車いすバスケとの出会い
取材がきっかけで熱中した
私はNHK福島で3年間ニュースなどを伝えるキャスターを務めた後に、フリーアナウンサーとなりました。車いすバスケットボールとの出会いは、フリーアナウンサーになって初めて担当した取材でした。地元・千葉市にパラスポーツ用の車いすを作っている会社があって、そこを取材させていただいたのがきっかけなんです。車いすテニスの金メダリストである国枝慎吾さんなど、日本だけでなく世界のパラアスリートが使う車いすを手がけている会社でした。
車いすバスケそのものを見に行ったときの衝撃は、いまでも忘れられません。動画で見るのと会場で見るのとでは、迫力がまったく違うんですよね。選手同士がぶつかり合う場面もありますし、見ごたえのある競技だと感じました。
選手との距離の近さにひかれた
一番はまった理由は、選手との距離が近いことかもしれません。見学に行くと「来てくれてありがとう」と選手のほうから声をかけてくださって、活躍されている選手とも普通にお話しできるんです。そういう近さに触れて、私も応援したいという気持ちが自然と芽生えていきました。
起業の経緯
自己負担で遠征する現実を知った
車いすバスケの大会での実況やアナウンスを頼まれるようになり、そこから大会やクラブチームに深く関わるようになりました。全国には80近いクラブチームがあるのですが、多くのチームが遠征のたびに旅費や車いすの運搬費を選手自身で負担していることが多い現実を知ったんです。
車いすバスケ日本代表は、男子が2021年の東京パラリンピックで銀メダルを獲得しているくらい強い競技で、プロとして活動する選手も数名いらっしゃいます。その銀メダリストでさえ、自己負担で遠征している場合があるという状況でした。何が課題なのかいろいろなチームに聞いていくと、各チームにスポンサー企業がなかなか集まらないという声が共通していました。
営業できるのは自分しかいなかった
クラブチームのスタッフの方々は基本的にボランティアで、お仕事をしながらチームに関わっているため、営業をするだけの余裕がないこともわかりました。それなら、私がいろいろな企業に営業して、クラブチームにスポンサーをつけられれば、この状況を少しでも改善できるのではないか。そう思ったのが起業のきっかけです。
アナウンサーになる前は、シンガポールとインドで人材コンサルタントとして働いていて、企業の人材活用に関わる仕事をしていました。その経験を生かして、スポンサーになってくださった企業には人材研修や人材育成をリターンとして提供する、というビジネスモデルで事業をはじめました。
事業内容
スポンサー企業に研修という価値を提供
営業をはじめたのは今年の3月からで、いろいろな企業とお会いする中で気づいたことがあります。車いすバスケはプロバスケットボールBリーグなどと比べるとまだまだマイナーな部分もあり、単に企業名を露出する広告価値のためだけにスポンサーになってくださる会社は多くないということは予想していた通りでした。だからこそ、企業研修という実務に直結するリターンを軸にしています。とはいえ「研修をやってみたいけれど、やったことがない」ために研修実施を躊躇する企業も多く、スポンサー獲得は簡単なことではないと実感しているところです。
体験会や動画配信で多角的に支援
いまは人材研修を軸にしながら、企業や自治体のイベントなどで車いすバスケの体験会を開催し、ご協力いただいたチームに私の会社から活動支援金などの形でお支払いするという、複合的な仕組みを検討しています。実際に業務提携のお話もいただいているところです。
必ずしもスポンサー企業をつけることだけがすべてではないとも思っています。動画配信などで多くの方に車いすバスケを知ってもらったり、 既存の何らかの取り組みに車いすバスケに触れられる機会を取り入れていただき、そこで発生したお金をチームに還元する。そうした形でチームの遠征費などに生かせるビジネスモデルも、少しずつはじめています。
車いすバスケに専門特化して活動しているのは、いまのところ弊社だけだと思います。
車いすバスケの現状と業界への思い
車いすラグビーとの混同が示す認知度
チームにお金が入ることは本当に第一歩で、その先には大会で観客席が満席になるくらい車いすバスケを盛り上げたいという思いがあります。選手も観客のみなさんも、口をそろえておっしゃることです。アナウンサーとしての経験を生かして大会の配信を行い、実況や解説をつけることで、初めて見る方や遠方の方にも車いすバスケの面白さを知っていただけるような発信をしていきたいと考えていますが、権利の問題などで実現できないことも多いです。
世間の認知度はまだ高いとはいえません。今年6月まで放送されていたTBSのドラマ『GIFT』は車いすラグビーが題材だったのですが、車いすバスケの話をすると「最近ドラマでやっていたよね」と言われることがよくあります。健常者の一般的なバスケとラグビーを間違えることはないと思うのですが、車いすに乗っているというだけでバスケとラグビーが混同されてしまうんですよね。車いすバスケは聞いたことはあっても見たことがない、知らないという方が多いことを、日々実感しています。
大会に足を運んでもらうことを目指す
ロサンゼルスパラリンピックに日本代表チームが出場できるかは、まだ決まっていません。これから予選会を経て決まるところで、東京パラリンピックのときのような盛り上がりは、いまは少し落ち着いてきてしまっているように感じます。
だからこそ、パラリンピックに向けて何かをするというより、私が普段関わっている関東の大会や身近な大会から、実際に見に来てもらえるようにしたいと思っています。天皇杯では関東や東京のチームが勝ち上がりやすく、私が支援しているチームにも今年の天皇杯で優勝したチームや、出場を果たしたチームがあります。SNSなどを使って告知しながら、日々の大会に足を運んでもらえるような情報発信を続けていきたいです。
学生へのメッセージ
知らない世界に飛び込む大切さ
学生のみなさんには、無限の可能性があると思っています。自分が興味のあることだけを追いかけるのではなく、まったく知らない世界を見ることも大切なんです。これは、私自身が学生の頃にはできていなかったことでもあります。
私は子どもの頃から放送や映像といったマスコミ業界に入ることしか考えていませんでした。大学も上智大学の新聞学科を選び、就職活動も放送局や映画会社などマスコミ関連を中心に受けて、最初に入社したのは地方の民放テレビ局でした。ずっとマスコミに入りたいという思いだけで学校も仕事も選んできた結果、本当に視野の狭い社会人になってしまったんです。
まったく知らない世界を見たいと思い、日本を飛び出してシンガポールで働き始めました。そこから国内外の様々な業界や職種を持つ会社と関わるようになって、いろいろな世界を知り、自分の価値観も変わりました。だからこそ、自分の好きな分野やここしか行きたくないという思いにとらわれすぎず、視野を広げてほしいと思っています。
編集後記
淺川さんのお話を伺い、原体験から事業を立ち上げるまでの行動力に驚かされました。車いすバスケの魅力を知る方が、キャスターや人材コンサルタントとしての経験を掛け合わせて新しい仕組みをつくっている姿は、まさに「知らない世界に飛び込む」ことの大切さを体現していると感じます。私自身もまだ知らない業界がたくさんあると気づかされる、貴重な時間でした。