたい」と書いていて、割と早い段階から自分のやりたいことがはっきりしていたと思います。

京都で古いものに惹かれる

中学生になって、設計という仕事があることを知り、今度は「設計士になりたい」と文集に書きました。ちょうど修学旅行が京都で、神社仏閣をはじめ古き良き建物にたくさん触れて、そこですごく魅力を感じたんです。この経験が、今のリノベーションという仕事の原点になっていると思います。

京町家(きょうまちや)と過ごした学生時代

古い建物にどっぷり浸かる

京都の学校に進学して、京町家をたくさん見て回りました。そこでリノベーションという分野に興味を持つようになっていきました。

26歳で建築士、29歳で独立

下請けから始まった独立

26歳で一級建築士を取得して、29歳で独立起業しました。不安がなかったと言えば嘘になりますが、自分がどこまでやれるのか試してみたい気持ちが強くて、だめならまた会社に戻ればいいくらいの感覚でした。独立したばかりの頃は、工務店や設計事務所、ハウスメーカーの下請けとして図面を書いたり、申請を出したりする仕事からのスタートでした。ゼロからのスタートだったので仕事は選べず、期日がタイトなものや無茶な依頼も受けながら、幅広い仕事をこなしていました。少しずつ「私に設計してほしい」と言ってくれるお客さんが増えていって、あの頃の経験は今もすごく生きていると感じています。

ホームから見えた憧れの建物

高校生の目に映ったきらびやかさ

高校時代、韮崎(にらさき)高校のちょうど向かいにアメリカヤという建物が建っていて、電車通学だったのでホームからいつも眺めていました。学生時代には友達と食事をしに行ったこともあって、当時はとにかく派手で、きらびやかな建物に見えていたんです。

朽ちていく姿を見て再生を決意

設計士として韮崎に事務所を構えたとき、シャッターが閉まって朽ちてしまったアメリカヤを目にして、これを再生したいと考えるようになりました。それが35〜36歳くらいの頃のことです。図面がまったく残っていなかったので、高さや間取りをすべて一から測り直して、図面を起こすところから始めなければならなかったのが大変でしたね。

選べる建築が強み

リノベーション、新築、店舗

弊社の強みは、お客さんのニーズに合わせて選べるところだと思っています。リノベーションはもちろん、自社企画のセミオーダー住宅でリーズナブルに建てることもできますし、フルオーダーの住宅や店舗の設計・施工にも対応しています。予算に応じて選択肢を選べる建築が売りです。入社してもらえれば、鉄筋コンクリートや鉄骨、木造まで、住宅から店舗までまんべんなく学べる環境があると思います。

大切にしているのは人間力

若手とベテランがともに育つ

最近は23歳、26歳、27歳といった若いスタッフも増えてきました。若手ならではの感性に40代、50代のメンバーが刺激をもらう一方で、若手はまだ経験値が少ない分をお互いに補い合いながら、良い循環が生まれていると感じています。

建築の畑出身でなくても

必ずしも建築を専門に学んでいなくても、やる気や人間力があれば活躍できると思っています。建築の仕事には営業や設計、現場監督だけでなく、SNSでの発信やパース作成のようなコンピューターを使う仕事もあるので、文系の学生にとっても道は幅広くあると思いますよ。

AIとどう向き合うか

お客さんも賢くなった

パースや外観のイメージ作成は、もうAIに任せられる時代になりました。図面まではさすがにAIには引けないと思いますが、アプリを使って自分で間取りを考えてくるお客さんは、昔に比べて確実に増えましたね。PinterestやInstagramで好きな雰囲気を具体的に伝えられるようになったのは、設計士としても助かる部分がある一方で、AIに相談しながら知識を蓄えたお客さんが、AIの提案をそのまま正解だと思い込んでしまうケースには難しさを感じています。

価格高騰の中でリノベーションを選ぶ

新築だけが選択肢じゃない

ここ数か月、建築資材の価格がかなり上がっています。契約から完成まで半年かかる建築業では、契約後に価格が上昇すると弊社が赤字を抱えるリスクもあり、大変な時期です。家を建てる年代も、以前の20〜30代から40代へと移ってきています。そうした中で、今ある建物を直して使う、空き家になった祖父母の家を活用するという選択をする方も増えていますね。

30年サイクルへの違和感

日本の住宅は30年でスクラップ&ビルドされるサイクルが根付いていますが、海外では時間が経つほど価値が上がる住宅も多くあります。そこにずっと違和感を感じていて、作る側よりも直す側の建築士でありたいと思ったことが独立のきっかけの一つでもあります。だからこそリノベーションを推進しています。

これから挑戦したいこと

アメリカヤ村と京町家の継承

これからやりたいことは2つあって、1つは韮崎市内でまとまったエリアをリノベーションして、移住者も受け入れられるような集合住宅のビレッジをつくること。もう1つは、今も年に何度も足を運ぶほど好きな京都の町家建築を、後世に残していく取り組みにも挑戦したいと思っています。

学生へのメッセージ

好きなことに突き進んでほしい

私自身は早くから好きなことがはっきりしているタイプでしたが、好きなことを仕事にできる人は本当にわずかだと思います。だからこそ、いろいろ挑戦して、自分の好きなことを見つけてほしいです。最近は失敗を恐れる子が多いように感じますが、若いうちの失敗なんて知れています。うまくいかなかったらどうしようと先に考えるのではなく、まずはワクワクすることに突き進んでみてほしいと思います。

編集後記

千葉さんのお話で印象的だったのは、通学路で見ていた建物を何年も経ってから自分の手で再生させたというエピソードでした。何気なく見ていた景色が、後の仕事につながっていくところに運命的なものを感じます。AIによってお客さん側の知識量が増えている今だからこそ、対話を重ねながら「想い」をかたちにする姿勢が大切なのだと学びました。挑戦を恐れず好きなことを見つけてほしいという言葉、私自身も心に留めておきたいと思います。