データベースという原点
大学とバイトで作られた土台
大学では理系の情報系に籍を置き、専攻していたのはデータベースだった。最初に入社した会社を含め、後藤氏はこれまで一貫してデータベースの世界に身を置いており、学生時代の研究こそが原点だと言える。
学生時代は経済的な余裕がなく、アルバイトに明け暮れた日々だったという。そこで得たのは仕事の中身だけではなく、若者から年配者まで幅広い層と接し、状況に応じて対応する力だった。この経験は現在の仕事にも大きく生きているという。
後藤氏にとって仕事とは、お金を稼ぐための手段というより、ゲームのような感覚で取り組むものだ。そちらのほうが楽しめるし、結果として成果にもつながりやすいと考えている。
急成長の現場で鍛えられた20代
試写会がきっかけの入社
就職活動では、データベース業界を明確に志望していたわけではなかった。同じ大学の友人に誘われ、日本オラクルが学生向けに開催していた映画の試写会に足を運んだのがきっかけだという。面白そうな会社だと感じて説明会に参加し、そのまま入社を決めた。データベース業界への入り口は、いわば偶然だった。当時の日本オラクルは今でこそ大企業だが、後藤氏が入社した頃はまだ社員100人ほどの規模だった。
ゼロからシステムを作る日々
最初の配属先は社内の情報システム部だった。設立間もない日本オラクルでは社内システムが十分に整備されておらず、受注、売上、在庫、人事など、あらゆる仕組みをゼロから構築していく必要があったためだ。システム部のメンバーで役割を分担しながら、次々とシステムを作り上げていった。
会社の急成長に合わせ、3か月に一度のペースでシステムを改修する日々が続いた。決して楽ではなかったが、成長期にある小さな会社だったからこそ、一人ひとりの役割は非常に大きく、「自分たちがやらなければ会社が回らない」という実感が常にあったという。後藤氏はこの経験を通じて、多くのことを学び、能力を身につけることができたと振り返る。
いつかは独立したい
売るものがないまま考え続けた
起業への思いは20代の頃から持ち続けていた。ただ、独立するにも肝心の「売るもの」がない。何がビジネスになり得るかを模索しながら過ごす日々だった。
日本オラクルを離れた後、ある会社の日本法人立ち上げに参加した。まだ小さな組織だった。その頃、韓国のEXEM社が日本での製品販売パートナーを探しており、サンブリッジという会社が製品を扱うことになった。その事業責任者を探すという話が持ち上がった際に声がかかり、任されたのが後藤氏である。サンブリッジで2年ほど実績を積んだのち、事業として独立させようという話に発展し、後藤氏がその責任者、すなわち日本エクセム株式会社の社長に就任した。今振り返ると、成り行きの展開だったという。
最初の5年は厳しかった
再出発にあたっては、製品販売とデータベースコンサルティングを事業の柱とした。しかし、小規模な会社が韓国製品を扱うとなると、新規顧客の獲得は容易ではなかった。口コミや知人の紹介を頼りに、少しずつ事業を拡大していった。創業から5年ほどは、経営的に厳しい時期が続いたという。
それでも、会社員に戻るという選択肢は一度も頭になかった。やれるところまでやる。その一心だった。
一人一人が独立した人間でいる
質を守りながら少しずつ
会社の規模が小さいこともあり、社員一人ひとりに求められる役割は非常に大きい。外資系企業で長く働いてきた経験もあり、「一人ひとりが独立した人間であるべきだ」という考え方が、後藤氏の経営の根底にある。社員教育もその方針に沿って行っている。
技術的な業務にとどまらず、プロジェクトの進め方や顧客とのコミュニケーションといった領域についても、任せられることは積極的に任せ、社員が独り立ちできるよう促している。目指すのは、何でも一人でこなせる人材への成長だ。
日本エクセムは韓国企業の子会社という位置づけだが、オペレーションは完全に独立しており、意思決定はすべて日本国内で完結している。だからこそ、売上や利益の拡大を急ぐのではなく、顧客に提供する仕事の質を維持しながら、着実に事業を成長させる方針を取っている。採用についても、一気に人を増やして合わなければ手放すという考え方ではなく、一人ひとりを丁寧に採用し、育てていくスタンスを貫いている。仕事の質に対する要求水準は決して低くないが、それに見合う教育も並行して行っているという。
データベースという分野で、自らのやりたい仕事を追求しており、理想とする経営の形が少しずつ形になりつつある段階だと言える。
いい人間を育てるということ
事業の規模拡大以上に、後藤氏が関心を寄せているのは「いい人間を育てること」だ。独り立ちできる人材、正しい判断基準を持ち、社会でさまざまな経験を積んだ人材に育ってほしいと語る。仕事だけに偏った生き方は望ましくないと考えており、そうした側面も含めた「いい人間」を育てることが、いい社会をつくることにつながると信じている。小さな会社が社会に貢献できることがあるとすれば、それは「いい人間をつくること」にほかならない。そうした思いを胸に経営にあたっている。
AI時代のIT業界をどう見るか
AIで変わる仕事を見極める
AIの浸透によってIT業界の働き方がどう変化していくのか、その答えを持つ者はまだ誰もいない、というのが後藤氏の見立てだ。明確なビジョンがあるわけではないが、AIによってなくなる仕事とできる仕事を見極めていくしかないと考えている。
製品面ではAI対応を進め、自動化などを顧客に提供していく方針だ。その一方で、社員にはより深い知識と経験を身につけてもらい、顧客とより本質的な議論ができるようになってほしいと考えている。
新しく入社する人材にAIの知識を強く求めるつもりはないという。今の時代であれば、大抵の人が何らかの形でAIに触れているからだ。ただし、AIによって物事の本質をどう改善できるかを技術的に学んでいる人材がいれば、それは大いに歓迎したい。もっとも、それを業務に応用するには実務経験が不可欠であり、技術力だけでは十分ではない。そのため、入社時点でAIの経験を持っていることを期待値とはしていない。
若い世代へ
能力の7割は20代で作られた
若いうちにさまざまな経験を積み、苦労をしておくべきだと後藤氏は語る。日本オラクル時代は多忙を極め、厳しい日々の連続だったが、その経験が今の自分を大きく形作っている。今の能力の7割ほどは20代で培われたと振り返る。ひとつの分野を突き詰めることも重要だが、そうした機会に恵まれる人はごく一部に限られる。それ以外の人にとっては、幅広い経験を積むことのほうが有効だという考えだ。
ITはあくまで道具
文系出身者は専門性がなく就職に不利だという印象を持たれがちだが、それは文系・理系の問題ではないと後藤氏は指摘する。例えばプログラミングは入社後からでも十分に習得できるものであり、そもそも現在のIT業界において本当の意味で専門性の高い人材がどれだけいるかといえば、1割にも満たないだろう。専門性の高さを過度に意識する必要はなく、入社してから考えていけば十分だという。
ITの技術やプログラミングは、本質的には道具にすぎない。重要なのは、その道具を使って何を実現するかである。例として、レストランの注文システムを開発するのであれば、IT技術よりも現場の業界知識や経験のほうが重要になる。IT以外の業界を知っている人材のほうが、成長のスピードが速いケースも少なくない。ITだけの世界にとどまっていると、視野がその範囲に限定され、かえって成長が鈍化することもあるという。
単純なプログラミング作業は今後AIによって自動化が進んでいくため、これからはより自由な発想で挑戦できる機会が以前より増えるのではないかというのが、後藤氏の予想だ。
人の経験を自分のものにする
大切なのは、自ら実践することに加えて、他者の経験を自分のものとして吸収することだと後藤氏は語る。例えば入社後、3年単位のプロジェクトに配属されたとしても、10年間で経験できるプロジェクトは3つか4つである。それだけでは十分な経験は積めない。隣で働く同僚や異なる世代の人が何に取り組み、何に成功し、何に失敗したのか。それらに耳を傾け、自らの経験として取り込んでいくことが重要だという。そうすることで、10年という時間の中で自分自身が実際に経験した以上の学びを得ることができ、視野も語れる内容も大きく広がっていく。
これはアルバイトの現場でも同様で、周囲の人が積んだ経験をできる限り吸収するよう心がければ、物事を考える際の思考の引き出しとして活用でき、大きな強みになるという。
編集後記
後藤社長のお話を伺って印象的だったのは、「いい人間を育てることが社会貢献」という言葉です。売上の拡大よりも仕事の質を守り、一人一人を丁寧に育てていくという経営姿勢は、大手志向の学生にこそ知ってほしい考え方だと感じました。「ITはあくまで道具」「文系でも関係ない」というメッセージには、文系の学生として勇気をもらいます。人の経験を自分のものにして視野を広げるという助言は、学生生活の中でもすぐに実践できることだと思います。