インタビュー

学校と社会をつなぐ。陸上と空手一筋だった少年が、教育の会社をつくるまで

学校と社会をつなぐ。陸上と空手一筋だった少年が、教育の会社をつくるまで
PROFILE
株式会社STOCK-UP 代表取締役
久保 敬寛

陸上と空手一筋だった学生時代

部活と空手しかしていなかった

学生時代は、部活しかしていなかったですね。鹿児島出身で、中学・高校・大学とずっと陸上部でした。もう陸上のためだけに高校も大学も選んだようなもので、進路選択の8割くらいはそういう理由だったと思います。5歳から空手もやっていたので、部活と空手、ほとんどそれだけの学生時代でした。

U20日本選手権で7位 

日本ジュニア陸上競技選手権大会では、7位に入ったことがあります。U20の大会で、私は早生まれだったこともあり、年齢区分上、一つ下の学年と同じ枠で出場することができました。当時はもっと上を目指していたので、7位という結果にも満足していたわけではありません。 

体育会系だったのかと聞かれることも多いんですけど、体育会系ではありつつも、イエスマンではなかったと思っています。以前、いろいろな教授が連携して行っているクラブマネジメントの講習を受けたときに気づいたことがあって。体育会系人材って、別にイエスマンである必要はないんですよね。大会に向けてスケジュールを組み、目的と目標とKPI(重要業績評価指標)をしっかり決めて達成していく。このプロセスがビジネスと同じだから体育会系が評価されているはずなのに、世の中では「イエスマン」や「体力がある子」が体育会系だと捉えられてしまっている気がします。私は世の中的な体育会系ではないかもしれませんが、私の定義の中ではまさしく体育会系だったのかもしれません。

教員免許は取ったが、なりたかったわけではない

学生時代に、中学・高校の保健体育の教員免許も取得しました。ただ、当時から教員になりたいと思っていたわけではないんです。父が高校の事務長のような仕事をしていて、県の職員でもあったので、公務員や教員になれとずっと言われてはいましたが自分自身は教科教育よりも、 「これからどう生きるのか」「どんな仕事や選択肢が世の中にあるのか」といったキャリア教育に関心がありました。そのため、教員になることを目指していたわけではありません。

現在は学校現場にも携わらせていただいていますが、教科教育ではなく、キャリア教育や探究学習、生成AIなど、学校と社会をつなぐ部分を中心に関わっています。

人材会社での経験が独立のきっかけに

世の中を知るために人材会社へ

先ほどお話ししたように、子どもたちにキャリアや人生観の組み立て方を教えたいという思いがありました。

そう考えたときに、自分は就職したことがないのに、高校などに行って「就職したことはありますか」と聞かれたら答えられないな、と思ったんですよね。だから、まずは広く浅くでもいいから世の中の仕組みや仕事、働き方を知ろうと考えて、人材系の会社に就職しました。

中期経営計画づくりで芽生えた思い

前職では営業やBPO事業などを経験し、その後、50近いグループ会社を抱える企業の経営企画で、中期経営計画の策定プロジェクトにも携わりました。 グループ全体で年間1,500億円規模の事業について、3か年の中期経営計画を策定するプロジェクトです。関わる相手はグループ各社の社長や事業部長たちだったので、話をしていると「働く選択肢をどう世の中に提供していくか」という思いを、人材系の会社らしく皆さん語っていて。その思いにはとても共感していましたし、自分自身も後押ししていました。

そのなかで、働く前から選択肢があったほうが、自分の武器をつくれるし、早い段階でいろいろな経験を積み重ねることで強みも増えていく、と感じるようになったんです。それなら自分が始めようと思ったのが、起業した経緯です。社長になりたかったという思いは全くなくて、やりたいことを形にする手段として会社を立ち上げたので、正直なところ肩書はどうでもいいと思っている派です。

教育には、人生の選択肢と社会の未来をつくる力がある  

教育に携わる明確なきっかけが一つあったわけではありません。ただ、ずっと考えてきたことを最近ようやく言葉にできるようになってきて、「教育が、その後の社会をつくっていく」という感覚があります。

人が問題を起こしたとき、その行為自体が許されるわけではありません。ただ、その人がそこに至るまでに、どんな環境で育ち、どんな大人と出会い、どんな選択肢を知ることができたのか。そうした背景には、教育や周囲の環境も少なからず関係していると思っています。

早い段階でさまざまな人や価値観、仕事、生き方に触れることができれば、人生の選択肢は増えていきます。だから私は、教育には「未来をより良くする」だけではなく、「将来起きるかもしれない問題を減らす」という役割もあると思っています。

大人の関わり方が子どもの自己肯定感を左右する

親や先生、指導者など、子どもの周りにいる大人の影響は非常に大きいと思っています。

同じ子どもでも、その子の背景を理解して接することができるかどうかで、かける言葉も変わります。褒めるべきところもあれば、厳しく伝えなければいけない場面もある。

そうした一つひとつの経験の積み重ねが、自己肯定感や自分自身に対する認識につながっていくと思っています。

学校現場と社会をつなぐ仕事

学校と経済界、それぞれに異なる専門性がある 

今は、外部講師という立場で高校などの教育現場に携わらせていただいています。

学校の先生は、小学校、中学校、高校、大学と教育機関で学び、教員免許を取得して、そのまま教育現場に入るというキャリアを歩む方も多いです。そのため、民間企業や経済活動の現場に触れる機会が限られているケースもあります。

一方で、実際に学校に入ってみると、先生方の仕事の幅広さには本当に驚きます。授業をつくって、生徒と向き合って、保護者対応をして、学校行事を企画して、行政ともやり取りする。これだけ多くの仕事を日々こなしていることには、本当にリスペクトしています。

教科教育や子どもの成長を支える専門家として、先生という存在が必要不可欠であることは大前提です。ただ、これから社会に出ていく子どもたちに対して、学校の中だけでは伝えきれないこともあると思っています。

だからこそ、企業や経済界を経験してきた人が学校に関わる。逆に企業側も、学校や子どもたちのことを知る。その間のかけ橋となることこそが、自分の果たすべき使命であり、最大の役割だと考えています。

学校と企業では「当たり前」が違う

とある学校を訪問した際、外部から来校した方が困っているにもかかわらず、周囲がそのまま通り過ぎてしまう場面を見たことがあります。そのとき、「学校も一つの組織なのだから、目の前で困っている人がいれば、自分の担当かどうかに関係なく声をかける感覚があってもいいのではないか」と感じました。企業であれば、来訪者が困っていたら、受付や近くにいる社員が声をかけることが多いと思います。

どちらが良い、悪いという話ではなく、所属する世界によって「当たり前」が違う。だからこそ、学校と社会がもっと行き来することに意味があると思っています。

会社を経営して見えてきた、学校と企業の違い

教育を継続するために必要な「価値と対価」 

会社をつくって大変だったことの一つが、教育事業のマネタイズです。

学校と企業では、予算に対する考え方がかなり違います。企業では、必要な事業に対して予算をつくったり、投資対効果を考えたりすることが一般的ですが、学校では決められた予算の中で運営することが多いため、新しい取り組みに予算をつけること自体が難しいケースがあります。また、「教育のためだから、企業もCSR(企業の社会的責任)として無償で協力してくれるのではないか」という前提で相談を受けることもあります。

ただ、授業を一つ実施するにも、授業時間だけではなく、企画、打ち合わせ、教材制作、準備、予行など多くの工程があります。教育の価値を継続的に届けるためには、提供する側にも事業として継続できる仕組みが必要です。このあたりは、実際に会社を経営するようになって強く感じるようになりました。

授業でも「社会の仕組み」を伝える

だから授業でも、生徒たちに、「世の中はこういう仕組みで動いているんですよ」という話をするようにしています。

商品やサービスには、目に見える部分だけではなく、その裏側に多くの人の仕事があります。仕事とは、誰かに価値を提供し、その対価を受け取るもの。

そういった社会の仕組みそのものも、学校にいるうちから知ってほしいと思っています。

これからのビジョン

TEACH OUT for NEXT-Educationで、未来の教育者と社会をつなぐ

現在、「TEACH OUT for NEXT-Education」という、教員を目指す学生や教育に関心のある学生が、学校の外にある知識や経験、人と出会うためのコミュニティにも取り組んでいます。

自分一人が授業をして直接影響を与えられる範囲は、1クラスなら30人、全体講話でも多くて300人程度です。でも、これから先生になる学生一人の視野が広がれば、その先生が将来関わる何千人という子どもたちに影響が広がっていく可能性があります。

だからこそ、自分自身が子どもたちに授業を届けることと同時に、これから教育を担う人たちの視野を広げることにも取り組んでいます。

ティーチングだけではなく、コーチングも必要になる 

最近、「主体性」という言葉が教育現場でもよく使われます。

ただ、「主体的にやりなさい」と言われて動くことは、本当に主体的なのだろうか、と考えることがあります。もちろん、すべてを子どもに任せればいいという話でもありません。知識や基礎を教えるティーチングが必要な場面もあれば、自分で考え、選択し、行動できるように支えるコーチングが必要な場面もある。

ティーチングとコーチングの使い分けが、これからより重要になっていくと思っています。

AI時代だからこそ、コミュニケーションを大切に 

昔と今とでは、社会の構造があまりに違います。私の地元は田舎の駅で、昔は有人駅だったので、「いってらっしゃい」「おかえり」と駅員さんに声をかけてもらっていました。当時は思春期だったこともあり、特に何も感じていなかったのですが、最近地元に帰ったら無人駅になっていて。今になって振り返ると、こういうコミュニケーションこそ、十数年経ってから思い出すくらい重要だったんだな、と感じています。

今、高校ではAIについても教えているのですが、AI時代だからこそコミュニケーションが大事だと思っています。これから教員になっていく人たちにも、AIやデジタルの活用だけでなく、人と人とのコミュニケーションの価値を大切にしてほしいと思っています。 

情報は、もう簡単に得られる時代です。ただ、率直に言うと、今の子どもたちにとって、むしろ今のほうが生きにくい時代だとも思っています。情報が多すぎますし、何でもかんでもAIに頼れると言われてしまうので。

実体験として去年、効率化を求めすぎて、いろいろなやりとりをオンラインばかりにしてしまった時期があったのですが、振り返ってみると、実際に仕事をいただけたのは、会ったことがある人、ちゃんと話をしたことがある人からだけだったんです。ツールとしては楽になったかもしれませんが、結局は人と人のお付き合いです。AI時代だからこそ、非認知能力も高めていかなければいけない。それを、子どもたちには強く伝えたいと思っています。

学生へのメッセージ

いい経験も悪い経験も、人生の深みになる

学生のうちに、できるだけいろいろな人に会って、いろいろな世界を見てほしいと思っています。

と言っても、自分が学生のときに誰かから同じことを言われて、すぐに行動できていたかというと、全然そんなことはありませんでした。むしろ陸上と空手ばかりやっていて、自分の知っている世界はかなり狭かったと思います。でも、社会に出てから人材業界で働いたり、営業をしたり、経営企画に携わったり、学校に入ったり、会社をつくったりするなかで、自分がいる環境によって「当たり前」や「すごい」の基準は大きく変わるんだと感じるようになりました。

最近、「100億円ってすごいですよね!」と言われたことがありました。もちろん100億円はものすごく大きな金額です。ただ、自分は前職で年間1,500億円規模のグループの中期経営計画策定に携わった経験があったので、その言葉を聞いたときに、「自分の金額に対する感覚は、あの経験でかなり変わったんだな」と気づきました。これは金額の話をしたいわけではありません。どんな環境に身を置くか。どんな人と出会うか。何を経験するか。それによって、自分の中にある基準は変わっていきます。

だから、今いる学校や友人関係だけで「自分はこういう人間だ」「自分にはこれしかない」と決めなくていいと思っています。少し違う場所に行くだけで、自分では普通だと思っていたことを「それ、すごいね」と言ってもらえることもあります。逆に、自分では得意だと思っていたことが、外に出たら全然通用しないこともあります。どちらも大事な経験です。

自分自身、前職では夜遅くまで仕事をして、その数時間後には打ち合わせが始まるような時期もありました。体調を崩したこともありますし、もう一度同じ働き方をしたいとは全く思いません。でも、今会社を経営する中で、あのとき経験したことが役に立っている場面はたくさんあります。

もちろん、「つらい経験をした方がいい」と言いたいわけではありません。失敗したことや、うまくいかなかったこと、大変だったことも、あとから振り返ったときに自分の考え方や強みにつながることがある、ということです。

だから学生のうちは、最初から正解だけを選ぼうとしなくてもいいと思っています。興味を持った人に会ってみる。知らない場所に行ってみる。やったことのないことを一度やってみる。そこで「違ったな」と思えば、それも一つの発見です。ただ、何でも経験すればいいわけではありません。誰かに言われたことをそのまま信じるのではなく、「本当にそうなのか」と考える視点や、自分自身を守る感覚も持っていてほしいです。

いろいろな経験をしながら、自分なりの基準をつくっていく。その積み重ねが、将来何かを選ぶときの選択肢になっていくと思っています。

編集後記

今回のインタビューで印象に残ったのは、「教育には、将来起きるかもしれない問題を減らす役割もある」という言葉です。学校と経済界、それぞれに異なる「当たり前」があるという視点も、自分が知らない世界を想像するきっかけになりました。100億円の話も、自分がどんな環境に身を置くかで基準が変わるというお話で、はっとさせられました。学生のうちから正解だけを選ぼうとしなくていい、といったメッセージにも励まされます。貴重なお話をありがとうございました。