関西で過ごした学生時代
ダンスに明け暮れた日々
性格はどうだったか、あまり自分では覚えていませんが、どちらかというとおとなしめだったのかもしれません。大学では工学部の物質科学工学科で、いわゆる応用化学を専攻していました。今の仕事とはまったく関係のない勉強をしていましたね。
私は大阪出身なのですが、大学受験当時は神戸大学の建築学科に行きたいと思っていました。空間やデザインに関わることになんとなく興味を持っていたのですが、神戸大学の入試には落ちてしまいまい、かといって浪人するほどの熱量や度胸もなかったので、私学の同志社大学に進学しました。たまたま席が隣だった高校の同級生が化学系の学科を目指していたので、自分も化学は好きだから化学系でいいか、というくらいの気持ちで進学先を決めました。
そもそも勉強は好きではなかったので、進学後はストリートダンスのサークルに入って、ヒップホップとブレイクダンスをずっとやっていました。勉強はそっちのけで、ダンス練習をするかアルバイトをするか、あとは同じ学科の友人たちと朝までゲームをするか、そんな日々を送っていました。
エンジニアからデザイナーへ
留学で気づいた日本の魅力
卒業後は株式会社ワークスアプリケーションズという会社に入社しました。この入社にたどり着いたきっかけも、実は大学時代の話にさかのぼります。単位が1単位だけ足りず留年してしまったのですが、1単位のためだけにもう丸1年通学するのは非常に抵抗感がありました。そのため、親に頼み込んで半年間だけカナダのトロントに留学をしました。
留学中は、日本の魅力にあらためて気付かされることばかりでした。帰国したときには、日本を強くするような仕事をしたいという思いが芽生えて、商社とIT関係の会社を中心に就職活動をおこない、そのうちの1社がワークスアプリケーションズ社でした。当時の社長である牧野社長のビジョンにとても惹かれて入社したのですが、周りが本当に優秀な人間ばかりで、なんとか食らいついている状態でした。プログラミングの経験がまったくなかったこともあり、仕事をしているというより仕事に追われているような感覚で、しんどさも感じていましたね。
電子書籍の表紙作りから見えたもの
会社員という働き方自体にもしっくりきていない自分がいたので、電子書籍出版をサポートする個人事業をはじめました。ちょうどAmazonがKindleを日本に持ってきた年で、当時はある程度プログラミングをかじっていないと出版のハードルが高い状況だったことに目をつけ始めたのです。
その仕事のなかで、書籍の表紙デザインを頼まれたことがありました。やったことはなかったのですが軽い気持ちで引き受けてみたところ、それが一番楽しくて、しかもお金もいただけることにそれまでの人生で味わったことのない喜びを感じました。そのとき、高校時代になんとなく空間やデザインに興味があったことを思い出して、自分の好きなことをやりたいという思いが真剣なものに変わっていきました。そして紆余曲折を経て、インテリアデザイナーに転身することができ、その後6年ほど東京のアトリエ系デザイン事務所でデザイナーとして働きました。
「非効率」と「孤独感」への気づき
施工管理アプリ会社での発見
デザイン事務所で経験を積んだ後は、独立するかと思いきや、施工管理アプリで建設DXを進めている株式会社アンドパッドに入りました。ITの知見と建築施工業界の知見、その両方を持つ人材を求めていて、私自身もこの会社のビジョンにとても惹かれたため、新規事業開発室のプロダクトマネージャーとして参画させてもらいました。
現場の非効率、とくに施工のフェーズで起きる非効率を解消するプロダクトの事業企画や開発マネジメントを担当していました。ただ、私自身はもともとはインテリアデザイナー、つまり設計者側の人間だったので、施工側の不とはまた別に設計者にとっての不も結構あったなと、働きながら思い起こされました。
自分でやりたいという気持ちが強くあったので、「デザイナーに、もっと自由を。」というミッションを掲げ、デザイナーにゆとりを生み出すための事業として、エスプラン合同会社という会社を興しました。これが、株式会社オンドの起業に至る経緯です。
テクノロジーの力で、働き方だけでなく業界構造そのものまで変革できる。アンドパッドの仕事を通じて得られた気づきです。この経験がなければ、シンプルにインテリアデザイナーとして独立し、デザインの仕事だけを続けていたかもしれません。
コミュニティプラットフォーム「ondó」
業界に足りない「共有」の文化
オンド社もエスプラン社も、どちらも「デザイナーに、もっと自由を。」というミッションは同じで、エスプラン社では建築3DCGパースやVR、ウォークスルー動画などのビジュアライゼーションの制作を行っています。お客様はインテリアデザイナーや建築、施工会社の方々ですので、この事業を通じて業界の構造的な課題やニーズを探っていました。
そのなかで新規事業の構想を深め、プロダクト名をそのまま会社名にした、株式会社オンドを設立しました。インテリアデザイン・建築・施工業界向けのコミュニティプラットフォーム「ondó(オンド)」は、調べ物と人探しができる場として実名制のコミュニティで立ち上げ、今年の3月にベータ版をリリースして、約250名のプロの方々にご登録いただいています。
ITの世界でいうところのGitHub(ギットハブ)やStack Overflow(スタックオーバーフロー)のようなオープンソースの文化、シェアし合って高め合える文化が、実はインテリアデザインの業界には広くは浸透していません。そういうものがないと、困ったときに聞ける相手が自社の同僚くらいに限られてしまったり、みんな忙しくしているので、そもそも聞きづらいということもあります。
かといって、大事な仕事に関わることを汎用的なWeb掲示板で聞くのは信用性に欠けてはばかられます。そこで、プロ同士がつながり、ある程度の信頼性が担保された状態で交流できる場があれば、会社の上司や先輩以外にも気軽に相談できるのではないかと考えました。知見やつながりが「ondó」というひとつのWeb空間のなかに蓄積され、業界内で広く循環させるための仕組みです。空間づくりに携わるプロフェッショナルが、自由に、かつ持続的に活躍できる業界になる。それが「ondó」の目指す、未来の当たり前です。
試行錯誤の連続
マネタイズという壁
大変だったのは、キャッシュポイントをどこに置くかについて。「ondó」の土台はコミュニティであり、人と人とがつながってコミュニケーションを交わす場です。とはいえ事業としてやる以上、どこかでマネタイズをしなければならないという点も同時に考えなければなりません。
経営者としてとても恥ずかしいですが、売上を立てることそのものに意識が持っていかれてしまい、根本にあるコミュニティづくりやその活性化をどう進めていくかという部分に、最優先にリソースを割けなかったことが大変だったことの一つです。
もう一つは、新規事業であるがゆえに、自分がやっていること、この事業そのものが本当に社会から求められているのかどうかという問いが常に頭から離れないことです。アクティブユーザーが増えているうちはこの感覚も和らぐのですが、増えないときは、その問いに自分自身がすっと答えられなくなります。そこがしんどさにつながっているのだと思います。
ピボットの繰り返し
行動として大切にしてきたのは、トライアンドエラーの繰り返しですね。私自身もユーザーの1人として「ondó」を使いながら、日々発見と改善を重ねてきました。プロダクトの開発チケット数は、リリース直後から300個近くにのぼっていましたので、開発チームも大変だったと思います。
またこの事業ではもう一つ、一番大きな壁がありました。いわゆる「チキンエッグ(鶏が先か、卵が先か)問題」です。
コミュニティに人が集まり定着する理由は、そのコミュニティにすでに人が集まり定着しているからです。つまり、人を増やそうと思えば最初から人が集まっている状態が必要ですが、立ち上げたばかりのコミュニティには当然、人はいません。人がいないコミュニティには、人が集まらない。
そこで、コミュニティに加わる動機を「コミュニティそのものの魅力」だけに頼るのではなく、もっとわかりやすい「参加しなければならない理由」を用意しようと考えました。それが、プロ同士の協業マッチング機能です。施工はできてもデザインができない施工会社がデザイナーとつながったり、デザイナーが職人や芸術家とつながったりする形です。さらにプロ同士だけではなく、プロに仕事を依頼したいオーナー、つまり施主とのマッチングや案件獲得という動機づけも打ち出しました。従来のコミュニティのなかで完結していたやり取りを、オンラインによって広げることができれば、東京にいながら北海道や沖縄の案件に関われたり、海外まで活躍の場を広げることも可能です。
ニーズは確かに存在していました。しかし、思うように結果は振るいませんでした。
試行錯誤の歩みは止めず、今は大きな仕組みづくりから一度離れ、小規模でのコミュニティづくりやオフラインでの交流、一人ひとりと向き合う個別の相談などを通じて、次の一手を探っています。
実名制が裏目に出た
「ondó」はもともと実名制で、会社名の登録は必須ではないものの、ほぼすべての方が会社名と個人名をそのまま登録してくださっていました。これは、参加者の人たちが自分の発信する情報に責任を持ってほしい、という思想によるものでした。
しかし、ユーザーが発信をためらってしまっている一番シンプルな理由は、実名制だったからではないかというところに行き着いています。匿名でないと聞きづらいこともありますし、答える側にも責任を負わされる感覚があります。そもそも、インテリアデザイナーの方にいい加減な人はいません。図面の線一本で大きな影響が出るような仕事だからです。性善説とは少し違うかもしれませんが、匿名制のなかでこそ良質で自由なコミュニケーションが生まれるのではないかと今は考えています。
これから守りたいもの
ゆとりのないデザイナーのために
私が一番守りたいと思っているのは、ゆとりのないプロの方々です。今のご自身の状況に満足していて、仕事もプライベートも何も困っていない方には、「ondó」のようなコミュニティも必要無いかもしれません。時間が足りなかったり、仕事が思うように進まなかったり、そうしたゆとりのない方に向けた場所でありたいと考えています。
この業界はそもそも人手不足で、新しい人が入ってこなければ担い手はどんどん減っていきます。一方で、昨今ですとオフィスやホテルなど空間づくりの需要は増え続けています。担い手が減って仕事が増えれば、一部の組織や人に仕事が集中していきます。経済の面だけで見ればよいことのようにも見えますが、そこで仕事をする一人ひとりのゆとりはどんどんと失われ、プライベートとの両立も当然難しくなっていきます。
今の中堅世代の働き方を変えることができれば、これから業界に入ってくる次世代の方々が働きはじめるころには、業界の働き方そのものも変わっているはずです。最初は誰もがこの業界に憧れや情熱を持っていても、現実に直面して、その気持ちが小さくなり離れていってしまう方もいます。それはとても残念なことだと思っています。次世代の方々がこの業界に憧れを持ち続けられる土台を作っていきたい、それが私の事業の根幹です。
ウェブサイトを一時休止して
このビジョンを叶えるための次の一手として、ちょうど大きなピボットを決めたところです。実は今年7月末に、Webプラットフォームとしての「ondó」のサイト自体を一時休止し、かわりにLINEのオープンチャット「若手インテリアデザイナーの輪」を開設して運用を開始しています。
日々の業務で直面する課題や、キャリアに関する悩みなど、学校ではなかなか教わることのない実務のリアルを気軽に話せる場として、まだキャリアの浅い方やこれからこの業界を目指す方に向けた匿名制のコミュニティです。匿名のお陰か、まだ少数ながらも深い質問をしてくださる方が出てきています。
ビジョン図鑑を見てくださっている学生の皆さんにも、ぜひご参加いただけると嬉しいです。
編集後記
今回は株式会社オンドの清島様にお話をうかがいました。取材を通して印象的だったのは、うまくいかなかったことも含めて率直に語ってくださったことです。実名制コミュニティからLINEオープンチャットへのピボットのお話からは、仮説と検証を積み重ねる姿勢の大切さを学びました。「デザイナーにもっと自由を」というミッションのもと、これからの「ondó」の展開がとても楽しみです。貴重なお話をありがとうございました。