祖父の会社を継いだ日々
私の祖父は海軍の技術者で、戦後まもなく地元・清水で部品の製造会社を立ち上げました。私はその会社の三代目として、若いうちから経営を引き継いでいます。そうして既存事業を継承しながらも、新しい事業を自分自身で立ち上げたいと考えていました。様々なアイデアを考え、何年も試行錯誤していました。
幾つかのアイデアは実際に検討してみたものの、事業として実現するのが難しく、断念したものもあります。正直、少し行き詰まりを感じていた時期です。
スコットランドで見つけたもの
ちょうど気分転換にと、プライベートでウイスキーの本場スコットランドを旅することにしました。訪れたのは、聖地といわれるアイラ島です。特に印象に残ったのは、当時まだ珍しかった小規模な蒸留所でした。大きな設備を持つ有名な蒸溜所とは違い、つくり手の顔が見え、地域に根を張りながらものづくりをしている。その姿が、地元・静岡の小さな酒蔵にも重なって見えました。これくらいの規模なら、ウイスキーは自分で飲むだけでなく、つくることもできるのではないかと考え始めたのです。それまでウイスキーは大好きでよく飲んでいましたが、仕事にしようとは一度も思っていませんでした。
そこからウイスキーをつくる仕事を立ち上げようと決め、まずは輸入販売から始め、2014年にウイスキーの製造会社を設立しました。
何もわからないところからの挑戦
業界のことは何もわからないところからのスタートでした。お酒には資格制度があるので、まず販売や提供に必要な免許を取り、輸入販売についても手探りで進めていきました。製造についても、業界の先輩方に一から教えていただきながら学んでいきました。
本来であれば将来的に競合となるかもしれない私に対しても、先輩方は技術や知識を惜しみなく共有してくださいました。それは、ウイスキー業界の素晴らしさだと思いますし、「一緒に日本のウイスキーを盛り上げていこう」という励ましでもあったと思います。
日本国内も海外も、ウイスキー業界は思っている以上に小さな世界で、人と人とのつながりでビジネスが成り立っていると実感しています。
クラフトウイスキーという言葉
弊社のウイスキーづくりで大切にしているのは、製法そのものよりも先に、それまで業界になかったコンセプトを提示することでした。「クラフトウイスキー」という言葉自体、私がつくった言葉です。当時は英語圏でもまだ使われていない言葉でしたが、クラフトビールという言葉を参考に、一年ほど企画を重ねてつくりました。ちょうど小規模で独立系の蒸溜所が少しずつ出始めていた時期で、新しいジャンルを立ち上げて業界を盛り上げていきたいという思いがありました。
また、日本のウイスキーは、大麦をはじめとする原材料を海外から輸入して仕込むのが業界の常識でした。弊社では、静岡県内で育てた地元産、県外の日本産、そしてスコットランドから輸入したものなど、いろいろな大麦を組み合わせてウイスキーの原酒をつくっています。蒸留の燃料には通常はガスや石油を用いますが、弊社では地元の山の間伐材を燃料にしています。地元の森林を管理する木こりさんと協働して、森林を健全に保つために間引いた木材を供給してもらっています。もともと再生可能エネルギーに強い関心を持っていた時期があり、そうした地元との協力関係が、結果的に大麦の調達などにもつながっています。
世界基準で評価される味
2016年に最初の蒸留を行い、2020年からシングルモルトウイスキーを発売しています。2024年からはワールド・ウイスキー・アワード(WWA)に出品を始め、初出品の年から3年連続で日本のスモールバッチ・シングルモルト部門で金賞を受賞しています。このアワードは世界最高峰のウイスキー専門品評会の一つで、金賞を受賞するのは非常に狭き門です。国内でこの部門で金賞を3年連続で受賞しているのは、弊社だけです。他社がやっていないことを最初にコンセプトとしてつくり、それを商品にして、世界の舞台でも認められるようになるまで、10年以上かかりました。
めざす規模と着実な酒造り
事業をどんどん大きくしていきたいという考えは、正直あまり持っていません。適正な規模と高い品質を保ちながら、安定的に事業を運営していくことが一番大事だと思っています。ウイスキーづくりを始めてもうすぐ10年になりますが、メーカーとしてはまだまだ半人前です。18年ものといった長期熟成のウイスキーも、これから少しずつしか進められません。一年一年、着実に美味しいウイスキーを世に送り出していくことを大切にしています。
現在はアジアや北米など10カ国ほどにウイスキーを輸出しています。まだ量としては大きくありませんが、静岡の山の中でつくったウイスキーを、遠く離れた国の人たちが楽しんでくれている。そのことには大きな可能性を感じています。
まずは国内に重きを置いていましたが、これからは海外に出て、実際に飲んでくださる方たちに会いながら、静岡のウイスキーを届けていきたいと思っています。
学生へのメッセージ
私自身、若い頃から好きなことばかりやってきた人間です。周りには少し迷惑をかけてきたかもしれませんが、興味のあることには気の済むまで挑戦してきました。お酒もそのひとつで、まさか仕事になるとは全く思っていませんでした。自分自身の興味と、周りにいた人たちからの影響、それまで積み重ねてきた知識や経験が組み合わさって、今の事業に繋がっています。今は大企業でもどんどん状況が変わっていく厳しい時代なので、悔いのないよう、興味のあることには挑戦してみるのがよいと思います。
40歳を超えてから英語を使ってビジネスをするようになるとは、自分でも思っていませんでした。ここは静岡の山の中ですが、それでも世界とつながる仕事ができていて、海外からもたくさんのお客様に来ていただいています。AIやコンピューターのおかげでコミュニケーションはずいぶん楽になりましたが、それでも最後は人と人とのやり取りです。中学生程度でよいので、英語で軽く冗談を言えるくらいのコミュニケーション能力があると、自分の世界がぐっと広がるのではないでしょうか。仕事をする場所や条件というより、そこで誰と繋がり、どんな価値の仕事ができるか。そういうことの方が大切なのではないかと思います。
編集後記
祖父の代から続く製造業を継ぎながらも、スコットランドでの一つの出会いから人生を大きく転換された中村様のお話は、興味を突き詰める力の大切さを教えてくれるものでした。はじめから今の姿を思い描いていたわけではなく、自身の興味を突き詰め、それまでとはまったく畑違いの世界に飛び込んで新しい挑戦を重ねてこられた姿が印象的でした。
ゼロから蒸溜所を立ち上げ、10年以上かけて一つひとつ積み重ねてきたものづくりが、静岡から世界とつながる仕事へと育っていく。そのプロセスにこそ、成功のかたちがあるように感じました。好きなことに正直に生きるという言葉を、就職活動を控える身としても胸に刻みたいと思います。