大学時代はラグビー一色だった
私は電気通信大学の出身なんですけれども、大学で何を勉強したかと聞かれると、正直あまり勉強はしていないんですよね。高校生のときからラグビーを始めて、大学でも大学院でも、四年生くらいまではずっとラグビー中心の生活でした。そんなに強い大学ではなく、理工系リーグと国公立だけのリーグでしたが、それでも部活動に打ち込んでいて、あまり勉強しなかったものだから、このままではちょっとまずいと思って大学院に進んだ、というのが正直なところです。
ラグビー中心の日々だった
大学院では経営工学を専攻して、システム開発の生産性に関する論文を書いていました。でも、もともとこの分野に興味があったわけではないんです。高校時代は体育以外はみんな成績が悪くて、数学だけ四だった。十八、九歳で自分の人生を決めるわけにもいかない中で、経営工学が文系と理系のちょうど中間くらいの学問だとわかって、1年前に同じ学校から進んだ同期がいたこともあり、この道を選びました。
IBMに入り、22年間勤めた
大学院を出たあとは、先生の紹介でいくつかの企業を受けました。某Nコンサルティングファームは先生のつてを使わずに自分で受けたんですが、学部の成績が悪くて落ちてしまって。それで先生から「IBMなのかS建設なのか某テレビ局か」という話になり、S建設もIBM(日本アイ・ビー・エム株式会社)も内定はいただいたんですけれども、S建設だとシステム関係の仕事に限られてしまう。IBMはいろいろな仕事ができる会社だったので、比較してIBMを選びました。
社長に会うために配属先を選んだ
IBM入社当時、同期は678人いました。最初は社内システム開発の部署にいたんですけれども、まわりは英語もできて何でもできる優秀な人ばかりで、その職場では自分を差別化できず、偉くなれないなと感じていました。
しかし、IBMの入社面談でも「もともと自分は大企業のサラリーマンになったところであまり意味がない、社長(経営者)になりたい」と話したら面接官から「君にその実力があるのなら?」と言われた経緯がありました。そこで、社長になるには、まずは社長に会わなければいけないと考えました。当時IBMには従業員千人以上の大企業を担当する部隊と、千人以下のSMB(スモール・アンド・ミディアム・ビジネス)を担当する部隊がありました。社長に会うためにはSMBのエリアに行く必要があったんです。
そして、社内SE部門を2年9ヶ月で終了し、名古屋に配属になったのち、11年ほど勤めました。名古屋に配属になったのち、そこで11年ほど勤めました。マネージャーになったあと、当時子どももいなくや英語もまたよくできなかったです。この段階で妻から「海外青年協力隊のような制度がある」と聞いて、40歳くらいのときにJICA(独立行政法人国際協力機構)アフリカのジンバブエへ行き、の仕事で中央計算局のシステムを、システムアナリストとして二年ほど担当しました(その後行く前に子供を授かり現在娘が一人います)。
帰国後は大阪で営業部長を2年、東京でパソコン部門の営業を3年半ほど担当したんですけれども、2005年にパソコン部門がレノボ(レノボ・ジャパン合同会社)に売却されることになりました。もともとパソコンがやりたくてIBMにいたわけではなかったので、ここで退職を決意しましたね。
チャイナからミャンマーへ
退職後は名古屋の1500人規模の企業で、中国の責任者を務めました。しかし、当時は中国の人件費が高騰しはじめていた時期で、違うエリアを育てる必要性を感じていました。2006年ごろから、中国とインドを比較する動きもありましたが、インドはまだ早いという判断もあって、東南アジアと南アジアのほとんどの国を、実際に足を運んでベンチマークしたんです。それで、日系のIT企業やローカルのIT企業、日本語学校の有無、それぞれの国の文化や宗教まで、自分の目で見て肌で理解していった結果、2007年にミャンマーに決めました。
ミャンマーという国と向き合って
アメリカ人も日本人もインド人もミャンマー人も、人数が多ければ優秀な人も多いし、そうでない人も多い。それは教育の問題であって、能力の差ではないんですよね。
自己主張しないところが似ている
色々な国の方々と会議をするんですけれども、強いていうなら、アメリカ人や中国人、インド人、シンガポールの方は自己主張が強い。日本人とミャンマー人は、「最後まで意見を言わずにじっと見て発言しない(自己主張しない)」、というところが非常によく似ています。文化的な近さでいうと、南方上座部仏教を信仰していることも大きくて、日本人よりも更に仏教的な考え方を持っているというのは、いろいろな国をまわってわかった日本人との親和性での重要なポイントでした。イスラム文化圏は、日本人とはある面で対極にあると感じています。もちろん、理解しあうことが難しいという意味で、というだけであって、良し悪しの話では全くありません。人も会社も個人も多面的であり、それぞれアドバンテージや課題は局面によって変わってきます。
マイナスにこそチャンスがある
ミャンマーを選んだ理由のひとつに、ずっと軍事政権下にあって、状況が良くないことが挙げられます。しかし、状況が悪いところにこそチャンスがある。今でいえば、ウクライナが一番のチャンスだと思います。マイナスが一番のチャンスなんですよね。
生産性が百倍になる時代の会社経営
2011年に独立して、今年で15年になります。現在は、IT・DX・AI関連の事業が売上の97パーセントを占めていて、そのほかに特定技能の人材紹介、日本語とITの教育事業、海外進出支援の事業を展開しています。
社員は380名ほどいるんですけれども、日本人は12人ほどで、あとはミャンマーの方です。2025年からミャンマーでミャンマー人・100人の採用を進めていて、今年度・来年度も100人を現地採用する予定です。ただ、いわゆるオープン系の言語、TypeScriptやJava、.NET、PHPのような言語は、AIによって生産性が100倍になるので、実はもうコードが書けるだけの人材はそれほど必要なくなってきているんですよね。
メインフレームの置き換えに商機がある
私がやっているのはモダナイゼーションという領域です。日本にはヨーロッパやアメリカと違って、メインフレームやIBMのAS/400(現在iSeries)が今もたくさん残っています。ここのオープン系への変換は、生産性が上がっても10倍程度で、100人の仕事が1人になるようなことはない。10人の仕事が1人になるくらいです。逆にいえば、今までメインフレームから置き換えできなかった、数百億円規模の予算を持つ銀行や保険会社、証券会社といったお客さまにとっては、コストが10分の1になるなら「古いものを全部変えよう」という話になる。そこにはニーズが10倍になるくらいの伸びしろがあると考えています。
日本の若い方はCOBOLやRPGのような言語をやりたがりませんし、それは大人も同じです。この生産性100倍の波に耐えられる人しか、この領域には残っていかないと思っています。
1995年と同じことが2025年以降にも起きる
1995年ごろにパソコンやインターネットが登場して、そこから30年間はオープン系の時代でした。2025年以降はAIの本格的な到来の時代です。今から生まれてくる子どもは、最初からAIが前提の世界で育つことになる。これはインターネットやモバイルが最初からあった世代と同じ状況です。世の中は「まだら模様」に進んでいきます。取り入れる企業・組織・個人と、取り入れない企業・組織・個人に分かれて、進んだところだけが伸びていく。だからこそソフトバンクのような会社が大きくなったんですよね。2025年以降も、いかにAIを活用するかという同じ構図が繰り返されると思っています。
それでも残る「人にしかできないこと」
日本人の採用は、基本的にはあまり考えていません。ただ、人間にしかできないことは当然あります。例えば、食事をすること、睡眠を取ること、旅行に行くこと。こうしたことはAIにはできない。だからこそ、仕事の「ラストワンマイル」の部分は、その国の人のほうが有利なんですよね。商習慣や文化を肌で感じる部分は、日本語能力がどれだけ高くても埋まらない差があります。
経験のある人材のほうが重宝される
そういう意味では、日本人は日本において有利な立場にあります。ただ、若い方を雇っても、すでにAIエージェントでできることが多い。むしろIBMや富士通、NEC、日立といった会社にいた55歳から60歳くらいの方に、月5万円や10万円ほどで来ていただくほうが合理的な場面もあります。特徴のあるお客さまへの対応、いわゆるトラブルアカウントへの対応は、ミャンマー含めた外国人の方々だと早くて35歳で40歳くらいでようやくできるようになるくらい、経験が要る仕事なんですよね。優秀な方でも15年、20年はかかります。
また、日本の雇用環境はいい面悪い面含めて、グローバルで特異なことを認識しなければいけません。約1年半前に欧米の大手IT関係の会社はその程度は違うものの、AIエージェントの大幅な活用を見越して10~20%の人件費のコストカットを行いました。日本の大手IT会社は雇用習慣からそれはできないので、通常新卒で行うプログラマー的な採用の数を見直したり子会社を100%化する手をうちました。今後は2~3年程度のすでにマーケットで経験を積んだ方々を中堅社員として迎える方向にあるでしょう(中堅より30%~50%年収が高いのでそれは非常に容易)。逆に中堅・中小のIT企業は現時点では新卒をチャンスとして多くとるでしょうが、次の3年後にその上位20%は大手に吸収されるという展開(2030年ころ)にあると推察しています。
つまり、より中堅・中小のIT企業はある面とがった要素を会社の機能として持つ必要があるかもしれません。でないと単なる新入社員の育成機関になってしまいます。
2030年、スタンダード市場への上場を目指して
せっかく会社を作ったので、2030年にはスタンダード市場に上場したいという目標を持っています。人間は100年も200年も生きられるわけではないので、限られた時間のなかでやり遂げたいことのひとつです。
大学生へ伝えたいこと
いつも社員のミャンマー人含めて若い方とお話しするときに心がけているのは、「自分がその年齢の時の気持ちや考え方はどうであったか?」を務めて想い出してその方々の立場に立って会話をすることです。つまり「比較すると、ほとんど100%、私のそのころのほうがずっとひどい人間だった、ということが分かりやすいです。いまでも大したこは決してありませんが、その当時の人格はかなりボロボロでしたからまあその彼か彼女の下の下ということになります」。
皆さんが、こうやってコンタクトを取ってくるような環境でもなかったです(何しろInternetはまだない・・・)。だからこそアドバイスできるとすれば、人間にしかできないことをやること。それに尽きると思います。
グローバルで体験・経験を積むことも、非常に重要です。すでに私の学生時代から欧米の方は、アメリカ人もヨーロッパの方も、たくさん世界中をまわっていました。違う文化や宗教を持つ相手の立場を考えるためには、相手が何を考えているかを会話しながら想像する力が要ります。日本人だけを相手にしていても、日本人が何を考えているかを理解するのは決して簡単ではない。ましてやミャンマーの方やグローバルでそれぞれ色々な環境で過ごした方が何を考えているかなんて、経験を積まなければわからないものです。
お金がないのは、いつの時代もどこでも学生は同じです。だからこそ、時間を使って、人にしかできない経験を積んでほしいと思います。若いうちに1年くらい海外を放浪するくらいでもいいのではないでしょうか。経験だけは、お金では買えないものですから。
編集後記
今回、岩永さんにお話をうかがって、AIがどれだけ進化しても「人にしかできないこと」は残り続けるという言葉が、強く印象に残りました。ラグビー漬けだった学生時代から、IBMでの22年間、そして独立後のミャンマーとの出会いまで、常に現場に足を運び、自分の目で確かめて判断を積み重ねてこられた歩みに、経験の重みを感じます。AIエージェントの活用がレバレッジになる時代だからこそ、大学生である私たちも、頭で考えるだけでなく実際に動いて経験を積むことの大切さを、あらためて考えさせられるインタビューでした。