北海道出身、システムエンジニアから酪農の世界へ
野村総合研究所(NRI)での10年間
私は北海道の出身で、北海道大学大学院を修了しました。新卒で入社したのは野村総合研究所(NRI)です。そこでアプリケーションエンジニアとして、お客さまのシステムを開発する仕事を10年間やっていました。
そこから2020年にNRIを退職して、1年ほどの準備期間を経て、2021年にミルクデザイン株式会社を創業しています。
もともとはITの仕事をしていたので、なぜ乳製品の製造業にスイッチしたのかと、よく聞かれるんですよね。ITを活用することで解決できる課題はたくさんありますが、物理的な問題から、ITだけではなかなか解決できないこともあります。
その一つが乳製品の製造をめぐる課題でした。それに取り組む会社として、ミルクデザインをつくった経緯があります。
東京では解けない課題に向き合う
乳製品の製造では物理的な設備が必要です。生乳は、搾ったままの状態で販売できるわけではありません。殺菌してボトリングするといった加工が必要なので、酪農家がインターネットを使って直接販売しようとしても、製造設備がなければいけません。
野菜や牛肉であれば、生産者がインターネットを使って直接販売する方法もあります。でも生乳の場合は、「直売する仕組みがありますよ」というだけでは解決できないんです。
これは東京でシステム開発をしているだけでは、いつまでたっても解決しない課題だと感じていました。だからこそ、この課題に取り組む会社を立ち上げたんです。
あえて「田舎」を選んだ理由
NRIにいると、周りは優秀な人ばかりで、その中で頭ひとつ抜けるのはなかなか難しいんですよね。部内のエースくらいにはなれても、その先で自分が社長になれるかと考えると、そこまでのイメージは湧きませんでした。
そんなときに考えたのが、北海道出身で田舎に住むことに抵抗がないというのは、自分にとって強みなのではないかということです。
会社には東京出身の人も多く、「田舎はコンビニもないけど、夜中に熱が出てポカリが必要になったらどうするの」と本気で心配する人もいました。そこで、田舎に住むこと自体を大きなハードルだと感じる人もいるのだと気づいたんです。
東京に行けば、私と同じようなスキルを持つ人はたくさんいます。希少性が低ければ、自分の価値も出しにくくなります。
一方で、ど田舎に行けば、私のようなキャリアを持つ人はほとんどいません。同じ能力でも希少性が高くなれば、その分だけ価値も高くなる。そう考えたことも、あえて北海道の田舎を選んだ理由の一つです。
小規模でも採算が取れる「マイクロファクトリー」
グラスフェッドミルクという稀少な生乳
当社の事業は、乳製品の製造販売業です。私自身が酪農や牧場を営んでいるわけではなく、パートナーの牧場から生乳を仕入れています。その牧場の生乳がとても特徴的で、「グラスフェッドミルク」と呼ばれるものなんです。
グラスフェッドとは、牛を牧草だけで育てる方法のことです。日本ではまだあまり馴染みがないでしょう。健康面・味・環境面にメリットがあり、サステナブルな畜産方法だとされていますが、経営の効率はあまりよくないんですよね。
ブランド化して高く売れるのであれば、取り組むメリットがある事業です。ただ、それができなければ、あえてグラスフェッドに取り組む酪農家にとって、経営上のメリットは大きくありません。
こだわりが届きにくい生乳の流通
牛肉の場合は、ひとつの牧場で育てたものを、その牧場の商品として流通させることができます。でもミルクの場合、特定の牧場の生乳だけを流通させるのは、なかなか難しいんですよね。
例えば、私が住んでいる北海道オホーツクの地域には、200〜300ほどの牧場があります。それに対して、乳業メーカーが牧場と同じ数だけあるわけではありません。大手の乳業メーカーがあり、その周囲に牧場が点在しています。
そのエリアで生産された生乳は近くの工場に集められ、他の牧場の生乳と混ざります。せっかく放牧して、手間暇をかけて育てても、そこで混ざってしまうんですよね。そうなると、手間をかけて放牧するよりも、メガファームのような形で大量に生産した方が合理的ということになります。
一方で酪農や畜産を学ぶために、北海道の大学へ進学する学生たちが思い描く牧場は、そうした姿ではないことも多いんです。広大な大地に牛が歩いているような牧場をイメージして入学する人が多いでしょう。
でも実際には、そうしたスタイルでは、経営を成り立たせるのが難しい。そのギャップもあって、せっかく酪農を学んでも、酪農家にならない学生が多いという現実があります。
少量生産でも成り立つ仕組みをつくる
現在、酪農家の平均年齢は63歳です。乳業のビジネスモデルは、量をたくさん扱うことで採算を合わせるもので、大量生産・大量消費を前提にしています。そのため、ひとつの牧場の生乳だけを使って小規模に事業をやっても、普通にやると採算が合いません。
それなら「酪農家が自分で加工や販売までやればいい」という考え方もありますが、人間はそんなに万能ではありません。酪農はできても、乳製品の製造や販売まで一人でできるのか、家族だけですべてできるのかといった問題や、スキルの問題があります。
もう一つは、お金の問題です。酪農を始めるときには、借金をして牧場を買い、その借金を長い期間をかけて返していくケースが少なくありません。すでに牧場のための借金がある状態で、さらに乳製品製造設備のための借金をするのは、なかなか難しいんですよね。
そこで、少量生産でも採算が成り立つ乳製品製造業の事業モデルをつくれれば、一つの解決策になると考えました。
小規模製造を支える「マイクロファクトリー」
当社では小規模な乳製品製造設備を、自分たちで「マイクロファクトリー」と呼んでいます。パートナーの牧場から生乳を仕入れて、牛乳・チーズ・バター・ヨーグルト・アイスなどに加工し、販売しています。
ただ、小規模な製造にはコスト面での難しさがあります。加工設備を持つには設備投資が必要で、大規模な乳業メーカーと比べると生産性も低くなります。
さらに、当社ではグラスフェッドの生乳を、JAの価格よりも高く仕入れています。原料を高く仕入れ、コストのかかる方法で製造しながら、事業として採算を合わせなければいけないわけです。
もちろん販売価格は高く設定しますが、どこまでも価格を上げられるわけではありません。それでも黒字化して、事業としてサステナブルに成り立たせたい。簡単なことではありませんが、それを実現するために取り組んでいます。
課題は「認知」をいかに広げるか
大企業のようなマーケティングはできない
いまの課題は、グラスフェッドミルクの認知度がまだまだ低いことです。大手の乳業メーカーであれば、渋谷に大きな看板を出したり、新商品のたびに広告を大量に投下したりできます。そうやって短期間で、世の中の認知を広げることができるんですよね。
でも規模が小さいと、そうした大規模なマーケティングはできません。だからこそ、付加価値の高い商品を売るには、その価値をきちんと理解してもらうことが重要になります。価値をきちんと認識してもらわなければ、お金を払ってはもらえないですから。
もともと大企業にいたので、こういったことはあまり意識したことがありませんでした。しかし、実際にローカルで小さく事業をやってみると、人に知ってもらうこと自体が大きな課題になるのだと感じています。
日本ではまだ低いグラスフェッドの認知度
グラスフェッドは、日本ではまだ認知度が低く、商品を購入できる場所も限られています。そのためネットで購入するケースが多く、送料がかかる分、どうしても割高になりやすいんですよね。
そうした状況のなかでも、当社の商品を買ってくださるのは、健康意識の高い女性が多いです。美容に関心のある方にも選んでいただいています。
一方で、アメリカやヨーロッパでは、グラスフェッドの認知度は日本より高いと感じています。特に、ヨーロッパでは健康面だけではなく、サステナブルな方法で生産されているか、容器まで環境に配慮されているかといった点も意識されています。
日本でも、オーガニックは海外から時間差を経て知られるようになりました。今後グラスフェッドも同じように認知が広がり、一定の需要が生まれれば、スーパーなどで購入できる場所も増えていくと思っています。
一人でSEOやAI時代の情報発信に取り組む
まだ日本では認知度の低いグラスフェッドですが、ネットの世界であれば、規模が小さくても取り組めることがあります。SEOや、最近で言うところのAIO(AI最適化)的な取り組みは、一人でもできる部分です。
「グラスフェッドミルクとは」と検索したときに、自社サイトが上位に出てくるようにしたり、AIの要約に引用されるようにしたりといった取り組みは、私が担当しています。
弊社の従業員は10名ほどで、基本的には製造のスタッフなので、情報発信の部分は今のところ私がメインで動いている状態です。それもあって、SNSまで十分に手が回っているわけではありません。
ネットの世界でも、大企業はかなりの広告費を使っています。分析ツールなどを見ると、企業がどのくらい広告費をかけているのか推測できて、結局は広告費の勝負になる部分もあるんですよね。
だからといって、規模が小さいから取り組まないということにはなりません。たとえ規模が小さくても、できることには取り組むことが大事だと思っています。
小規模乳製品製造を当たり前に
今後のビジョンは、いま取り組んでいる小規模な乳製品製造という選択肢を、当たり前のものにしていくことです。グラスフェッドや、オーガニックのような分かりやすい特徴を持った生乳であれば、それを価値として届けやすくなります。
そうした特徴のある生乳を、小規模でも乳製品として加工し、事業として成り立たせられるようにしていきたい。そのハードルを少しずつ下げていきたいと思っています。
学生へのメッセージ:最初の3年が、その後の基準をつくる
最初の基準をつくることの重要性
私は、20代の早い段階、下手をすると社会人になって最初の3年くらいで、その後の社会人人生の方向性がかなり決まると感じています。
学生から社会人になったときは、右も左もわからない状態です。そのときに教えられたことを、「社会人とはこういうものなんだ」と受け取って、どんどん叩き込まれていくと思うんですよね。
私のころは、上司が言うことが正解のような前提で、それを社会人の当たり前として受け入れていました。でも実際には「社会人とはこういうものだ」というよりも、その会社の当たり前や、その部署の当たり前、その上司の当たり前を教えられているだけかもしれません。
それでも、受け取る側は「社会人とはこういうものなんだ」と解釈して、自分自身もそうなっていくと思います。
最初にあまりよくない基準ができてしまうと、それを30歳くらいになってから直すのは、かなりエネルギーが必要です。だから、最初に「社会人とはこのくらいのレベルなんだ」という基準をつくる場所は、しっかり選んだ方がいいと思います。
やりたいことを軸にしない
もう一つ伝えたいのは、就職活動では、あまり「やりたいこと」をやろうとしすぎない方がいいのではないかということです。やりたい仕事があって会社に入っても、その部署に配属されるか分かりません。その部署に入っても、やりたい担当になるとは限りません。
仮に入社するときに「これがやりたい」と話して、その仕事ができたとしても、2年後・3年後・5年後・10年後には、異動するかもしれませんよね。逆に、自分自身の興味が3年後・5年後には、変わっているかもしれません。
だから、「その瞬間にやりたいこと」を軸に会社を選ぶのは、あまり重要ではないと思っています。それよりも死ぬときに人生を振り返って、「よかったな」と思えるかどうかが大事だと思うんです。
22歳の「やりたいこと」よりも、40年の仕事人生でレバレッジを効かせるため、社会人としての最初の基準をつくるために最適な場所はどこなのか。そういう視点で、入る場所を選んだ方がいいと思います。結局、人間は環境にかなり左右されますからね。
編集後記
山田様のIT企業でシステム開発に携わった経験を持ちながら、北海道で小規模乳製品製造に取り組むまでの経緯が、とても印象に残りました。
また、就職先を社会人としての基準をつくる場所と考えるというお話も、自分自身の進路を考える上で大きな学びになりました。今回のお話を、これからの選択に生かしていきたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。