野球漬けの学生時代とまさかの怪我
兵庫県出身の野球少年
出身は兵庫県です。子どもの頃の夢はプロ野球選手で、高校も寮に入って野球一筋の生活を送っていました。両親が教師だったこともあり、なんとなく「自分も教職に進み、大学へ行く道を歩むのだろう」と思っていました。
セレクション前日の骨折
転機になったのは、大学のセレクションを控えていた時期です。先輩の寮に泊まりに行った際、サイズの合わない靴を借りて階段から転んでしまい、翌日のセレクションを受けられなくなってしまいました。私はキャッチャーで、バッテリーを組んでいたピッチャーとは「二人で合格しよう」と話していたんです。それが片方だけ受けることができなくなり、ここが人生の分岐点になったのかなと、今になって思います。
航空自衛隊でのレーダー管制官時代
埼玉に配属になった経緯
これを機に大学進学はいったん諦めることになりました。実家が公務員一家だったこともあり、当時よく聞いた「航空自衛隊に入りませんか」という誘いに乗ることにしました。パイロットに憧れていたのですが、高校まで体育科で体を動かしてばかりだったので学力がまったく追いつかず、パイロット試験には落ちてしまいました。その後、一般の航空自衛隊員として配属されたのが埼玉県です。今もこの地に住んでいるのは、この時の縁によるものです。
テポドン一号を見逃した夜
自衛隊では、レーダー管制の仕事を担当していました。地下3階の暗闇の中、レーダー情報から敵機を判断し、ボタンひとつでF15がスクランブル発進するという特殊な世界に身を置いていました。当時、北朝鮮からテポドン一号が発射された際も、実はレーダーには映っておらず、民放テレビで大騒ぎになってから初めて知ったほどです。当時を詳しく知らない世代の方も多いかもしれませんが、そんな一幕もありました。見落とした訳ではありません。
その後の勤務地は、人が住んでいないようなレーダーサイトに行くのが決まりのコースでした。結婚して子供を育てることを考えると、この先は厳しいだろうと感じ、任期の区切りとなる3年のタイミングで退職を決めました。当時知り合っていた妻との将来も考え、「しっかり稼げる仕事に就こう」と考えたのがきっかけです。
佐川急便からエアコン業界へ
家族のために転身を決意
自衛隊を辞めてからは佐川急便に入り、8年ほど勤めました。当時はいわゆる「ガテン系」の仕事で、やればやった分だけ稼げる世界でした。子どもは当時4人いて、誕生日を祝おうにも帰宅が日付をまたいでしまい、翌日の誕生日会になることもしょっちゅうでした。「朝は早く帰りは遅い」、働き方改革などという言葉がまだなかった時代です。
ヤマダ電機の下請けからスタート
配達先のお客さまの中に、ヤマダ電機のエアコン工事を請け負う会社がありました。お中元・お歳暮の繁忙期に手伝ってもらううちに仲良くなり、「まともな仕事をしたほうがいい」と誘いを受けました。すぐには決断できず、重い腰を上げるまでに3年かかりました。子どもが4人いる中で、佐川急便の給与水準を維持しながら独立するのは簡単な決断ではありません。それでも「家族のためだ」と妻を説得し、この業界に足を踏み入れたのが始まりです。
エコポイント特需と業務用エアコンへのシフト
特需が終わって見えた課題
独立してからは一人親方として、ヤマダ電機の下請けという立場でスタートしました。夏場の5月から8月にかけてエアコンをひたすら取り付け、それ以外の時期はめっきり仕事がなくなり、4〜5か月で1年分を稼ぐような働き方でした。当時はエコポイント制度があり、家電の買い替えが商品券で還元されるキャンペーンが1年ほど続いたため、洗濯機や冷蔵庫、エアコンといった白物家電の需要が一気に高まり、その恩恵も受けました。地上デジタル放送への移行期とも重なり、アンテナ工事の需要もかなりありました。ただ、これらの特需が終わるとぱたりと仕事がなくなり、強い危機感を覚えました。
法人化のきっかけ
そこで手を広げたのが業務用エアコンです。業務用は真夏や真冬に工事をしにくく、ビル一棟のエアコンを一度に交換すると入居者が困ってしまうため、涼しい時期に大がかりな工事をすることが多く、年間を通して仕事を確保しやすいという強みがあります。一人親方を3年ほど続けた後、一人ではできない仕事を増やすために法人を立ち上げたのが弊社の始まりです。当時はヤマダ電機に続いてケーズデンキが急成長していた時期で、その波に乗ろうとした際、「個人事業主では相手にされない」と言われたことも法人化の後押しになりました。
現在の弊社の強みは、エアコンの交換だけでなく、内装工事や重量物の搬入といった周辺業務まで、社員だけでのワンストップ工事に対応できる体制です。建設業はさまざまな職種の業者に分かれて動くことが多いものの、弊社にご依頼いただければまとめて対応できるという点を大切にしています。
社員の横領事件という試練
気づかぬうちに広がった不正
事業を続ける中でもっとも苦労したのは、資金繰りというより、社員による横領でした。現金でのやり取りが今より多かった時代、量販店の直収で現金を預かった社員が、領収書を切らずに値引きしたようなかたちで代金を着服していたことがありました。私たちも気づきにくいところで起きていたことなので、発覚した時には信用問題にまで発展してしまいました。
円形脱毛症という試練
社員の横領問題は信頼回復に相当な時間を費やしました。過去に弊社が設置・配送させていただいた、客先に1件1件電話で確認し同じ事が会社ぐるみで起きていないかの調査の指示を受け、2〜3か月ほとんど仕事にならない時期もありました。あまり悩む性格ではないつもりでしたが、この時ばかりは初めて500円玉ほどの円形脱毛症ができてしまい、自分でも驚きました。この経験から、社員を管理することの大変さを身をもって学びました。
これから描くビジョン
人手不足を逆手に取る
今後のビジョンとしては、人手不足の時代だからこそ「人がいる会社」が強いという発想を大切にしています。温暖化が進む中で需要が絶えないこの業界は、人材さえ確保できれば成長し続けられるからです。そのため、採用には特に力を入れています。「ビジョン図鑑」のような媒体との連携もその一環で、2年間の取り組みを経て、今年は新卒5名の採用に成功しました。社員は19名になり、平均年齢は28歳ほどです。長男が18歳で入社し5年が経ち若手をまとめてくれていることもあり、これからは自分たちを「テック第二世代」と呼びながら、若い世代の働き方をどう支えるかを考えています。
若手の働きやすさを一番に
働きやすい環境づくりとして、部活動のような福利厚生も取り入れています。社員とツーリングに出かけたり、筋トレ好きの社員の要望でジム機材の導入を検討したりしています。最近は「推し活」を楽しむ社員も多く、ライブに行く費用を会社で負担するといった取り組みも行っています。ベトナム人材の受け入れも進めており、昨年完成した寮は2階がベトナム人用、3階が日本人用です。日本人の部屋はすぐに埋まる一方で、ベトナム人の受け入れ人数も年々増えています。遠方からでも安心して働ける環境を整えるため、あえて寮を新設するという判断をしました。
学生へのメッセージ
二十代にしかない体力を活かす
私たちの世代と今の学生とで何が違うかといえば、やはり体力だと思います。知識はあとから追いつけても、体力の差だけはどうにもなりません。20代にしかできない挑戦はたくさんあり、私たち世代はもう腰が重くなってしまっています。若い人たちの間で体力に大きな差はないので、この平等にある強みを活かさない手はありません。
情報は誰にでも平等にある
体力に加えて、今は情報も平等に手に入る時代です。私たちの世代は、コネやつてがないと知りたい情報にたどり着けませんでした。たとえば弁護士になりたいと思えば、その方法をAIに聞くこともできますし、気になる歴史や建物のことも、調べればすぐに答えが出てきます。やりたいことが見つからないという学生も多いと思いますが、まずは「自分の優位性になるものを自分で見つける」ことが大事だと考えています。
高校は「高等な技術を学ぶ場」であり、大学はさらにその先にある場所です。弊社にも高卒・中卒の社員がおり、頑張れる体力を持っている人が強い世界だと感じています。アメリカで進んでいる「ホワイトカラーからブルーカラーへの回帰」も、AIに置き換えられる仕事が増えていく中で示唆的だと思います。技術職として人にしかできない仕事は建設業にまだたくさん残っていますし、この先も長く必要とされる分野です。
働く時間は自由だと思っています。8時間働いて8時間眠ったとしても、残りの8時間をどう使うかは個人の自由です。仕事の勉強に使ってもいいですし、遊びに使ってもいい。体力が有り余っている今のうちに量を重ねてもらえれば、これからの時代も生き残っていけると、社員にはずっと伝えています。弊社では「テックカラービリオネア」と名付け、20代で1000万円を目指そうと声をかけ続けています。どの時代にも頑張る人とそうでない人はいますが、人が少ない今だからこそ、人と違うことに挑戦する優位性があるはずです。20代であれば、失敗してもいくらでもやり直しがききます。そこは若い世代の一番の強みだと思っています。
編集後記
自衛隊のレーダー管制官から佐川急便、そして空調業界へと、体力と決断力で道を切り拓いてきた寺脇さんのお話には、勢いと温かさの両方がありました。とくに印象的だったのは「二十代にしかない体力を活かす」という言葉です。恵まれた環境が当たり前だと感じてしまいがちな私たち学生にとって、平等にある体力と情報をどう活かすかという視点は、あらためて自分の行動を見つめ直すきっかけになりました。就職活動を控える身として、寺脇さんの言葉を胸に、まずは自分の優位性を見つけることから始めてみたいと思います。