至って普通の大学生だった
エビの皮むきで一番を目指した
学生生活は至って普通だったと思います。テニスサークルとサッカーサークルに入って、ずっとスポーツばかりやっていました。この事業に向けての準備みたいなものはしていなかったですし、学生団体を立ち上げたりとか、企業の方にお話を伺ったりとか、ビジネスの側面にはあまり取り組んでいませんでした。本当に至って大学生らしい大学生だったんじゃないかなと思っています。
当時やっていたのは、渋谷のスペイン料理屋の皿洗いのバイトでした。自分の中では仕込みとか料理をするのが楽しくて、「エビの皮をむくのが一番早い東大生になるぞ」みたいな気持ちでバイトしていましたね。
面白さで選んだ博士課程
自分の中にやり残している感覚がとても大きかったんです。東大で機械工学をやっていたんですけど、学部を卒業しただけだとあまり機械のことがわからないまま就職することになるだろうと思っていました。修士まで行ったところで、ここまで来たら博士まで取って、ある程度自分の分野を持った方が面白いんじゃないかと思って、面白さ基準で博士に進もうと決めました。身の回りの人も結構博士に行く人が多かったので、そこまで寂しくないだろうという理由もありましたね。
それと正直なところ、就職活動もあまりうまくいかなかったんです。企業に入るとして、結局どの企業で自分が活躍したいのかという自己分析が上手くなかったのもあるし、コンサルだったりとか航空系の企業だったりとか就活はしましたけど、対策もあまりしていないような就活生だったので、うまくいかなかったですね。研究する生活の方が自分に向いているんじゃないかという思いもありました。
空飛ぶクルマという挑戦
大会の条件は会社設立だった
やっぱり自分の固有のポジションみたいなものが欲しいと思っていました。博士の世界にはプロフェッショナルの方がたくさんいらっしゃる。もう少し何か他の方法で社会に対する影響を持つとか、世の中を変えられるような、より変化の激しい方法がやりたいという思いがどこかにありました。
そこで博士課程の研究と並行して、米国の大会に出るために会社を立ち上げました。会社を立ち上げるということが、その大会に参加する条件だったんですよね。大会側もタダで運営しているわけではなくて、お互いにスタートアップとして株式やストックオプションを交換して運営するという仕組みがあって、それはひとつのルールとしてやるということでした。
もうひとつ感じていたのは、立場が変わるということです。NPOや無償の社団法人ではなく、株式会社であるという立場で行動するのは全然話が違うだろうと。会社を作るべき時が来たと思って、スタートさせました。
日常と地続きの空の移動
今開発しているのは、空飛ぶクルマです。だいたい新幹線と同じくらいのスピードで、日本中どこにでも行けるというところを目指しています。
たとえば今、復興のためにたくさんの人が集まってきている地域があります。ただ、新しい事業や付加価値をそこで生もうと思っても、モビリティが東京と接続していないことへの不満がある。みんなが「新幹線を作ってくれ」と言っているんですけど、新しいインフラを作るのはなかなか難しいじゃないですか。それだけ高速で移動しなければ世の中がもっと加速しない。それを両立するモビリティとして、空飛ぶクルマが技術的に可能になってきたので、提供したいと思っています。
法的な分類は飛行機です。垂直離着陸飛行機というカテゴリができて、新しい飛行機として認定されてます。私たちが「クルマ」と呼んでいるのは、日常と連続した、生活と密着した移動の乗り物というニュアンスで使っています。
将来的には運転手もいらない、全部自動で、エレベーターみたいな感じで連れていってくれるものになると思っています。自動車の自動運転と同じように段階を踏む必要はあるので、最初は人が監視する必要があるかなとは思っていますけど、必ずしもガチガチとした免許が必要なわけではないモビリティとして世の中に出していきたいです。
今はまだ開発段階ですが、2028年には販売の許認可を取得して、2030年から実際に販売していこうと思っています。
移動が変える日本の未来
30分が届ける医療の可能性
社会貢献的なところからお話しすると、たとえば賞味期限が3時間とか4時間くらいしかない薬があるんですね。がん細胞に向かって送ると、その間だけ攻撃し続けてくれて、がん細胞だけなくなるけれど他の体は元気みたいな薬ができる。そして、この薬は原子力発電所などで作られています。 ただ、じゃあ原子炉の隣に病院を建てるのかというと、なかなか難しいですよね。だからモビリティが居る。そして、使いたいときにはいつもそこにある、という状況にするために、日常的にどんなところにでも30分以内に移動できるという環境を作っていくことが大きな社会貢献になると思っています。
それだけではなくて、信頼性のあるモビリティを使ってビジネスをすることで、日本全体がもっと加速して、改めてみんなが「働いていて楽しい」と思えるような世の中が出てくると思うんです。気軽にいろいろな場所へ行けるようになれば、生活のレベルでもみんなの考え方が変わるんじゃないかなと思っています。日本中の人々が身近に感じられるようになって、社会問題も一緒になって解決できるのかなと。
現場でしか見えないものがある
今、東京から福島県まで3時間半から4時間ぐらいかかります。そこで研究や事業をしている方々にとって、その移動時間は本当にかけるべき時間なのかというところはやっぱりあると思います。
とくにディープテックの分野になってくると、AIやリモートで仕事はできますけど、現場を見て現場の問題を解決するプロセスの方が重要になってくると思っています。直接人が行ってみるということ、デジタルでは解決できない部分がボトルネックにならないように移動を提供するのが今の使命だと考えています。モビリティを提供することで復興をさらに加速させ、それを超えて新しい価値を作り出していきたいです。
すべてをシームレスにつなぐ
やっぱり距離やスケールに応じていろいろな移動手段があると思うので、それを継ぎ目なくシームレスにつないでいくような移動を実現したいと思っています。移動手段もシームレスに、サービスとしてもシームレスにしていく。そういう世の中ができれば、皆さん何も考えなくても思った通りのことが思った時間に思ったようにできるようになってくるんじゃないかなと思っています。
今の考え方としては、個人の目的地も出発地点もそれぞれ違うので、個々人のわがままなネットワークを作って、ユーザーを増やしてから徐々にいろいろな地域に広げていく。地域が広がれば機体数も増えるという両輪で進めていくイメージです。
仲間を探すことが一番大変
やっぱりいい人と一緒に働くこと、仲間を探すことが一番大変だと思っています。それを乗り越えるのは、地道に発信をするとか、成果を出して見ていただくようなことしかないのかなと思っていて、こういった取材の機会も私たちのビジョンを知っていただく非常に大切な機会だと思って出させていただいています。どなたかが来てくだされば、また一人分乗り越えられたのかなと。
80歳の自分が後悔しないために
80歳の自分を想像した
会社を始めようと思った時に一番考えたのは、実は老後のことなんです。ちょっと変な話なんですけど、80歳になった時に「あの時挑戦しなかったんだよね」と思いながら過ごすのか、「挑戦した。失敗したんだよね」と思いながら過ごすのか。どっちを取るかと考えた時に、やった方がいいと思ったから起業しました。
学生の皆さんは、どっちか迷ったけれど将来やらなくてちょっと損したなと思うくらいだったら、今損してでもやっておいた方がいいと思います。自分で決めたことなので。
でも本当に、全然深く悩まなくて大丈夫です。直感で決めることも大事ですし、大体のことは生きていれば何とかなると思っています。おいしいご飯を食べて寝て、家族や大切な人と仲良くするということができれば、大体のことは何とかなる。いろいろやってみてください。
考えに考えた先の偶然
私がこの大会のことを知ったのは、夜中にTwitterを見ていたからなんです。見ていなかったら起業もしていないし、こうなっていない。だからそういう偶然もあるので、頑張りすぎないで、好きなように、好奇心のまま、後悔しないように来てくださいというところですね。何のアドバイスになってないかもしれないですけど。
でも悩むと思うんですよ。私も悩んでいたんです。結局将来について悩みに悩んでいたタイミングに偶然が重なったので、やっぱり考えに考えておいた方がいいと思います。
10年前は「誰かがきっと空飛ぶクルマを飛ばしてくれるだろう」くらいの話だったのが、自分でやることになって、持ってこられそうなところまで来ています。今想像している未来くらいのことは誰かがやり始めているだろうし、自分も挑戦できると思います。
編集後記
「80歳の自分が後悔しない方を選んだ」。この言葉を聞いた時、自分自身のキャリアの選び方を考え直さずにはいられませんでした。中井様は至って普通の大学生だったと繰り返しおっしゃっていましたが、皿洗いのバイトに全力で向き合う姿勢も、面白さを基準に博士課程へ進む決断も、目の前のことに本気で取り組んできた結果なのだと感じます。私自身、学生起業に興味を持ちながらもリスクへの不安を感じることがありますが、中井様の「直感で決めることも大事」「大体のことは何とかなる」という言葉に勇気をいただきました。好奇心のまま、後悔しない選択を積み重ねていきたいと思います。