子ども時代はスポーツ一色
小学生、中学生の頃は、とにかく外で遊ぶこととスポーツが好きな子どもでした。勉強よりも部活動、部活動よりも遊び、というくらい体を動かすことばかりしていましたね。
野球、空手、そして水上スキー
小中学校では野球をやっていて、高校からは道場に通って空手道を続けていました。ただ、いま振り返って自分にいちばん影響を与えているのは、大学時代に打ち込んでいた水上スキーだと思います。
水上スキーは日本ではあまりメジャーではないので、ご存じない方も多いかもしれません。冬季オリンピックでいうスノーボードのハーフパイプのように、水上で技を決めて難易度に応じた点数を競う種目や、水上のジャンプ台をモーターボートに引っ張られながら飛んでどこまで遠くへ飛べるかを競うジャンプ、水に浮かべたブイの間をボートで走り抜けながら何個取れるかを競うスラロームなど、山でやることを水の上でやっているようなイメージです。ただ、怪我も本当に多い競技でした。
大学から始めて「日本一」を目指す
大学に入ったからには、この時期にしかできないことに挑戦したいと考えていました。そんなとき、水上スキー部の四年生の主将から『一緒に日本一を目指さないか』と声をかけてもらいました。その言葉と熱い想いに心を動かされ、入部を決めました。毎年日本一を争う強豪チームに、大学から競技を始めて挑む——高校でやっていた空手道も選択肢に浮かびましたが、流派の違いから同じ土俵で日本一を目指すのは難しいと感じていました。それなら水上スキーで頂点を目指そう——そう腹を括って、この世界に飛び込みました。人がやっていないことをやりたい、という気持ちが当時からあったのかもしれません。
大学四年で全日本総合優勝
一年生、二年生、四年生のときに全日本で三度の総合優勝を果たし、四年生では主将を務めさせていただきました。最後は学生選手権で優勝して現役を終えられたことが、いちばん大きな成果だったと思います。
体育会という環境には、体育会の縦の厳しさのなかで、理不尽だと感じながらも歯を食いしばる場面も一度や二度ではありませんでしたが、そこで得た忍耐強さや、頑張った先に得られる成果、努力することの大切さは、社会に出てから本当に役に立ちました。部活動時代はお金をもらえずに厳しい思いをしていましたが、社会人になってからは同じくらい厳しくてもお金をもらえるわけですから、それを思えば挫折するような大変さは感じずに済んだのかなと、自分なりに思っています。
偶然の誘い、本気でつかんだパイロットの道
大学を卒業して最初に入ったのは、日本航空、いわゆるJALでした。パイロット訓練生としての入社です。
もともとパイロットを目指していたわけではありませんでした。ちょうど就職する年にJALが自社養成パイロット制度の募集をしていて、部活動の友人に誘われたのがきっかけです。近視があり、最初は半ば諦めながら受け始めたのですが、選考が進むにつれていつの間にか本気になっていました。総合的な適性が認められ、採用されました。
そこから訓練を五年ほど経験し、パイロットとして二十年間のキャリアを積みました。ボーイング747 とボーイングトリプルセブンという機体にそれぞれ八年ほど乗務し、退職するときに乗っていたのがトリプルセブンだったので、いまの社名はその機体名から取っています。
再び空の世界へ、ドローン事業を創業
もともと父が不動産業を営んでいて、いつか不動産業や経営者の道に進みたいという思いがあったので、どこかのタイミングで JAL を辞めるつもりでした。二十年というところで退職し、当時は不動産業と美容業を営んでいたのですが、そんな自分を、新たな課題が再び空の世界へと向かわせました。
きっかけは六年ほど前、空飛ぶクルマの存在です。大阪・関西万博でも飛行の様子が披露されていましたが、実現にはまだ時間がかかると感じていました。ただ、いずれ実現したときには、必ず空飛ぶクルマの教習所が必要になるはずです。前職の同僚だったパイロットたちは、専門性が高いがゆえに定年後のセカンドキャリアがなかなか見つからず、まだまだ元気な六十代であっても仕事が用意しにくいという課題を抱えていました。
そこで、パイロットとしての能力や知見を活かせる空飛ぶクルマの教習所をつくろうと考えたのが創業のきっかけです。ただ、空飛ぶクルマの実現にはまだ早かったので、その原型となるドローンの学校を先につくり、将来に備えることにしました。
ドローンは回転翼というヘリコプターに近い原理で、飛行機とはライセンスも操縦方法も異なります。それでも、航空法や安全に対する考え方には共通する部分が多く、JAL で二十年間学んだことは、いまの仕事にとても役立っています。
TRIPLE7 が届ける安全教育
いまの当社の事業は、大きく二つの柱で成り立っています。ひとつは国家資格を取得するための学校の運営、もうひとつはドローンを活用した空撮、建物点検、防犯、警備、清掃などの実務サービスです。
卒業後の道筋まで描ける学校
学校は、いわば自動車教習所のような位置づけで、卒業すると国家資格の実技試験が免除される仕組みになっています。多くの学校が資格取得をゴールにしている一方、当社はもともとセカンドキャリア支援を目的に創業した経緯から、取得後の免許をどう仕事ややりがい、収入につなげていくかという道筋まで用意している点が強みです。
空撮のほか、屋根裏や机の下にも入っていける特殊空撮、赤外線カメラなどを使った建物の点検、無人で巡回や防犯に使う技術、法律関係の申請を学ぶコース、高圧洗浄で建物の外壁や窓を洗浄する技術、そしてドローンスクールの講師を目指すインストラクターコースなど、いまでは七種類ほどの専門コースを用意しています。取得した資格や技術がどのように仕事へつながっていくのかを、卒業生や在校生が実際に見て感じられる環境をつくっているところも特徴です。ドローン飛行が可能な広い土地を千葉に確保しているほか、耳の聞こえない方々とも学校運営を一緒に行っており、聴覚に障がいのある方が空撮の仕事に携わる事例も少しずつ増えています。
航空業界の安全哲学をそのまま
ドローンに関する法律は 2022 年にようやく整備されたばかりで、業界全体としてはまだ発展途上です。当社では、私自身が航空会社にいた経験から、ドローンも航空機の一部として最初から位置づけています。人間はミスをする生き物であるという前提に立った運行マニュアルやチェックリストの運用を、航空会社と同じ基準でおこなっているところが、当社ならではの強みだと考えています。何も起きなければ問題にならない部分ではありますが、万が一の事故が起きたときの備え、そして事故を起こさないための仕組みづくりを、学校教育と実務の両方で徹底しています。
実績が積み重ねてきた信頼
その安全哲学は、挑戦的な現場での実績として結実してきました。JR西日本グループとの共同実証実験として、北陸新幹線の保線区において100キログラム超の資材をドローンで運搬するという、大型物資の空中輸送では国内初となる取り組みに参画しました。また、広島駅に隣接する人口密集地の高層ホテルにおいて、ドローンによる高圧洗浄で窓ガラスの清掃を実施するなど、人が立ち入りにくい高難度の環境での実務実績も積み重ねてきました。現在、スクールは千葉・横浜・大阪・広島・栃木の5拠点に展開し、全国規模で同水準の教育と実務対応が可能な体制を整えています。
場所探しに奔走した創業期
学校をつくると決めてからいちばんの壁となったのが、「場所がない」という問題でした。会社がある東京都渋谷区は都心のため、ドローンを十分に飛ばせる場所がなかなか見つかりません。体育館や企業の会議室に片っ端から問い合わせても、ドローンを飛ばすとどうなるかが分からないという理由で断られ続けました。探す範囲がどんどん広がり、町田のあたりでようやく前向きな返事をもらえた体育館でも、二回目の相談で断られてしまいました。最終的には、空飛ぶクルマの開発事業をしている友人に直接連絡を取り、千葉に使える施設があると提案してもらいました。あの苦労と友人の助けがあったからこそ、いまがある——そう思っています。
空を新たな社会インフラに
日本は土地が狭く、平面の土地も地下も活用に限界があります。そのなかで、空にはまだ活用の余地が大きく残されていると感じています。空を新たな社会インフラのひとつとして活用できる社会をつくりたいというのが、私の描く大きなビジョンです。これまで飛行機は、高いところを遠くまで移動するための手段として利用されてきましたが、ドローンやこれから登場する空飛ぶクルマを活用し、人と社会がより身近な形で空と接することができる社会を目指しています。そのために、まずはドローンの教育と技術支援の分野で国内一の信頼を築きたいと考えています。
課題は人材育成と規制
いちばんの課題は人材育成です。インストラクターや実務を担うメンバーは育ってきていますが、事業をさらに大きくしていくためには、専門技術を持った人材をもっと育てていく必要があります。また、日本は規制が強い国で、何か事故が起きたときの責任の所在などが厳しく問われるため、規制緩和のスピードが中東など先進的な国と比べて遅いと感じています。技術が進化しても国の規制がブレーキになってしまう部分があり、そことどう向き合っていくかも、これからの課題のひとつです。
感謝とご縁が事業を育てる
事業を振り返ったとき、いつも感じるのは「人とのご縁のおかげでここまでこられた」という感謝です。パイロット時代の同僚、創業当初から支えてくださったお客様、一緒に現場を作ってきたスタッフ——どこか一つのご縁が欠けていたら、今の会社はなかったと思います。
その感謝の気持ちを土台に、謙虚さと向上心を自分自身とスタッフ全員の行動指針として置いています。ドローン業界は技術も規制も常に変化しており、現状に満足した瞬間に取り残される世界です。だからこそ、どれだけ経験を積んでも「まだ学ぶべきことがある」という姿勢を、組織全体で大切にしています。
そして、お客様や取引先はもちろん、スタッフや受講生に至るあらゆる相手に対して、敬意とホスピタリティを持って誠実に向き合うこと——この姿勢こそが新たなご縁を呼び込み、会社の成長につながると信じています。
目の前のことに、本気でぶつかる
正直なところ、最初からこうしようと決めて、いまの自分にたどり着いたわけではありません。理数系が苦手で近視だったのにパイロットを二十年務め、空の仕事を辞めて不動産業や美容業をしていたのに、また空の仕事に戻ってきました。完璧なキャリアプランを描けている方はそれでよいと思いますが、迷っている方は、あまり悩みすぎなくてもよいのではないかと思います。流れのなかで目の前に来ることや、やるべきことに本気でぶつかっていると、意外なドアが開いていくものです。
就職活動をしていると、どうしても条件に目が行きがちになると思います。もちろん自分のやりたいことは大切ですが、嫌いなことは避けたほうがよい一方で、好きなことよりも自分に向いているものを見つけられると、なおよいのではないでしょうか。その環境に身を置いたら五年後、十年後に自分がどうなっているかを想像し、目の前のことだけにとらわれず、先を見据えて判断していくとよいと思います。そのためにも、先輩や経営者とたくさん話す機会を持つことをおすすめします。
大学時代や二十代の自分に声をかけるとしたら、できるだけたくさんの人と会って話をしておけ、と伝えるかもしれません。当時は部活動という環境のなかで過ごしていて、いま振り返ると世界がとても狭かったと感じます。できるだけ可能性を広げられる環境に身を置いておくとよいのではないかと思います。
編集後記
パイロットとして二十年歩んだ道を離れ、再び空の仕事に戻ってきた岩岡さんのお話からは、「決めた道を進む」よりも「目の前のことに本気でぶつかる」姿勢の大切さが伝わってきました。場所探しに奔走した創業期のエピソードは、就職活動で条件ばかりに目が行きがちな私自身にも重なる部分が多く、とても励みになりました。空を新たな社会インフラにするという壮大なビジョンが、これからどう形になっていくのか楽しみです。