インタビュー

ダッタラ株式会社・石原裕輝が「誰もいない場所」で見つけた勝ち方

ダッタラ株式会社・石原裕輝が「誰もいない場所」で見つけた勝ち方
PROFILE
ダッタラ株式会社 代表取締役
石原 裕輝

賑やかなことが好きな、ごく普通の子どもだった

小学校のころは、賑やかなことが好きな、いたって普通の子どもだったと思います。中学受験をして神戸市内の中高一貫校に進み、そこではバスケットボール部に入って運動もしていました。勉強も運動もどちらかに極端に偏るのではなく、両方をなんとなくバランスよくこなしていたタイプです。

「供給が少ない場所」を選び続けた学生時代

大学は神戸にある私立大学の医療系学部に進みました。リハビリテーションの専門資格を取得できる学部です。バスケットボール部の経験もあり、身体を動かす人たちに関わる仕事にもともと関心があったので、この選択は自然な流れでした。

ただ、学部時代に一つ気づいたことがあります。理学療法士という資格は当時からめずらしくなく、今後もさらに増えていく資格でした。40年という長いキャリアを考えたときに、この資格だけで一生やっていけるのだろうかと、入学する前から考えていたのです。

そこで目を向けたのが、メンタルヘルスの領域でした。日本には精神疾患を抱える人がとても多いにもかかわらず、理学療法士がその領域に関わる仕組みが当時はほとんど整っていませんでした。世界的にも、精神科・心療内科の分野に理学療法士が関わる動きが始まったばかりというタイミングです。ここなら、自分なりの専門性をつくっていけるかもしれないと感じました。

需要は高いのに供給が少ない場所を選んで、そこに取り組み続ける。これは、成績で一番を取れるタイプではなかった私が見つけた、いわば弱者の戦略のようなものだったと思います。

世界に専門家がほとんどいない領域を選んだ大学院時代

大学院は、まず広島大学の修士課程に4月に進学しました。同じ年の秋からは、Western Norway University of Applied Sciences(ノルウェー)の大学院にもダブルスクールというかたちで通うことになります。世界理学療法連盟の保健分野を率いる先生がノルウェーで開いていた2年間のコースに応募し、合格したことがきっかけです。

実際には、リモートでのミーティングと課題提出を基本にしながら、2年間で3回、1か月ずつ現地にも渡航するという生活でした。当時はオンラインでのやり取りに便利なツールもなかったので、よくわからないシステムを使いながら書類をやり取りしていたことを覚えています。研究テーマはメンタルヘルスで、こちらも国内外を見渡してもまだあまり人が取り組んでいない領域でした。

VR・メタバースの世界から、経営の現場へ

大学院を終えたあと、行政の紹介をきっかけに、VR・メタバース領域のスタートアップにインターンとして入ることになりました。もともと研究と医療の道しか考えていなかったので、事業会社で働けること自体が新鮮で、ラッキーだと感じていたのを覚えています。

そこから翌年に正社員、その翌年にビジネス部門の部長、さらにその翌年には取締役COOとなり、経営に近い立場で仕事に関わっていきました。Meta(メタ)やHTCといったハードウェアメーカーとも連携しながら、メタバースをどう普及させるかというテーマに取り組んでいた時期です。

そこから1年半ほど経ったころ、次はこれまでとは違う環境で、より幅広く事業や組織の課題に関わってみたいと考え、あるコンサルティング会社に移りました。そこでの経験も踏まえながら今後のキャリアについて考える中で、自分自身で事業をつくることにも挑戦してみたいという思いが強くなり、その後、独立する道を選びます。

もともと神戸大学の准教授をしている友人がいて、その分野ではトップクラスに近いプレイヤーでした。以前からずっと親しくしていて、一緒にビジネスをやろうという話をしていたのです。そうして2025年4月に創業したのが、ダッタラ株式会社になります。

企画から開発まで、ワンストップでやり切ることが強み

AIが注目を集める一方で、世の中のデータの多くはまだ整備されていません。データが分断されたまま、結局は使えない状態になっているケースがとても多いと感じています。

ダッタラ株式会社では、企画の段階からデータの基盤設計をおこない、そこにアルゴリズムやアプリケーションを乗せて開発まで進めるところまでを、ワンストップで手がけています。AIソリューション開発、AIプラットフォーム、AI事業開発コンサル、AI人材・組織開発、そしてメディアプロデュースまで、事業領域を分けずに一気通貫で支援できることが強みです。

メンタルヘルスの研究、VRの開発、データの活用と、これまで関わってきた分野はそれぞれ大きく異なります。正直なところ、前の分野の知識をそのまま転用できる場面はほとんどありません。それでも共通しているのは、新しい分野をいかに早くキャッチアップしてやりきるか、という姿勢だと思っています。

「大変だった」より先に「楽しい」が来る

創業前後にはいろいろな出来事がありましたが、振り返ってみると「大変だった」というより「楽しかった」という感覚のほうが強く残っています。やったことのないことに取り組めると思うと、それだけで前向きになれるタイプなのだと思います。どうすればもっときれいにできるのだろうと考えて、それが少しずつ上手くなっていく過程そのものが、私にとっての楽しさの一つでした。

世界で使われるプロダクトを、データ整備の先につくりたい

今後については、データ整備やデータ活用の分野で、世界的に使われるプロダクトをつくりたいと考えています。まだまだ整っていないデータという土台を整備することから、その先にある社会的な価値まで、引き続き一気通貫で取り組んでいきたいです。

ダッタラ株式会社の強み

企画段階のデータ基盤設計から、アルゴリズムやアプリケーションの開発までをワンストップで手がけられることです。データが整備されていない、分断されているという課題感からスタートしているので、基盤づくりのところから伴走できます。

学生のうちにやっておいたほうがよいこと

需要が高いのに供給が少ない領域を見つけて、そこに取り組み続けることをおすすめします。私自身、成績で一番を取れるタイプではなかったので、まだ人が少ない分野で研究や個人開発を続けたことが、結果的に今につながっていると感じています。

編集後記

今回のインタビューを通じて、印象に残ったのは「大変だったこと」を聞かれても、すぐには出てこないという石原さんの反応でした。困難を困難のまま抱え込むのではなく、新しい分野へのキャッチアップそのものを楽しんでしまう姿勢が、メンタルヘルスからVR、そしてデータという大きく異なる領域を渡り歩いてこられた理由なのだと感じました。需要と供給のギャップを見つけて動くという考え方は、就職活動をしている身としても、とても参考になりました。