大阪と東京の2拠点で、商品名やブランド名、社名などの「ネーミング」開発を専門に手がける株式会社日本ネーミング&リサーチ。代表取締役社長の三浦麻衣です。600を超える上場企業の事業部さまとお取引をさせていただきながら、ネーミングという「言葉の力」を届ける仕事をしています。
高校卒業後、いきなりニュージーランドへ
ホットメールがきっかけだった
大阪の高校を卒業したあと、私はニュージーランドへ留学しました。きっかけは、当時やり取りをしていた友人です。高校3年生のときに現地へ遊びに行かせてもらい、「とてもいい国だな」と感じていました。そのころは大学で勉強したいことも見つからず、専門学校へ行くほど情熱を持てるものもなく。ただ英語は好きでしたので、留学してみようと思ったのです。
クライストチャーチにあるカンタベリー大学に語学学校を経て入学しましたが、中退することになりました。当時は中国からの留学生がとても多く、大学受験のためのクラスは8割ほどが中国の方という状況でした。その仲間たちと、父の事業でもある「ネーミング会社をしたら面白いよね」なんて話していたことが、のちの人生を大きく変えることになります。
22歳、経験ゼロのまま上海で創業
父の一言で決まった上海行き
日本に戻って準備期間を持ったのち、22歳で上海に渡りました。きっかけは父の一言です。ネーミングの仕事もしたいし、ほかにも学びたいことがある、と話していたら「それなら、上海へ行っておいで」と言われました。中国の友人やパートナーが一緒に会社を立ち上げてくれることとなっていましたので、若さの勢いで決心をしました。
上海では、現地にある日本企業さまへ営業をかける仕事をしていました。海外での業務経験もまったくないなかでのスタートでしたが、父自身も若いころに世界を旅しながらアルバイトで生計を立てていたと聞いていたので、そうした経験が私の挑戦を後押ししてくれたのだと思います。
東京進出、そして早すぎた社長就任
営業リストだけを渡されて開拓した
2006年、上海の事務所を閉じて東京にオフィスを立ち上げました。渡されたのは営業リストのみ。そこからひたすら電話をかけてアポイントを取り、訪問する日々です。今考えるととてもチャレンジングな働き方だったと思いますが、営業時間帯にずっと電話をかけて、断られながらも一件ずつ会いに行く。そうした積み重ねが、東京拠点の土台になりました。
書類一枚で決まった代表就任
自分が社長になるのは35歳ぐらいだろうと漠然と考えてましたが、実際には30歳のときに代表取締役へ就任しました。思っていたより5年早かったことになります。会長である父も当時から元気にしていましたし、深い話し合いがあったわけでもなく、勢いに乗って決まりました。代表になることで学べることや、成長できることがあるだろうという思いも一部にはありました。
ネーミング一つで、売上は10倍変わる
大手企業からの信頼をどう得るか
弊社のような無名の会社が新規で電話をかけても、大手広告代理店のような信用はありません。「怪しい会社だ」と思われることも多かったはずです。それでも根気強く説明を重ねるうちに、「ちょうどネーミングで困っていた」と次へつながることがありました。
大手企業の商品開発ご担当者さまは、ご自身でネーミングを考えることの大変さをよくご存じです。ネーミング一つで売上が大きく変わることを知っているからこそ、専門家に任せたいと考えてくださるのだと思います。実際、同じような商品でもネーミングを変えるだけで売上が数倍~10倍になった例はいくつもあります。
ネーミング専門会社は、実はとても少ない
これまで、食品や飲料、医薬品、住宅設備、オフィス家具、アパレルなど、幅広い業界のネーミングやキャッチコピーの開発に携わってきました。ネーミングを頼む先には広告代理店やデザイン会社、フリーランスのコピーライターなどさまざまな選択肢がありますが、ネーミングだけを専門にし、商標登録の可能性まで含めてご提案できる会社は、実はかなり限られています。覚えやすいか、言いやすいか、聞き取りやすいか。そして商品ごとの狙いに合わせた戦略性。そうした視点を、常に意識しています。
AI時代に、ネーミングの価値をどう高めるか
体験や感情は、AIにはまねできない
AIの進化にともない、デザイン会社の倒産が急増しているというニュースを見ました。ネーミングもデザインも、クオリティは別として、AIを使えば形にはなってしまう時代です。だからこそ、人が考えることの価値をもっと高めていく必要があると感じています。
AIにできないのは、実際に食べてみる、使ってみるといった実体験の部分です。なぜそれを食べたくなるのか、なぜそれを飲みたくなるのか。過去の経験や、そのときの気持ち、感情に基づいた提案には、まだ裏付けの強さがあります。オフィスチェアへ座ると腰が痛くなる、首がつらくなる。そうした苦しみは、経験した方にしか分かりません。だからこそ、そこに寄り添ったブランド名や技術名を、これからも人の手で提案していきたいと思っています。
もっと評価されるべき仕事
ネーミングは、デザインやパッケージに比べて評価されにくい仕事です。ヒット商品として話題にはなるものの、ネーミングそのものの価値にはなかなかつながりません。日本ネーミング協会が主催する「日本ネーミング大賞」の審査委員としても関わらせていただいていますが、こうした活動を通じて、ネーミングの価値をもっと多くの方に知っていただきたいと考えています。
学生へのメッセージ
やりたいことがあれば、やってみる。行ってみたい場所があれば、行ってみる。会いたい人がいれば、連絡をしてみる。それでうまくいかなくても、なくすものはほとんどないことのほうが多いはずです。年齢を理由に「できない」と決めつけないでほしいと思います。
私自身、上海での経験は、当時は一つの失敗のように感じたこともありました。ただ、東京に来てからも中国関連のお仕事や中国語のネーミング開発に携わり続けており、あのときの経験や語学力が今もしっかりと生きています。挑戦できる状況があるなら、迷わずチャレンジしてみてほしいと私は思います。
編集後記
早稲田大学3年生で、学生団体の運営や取材を通してさまざまな社長さまのお話を伺っています。今回、三浦さまのお話を伺い、一つひとつの行動がすべてつながっていくのだと、あらためて感じました。留学先で生まれた縁が上海行きにつながり、その経験が今の中国語ネーミングの仕事に生きている。挑戦したことが、思いがけない形で後々の力になる。就職活動を控える身として、とても勇気をもらえる時間でした。